第39話 初詣と小さなお願い
思い出すだけでも照れ臭くなるような甘いクリスマスが終わり、しん、と冷えた夜に除夜の鐘が響き渡る。
一年が、終わる。
この鐘の音を聞くとなんとなく寂しいような気持ちになるのは、終わってしまった一年にどこか未練や思い残したことがあるからだと思っていた。
しかし、今年は違う。
初夏、季節外れの転校生として日本に帰ってきた俺の幼馴染。お互いにこころのどこかでまた会いたいと思っていた俺達は、色々あって付き合うこととなった。
それから俺達は、毎日のように一緒に過ごした。幼い日の、あの頃のように。毎朝一緒に学校に行って、放課後は遊んで――
この一年、本当に幸せだった。それ以外の感想なんて無い。心の底から、幸せだったと思う。
だけど、この鐘の音を聞くとどうしても物悲しい気持ちになってしまうのだった。
(どうしてなんだろう……?)
不思議に思っていると、日付か変わった瞬間にメッセージが届いていた。
(七海ちゃんだ……!)
『あけましておめでとう! 今年もよろしくね、ヒロくん!』
短いメッセージに、思わず口元が綻ぶ。俺は同じように「こちらこそよろしく」とメッセージを返し、続けざまに届いた内容に返信をする。
『明日の初詣、何時に待ち合せようか?』
◇
翌朝。指定された時刻に隣の家まで迎えに行くと、玄関扉の奥から騒がしい声が聞こえてくる。
「お母さん、着物用のバッグどこ~!?」
「リビングのソファの上! それより、帯! 取れかけてるよ!」
「ふえ~ん! 締めて締めてぇ!」
いつも通りの様子に、俺はマフラーの下でくすりと笑った。インターホンを押さずにしばらく玄関先で待っていると、慌てた様子の七海が飛び出してくる。
「行ってきま――わわっ、ヒロくん!?」
扉を開けるや否や、目を大きくして固まる七海。俺はいつも通りに挨拶をした。
「おはよう、七海ちゃん」
「おお、おはようっ! 早いねぇ!? 支度出来たら連絡するって言ったのに!」
「なんだか早く起きちゃってさ、つい」
慌てふためく様子があまりに可愛くて思わず笑みを浮かべていると、はた、と目が合った。
俺達はお互いの意図を理解し、深々と頭を下げる。
「「新年、あけましておめでとうございます」」
顔を上げた七海はにぱっと笑い、俺も同様に付け加える。
「「今年もよろしくお願いします」」
「ふふ」
「えへへ……!」
新年早々、七海はハイパー可愛い幼馴染だった。
そして、晴れやかな着物を身に纏いおめかしをした様子が今日も究極に可愛い。
前々からずっと着たいと言っていた着物を、ようやく着る機会が訪れたのだ。
緩く巻いた髪をアップにし、白い花の飾りをいつもの花のピンどめで止めると、それはまるで小さな花畑のよう。お母さんからのおさがりと言っていた小紋の着物は落ち着いた色使いの小花柄。それを引き立てるようにしてチョイスされた帯は程よく腰を絞り、七海のスタイルの良さを際立たせている。
寒くないようにと肩にかけている羽織は控えめなピンクで、全体の印象を明るくしつつも、新年にふさわしい彩りを与えているのだった。
そして、おくれ毛の残る耳のうしろ、真っ白に晒されたうなじがあまりに滑らかで、ついつい視線を奪われる。
あまりの可愛さに言葉を失っていると、七海は上目遣いでこちらを覗き込んできた。
「ヒロくん?」
「…………」
「おーい、ヒロくん!」
「はっ。いや、その……」
「んんん~?」
にやにやと意地悪そうな小悪魔フェイス。俺が何を言いたいのかをわかっていて、尚且つ口を開くのを待っているのだ。俺は、その笑顔に促されるままに呟いた。
「着物、すっごく似合ってる……」
「ふふ! ありがと!」
七海は満足そうにぱあっと笑うと、着物の袖から指先を出して俺の指先をつまんだ。そして――
「行こ! ヒロくん!」
繋いだ手から胸の高鳴りを感じながら、俺達は初詣へと向かったのだった。
◇
神社に着くと、時刻はすでに昼前だった。参拝の列はかなり伸び、神社の入り口付近にある鳥居の前まで達している。「うわぁ」と思わずため息を漏らす俺達だったが、すぐに「焦っても仕方がないね!」と気を取り直し、あたたかい飲み物を手に最後尾に並ぶ。
隣に七海がいるのなら、たとえ待ち時間といえど楽しい時間だ。去年とは全く違う。彼女がいるだけで初詣だって雲泥の差。新年早々、俺はそんな余裕に満ちた感想を抱ける充足に浸っていた。
参拝の順番がまわってくるまでの間、俺達は年末に見たテレビ番組や翌週から始まる学校について話に花を咲かせた。そうこうしているうちに番が来て、七海は着物用バッグから小銭入れを取り出す。
「ヒロくん、五円ある?」
「……しまった。十円玉しかないや」
「ちょっと待って。もう一個あるかな~?」
ふたりして小銭入れを覗こうとすると、こつんとおでこがぶつかり合う。
「はうっ!」
「あ。ごめん……!」
「「ふふふ……!」」
「あ、あったよ。五円玉!」
「ありがとう。あとで返すね?」
「いいよぉ、別に。じゃあ、代わりにあとでちゅーしてよ? 新年初ちゅー」
「なんだそれ」
「五円じゃ安すぎ?」
「そうじゃないけどさ」
そんな些細なことに笑みを浮かべながら、俺達は仲良く鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼をする。参拝を終えた俺達は揃っておみくじを購入し、いざ開封の儀だ。
「出るかな? 来い来い! 大吉!」
「七海ちゃん、準備できた?」
「うん!」
「「せーのっ」」
わくわくと紙を広げると――
「中吉……」
「末吉」
こころなしかしょんぼりしつつ顔を見合わせる。
「どっちが上なの?」
「わかんない。中吉かな?」
「じゃあ私の勝ち?」
「大差なくない?」
「「…………」」
しばしの間をあけて、俺達は声をだして笑った。そうして、幼い頃と同じように「まぁ、いっか!」と声を揃え、手近な枝におみくじを括りつける。
ひととおり参拝を終えて満足した俺達は、屋台で溢れる並木を歩きながらお参りの内容について話し合う。
「ヒロくん、なにお願いしたの?」
「え?」
それはもちろん、「七海ちゃんとずっと一緒にいられますように」だけど。
正面向かってそう言えるかと言われたら、まぁ、言えないわけで。
「七海ちゃんこそ、どんなお願いしたの?」
尋ねると、七海は意外なことを口にした。
「勉強、がんばれますようにって……」
視線を斜めに逸らし、もじもじとする七海。そこまで悲観的になるほど成績が悪いわけではないと思うのだが――
不思議に思っていると、七海は俺の手を握ってぷらぷらと揺らしだす。
「あのね、私、今年はもっと勉強を頑張りたいの。ヒロくん、手伝ってくれる?」
「それはもちろん構わないけど……」
「それでね……夢が、あって……」
「夢?」
「私、その……ヒロくんと同じ大学に行きたいの……」
「!」
そんな話を聞いたのは、初めてだった。
今までテストがある度に「ヒロくん、成績見せて!」とやたらせがむと思ったら、どうやらそういう狙いがあったらしい。
(なんて可愛い夢なんだ……)
正直、俺も内心ではそのことを考えたことがある。このまま行くと、おそらく俺達は別の大学に進むことになるだろうと。
でも、大学生になった七海がキャンパスでハイパーモテ散らかすなんて息を吸って吐くように想像がつくし、ましてや人見知りで自分からは話しかけられないコミュ障気味な七海のことだ、悪い男に目を付けられてあれよと言う間に危ないサークルに勧誘、騙されて食べられちゃうなんてありそう過ぎて今から胃が痛い。
かといって、俺の方から「同じ大学に行く」なんて言ったら七海は絶対「ダメ」って言うに決まってる。自分のせいで志望校のランクを下げられるなんて、我慢がならないだろう。
だから、七海の方からそう言ってくれたことが、とても嬉しかった。
(それで最近「参考書を買いに行きたい」って、よく本屋に行ってたのか……)
「素直にそう言ってくれればいいのに」
思わず零すと、七海は拗ねたように頬を膨らませる。
「だって、ヒロくん頭いいんだもん。同じ大学行きたいなんて、笑われちゃうかなって」
「そんなわけないじゃん。嬉しいよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「じゃあ、勉強みてくれる!?」
「うん。一緒に頑張ろう?」
そう言うと、七海はぱあっと顔を輝かせた。その輝きは、初日の出よりも眩く、尊い。繋いだ手があたたかく、冷たい冬の空気でさえ、引き立て役のように思えてしまう。
十年ぶりに一緒に行った初詣。
その願いは図らずも、似たような内容だったのだ。
『七海ちゃんと、ずっと一緒にいられますように……』
十年前の初詣。そう願った小さな俺に教えてあげたい。
『大丈夫。願い、叶ったよ』って――
※いつもお読み下さる方も、はじめましての方もこんばんわ。この作品をお読みいただきありがとうございます。
なんと、今回このお話に【イラスト】を付けていただけることになりました!
イラストレーター飴月しお様(@ametukisio)による美麗で可愛い七海ちゃんとのお話が、ダイジェスト(出会いから、温泉混浴旅行まで!)で楽しめるのは下記サイトから! たいあっぷ様という投稿サイトです。↓
tieupnovels.com/tieups/312
すっごく! すっごく! 可愛いので、是非ご覧ください!
七海ちゃんもう可愛いやばい。
この場で宣伝するのは不躾かとも思いましたが、読者投票のあるコンテストに参加中のため、より多くの人にご覧いただければと思い、失礼致します。
何卒、応援いただければ幸いです!
コンテスト期間中は更新ペースを増やしていきたいと考えておりますので、今後とも是非よろしくお願い致します。(21.06.07追記)




