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第25話 夏の昼下がり


 夏。暑いことなんて当たり前で、その暑さが鬱陶しいことも当たり前のように思うけど、それは去年までの話だ。俺は、それらの常識を覆すような心地のいい暑さというものを生まれて初めて体験している。


「ねぇヒロくん?暑くないの……?」


 ベッドに寝そべってごろっとしながら、胸元で七海が振り返る。


「別に。暑くないよ」


 正確には暑いのだが、その暑さを楽しんでいる最中だ。俺は今、七海を背後から抱き締めるような形で一緒にベッドに寝そべっている。先日まではこのベッドから放たれる甘々オーラと女子的香りがヤバイと思っていた筈なのに、我ながらすごい進歩。

 だが、やっぱり何回抱き締めても七海の柔らかさは夢心地だ。旅行の夜のときのような甘い声を出す艶っぽい姿も忘れられないけど、普段の無邪気な七海も変わらずふわふわのもちもちで、それでいて腰のあたりは滑らかで……そんなつもりないのに、ついスカートの中に手を入れたくなってしまう。


(ああ、ずっとこうしていたい……)


 思わず力を込めると、七海は腕の中で身をよじる。


「んっ……♡ ヒロくん、背中あっつい……」


「あ、ごめん。イヤだった?」


「そうじゃなくて。ぎゅってしてくれるのは嬉しいんだけど、その……私、汗かいてない?」


「そこまでかいてないと思うけど……別に汗くらい気にならないって」


「ヒロくんが気にしなくても、私が気にするのぉ……」


 もじもじと恥ずかしそうにうずくまる七海。あいかわらず、今日も可愛さが爆発している。確かに、部屋には冷房がついているがまっ昼間でふたりとも服を着ているし、お互いにくっついているのでそれなりに暑い。しかし、俺としてはこうして七海をぎゅっとしながらぼんやりとスマホを眺めるのがここ最近のお気に入りだった。


「七海ちゃんがイヤなら退()くけど……」


 尋ねると、七海は俺の腕を軽くつねる。


「それもダメ……」


 どうやら、ぎゅっとしては欲しいけど自分が汗臭いと思われるのはイヤだ、というジレンマに陥っているらしい。本当になんてあほみたいに可愛いパラドックスなんだ。別に七海が汗をかいたところで俺にとっては全く気にならないし、むしろちょっとご褒美っていうかなんていうか……


「七海ちゃんの匂いなら、なんでも好きだよ?」


「えっ。ヒロくん……へ、変態さんなの……?」


 あ。ちょっと引かれた。


「そ、そういうわけじゃないけど……」


(彼女の匂いが好きなのは、男ならフツーのことじゃないのかな……?)


 もごもごと言い淀んでいると、七海は可笑しそうに『ふふふっ』と笑う。

 そんな昼下がり。


(ああ、なんて幸せなんだ……)


 温泉旅行以来、距離をぐっと縮めることに成功した俺達は当たり前のようにこうして七海の部屋でイチャつくようになっていた。かといって決して四六時中発情しているようなただれた関係というわけではなくて、ただふたりしていつも一緒にいて、くっついてゴロゴロしたり動画を見たりスマホを弄ったりしているだけ。小さい頃の表現をそのまま使うなら、いわゆる家遊び、というやつだ。

 幼稚園の歳の頃もこうして七海と一緒に部屋でお絵かきをしたり一緒にパズルや積み木で遊んだりしていたのを思い出す。まぁ、大きくなった今では同じように部屋で過ごしていても、興味や関心はもっぱらスマホのゲームやSNSなわけだけど。


「あ。ヒロくんがまたイイネしてくれてる」


「うん。こないだのロープウェイからの景色、良く撮れてたから。夕食に出た懐石の写真も」


「ふふっ。良く撮れてても撮れてなくても、イイネしてくれるくせに」


 スマホを両手になんだか嬉しそうな七海。『友達作りのツールとして有用だ』と教えたところ最近になってSNSを始めたらしいのだが、七海の投稿にイイネをするのは俺だけだった。だって、俺の幼馴染にはあいかわらず友達がいないから。それは現実でもネット世界でも共通だ。一緒に始めたゲーム『小どうぶつの森』でも七海のところに遊びに行くのは俺だけ……

 だが、俺はそんな『オンラインぼっち』な七海すら愛しく思う。可愛らしい小物やふと見つけた綺麗な夕焼け、一緒に食べに行ったパンケーキなど。七海の投稿の傍にはいつも俺がいるから。それがまるでふたりだけの日記帳みたいで、俺は好きだった。だが、当の七海はやっぱりもう少し友達が欲しいらしい。


「ねぇねぇ、ヒロくん?どうしたらもっとイイネ!が付くのかなぁ?」


「うーん……俺もそこまで詳しくないけど、自分からもっとフォローしたり、フォロワーを増やしたりとか、興味のあるコミュニティに所属する、とかかな?」


「フォロワー……それは、友達ってこと?」


「厳密には少し違う気がするけど、概ね似たようなもの、なのかな?七海ちゃんは友達が欲しいの?それともイイネが欲しいの?」


「私はね、親しくお話できる友達が欲しい……かな?」


 ……ああ。喉の奥から『俺だけでいいじゃん?』って出そうになった。でも、七海のことを想うならそれは言ってはいけないことくらいわかってる。


「じゃあさ、まずは投稿頻度を増やしたらどうかな?何がきっかけでフォロワーが増えるかなんてわからないし、SNSから同学年の生徒が興味を持ってくれることもあるかも。楽しいものを沢山見に行って、美味しいものを沢山食べに行ってさ……」


(それなら俺も楽しいし、写真にふたり分のスイーツと(おとこ)の手が写っていれば変な虫も寄って来ないだろうし……)


 そう提案すると、七海はにこっと振り向いた。


「じゃあ、も~っと!ヒロくんとデートすればいいってことだね!」


(……!)


 ほんと、敵わないなぁ……好きだなぁ。


「うん」


「えへへ。次はどこに行こうかぁ~?」


 わくわくとスマホで検索を始める七海に、俺はかねてから考えていた場所を伝える。


「七海ちゃん。今度、川沿いでやる花火大会に行かない?」


「花火大会……!!」


「近くには屋台も出るらしいし、花火も何百発もあがる大規模なものみたい。きっとSNS映えすると思うし……」


 それに、浴衣姿が見たいなぁ、なんて……素直に言い出せればいいのに。

 日頃あれだけイチャついておきながら、俺はこういうときいつもどこか素直になれないダメな奴だった。


「じゃあ、涼しい恰好して行かなくちゃね!」


「涼しい恰好、ね……」


 一瞬脳裏に先日のあられもなくはだけきった温泉浴衣姿の七海が浮かぶが、あまりそういうことばかり考えていると嫌われかねん。いくら親密度が深まろうが、四六時中欲にばかり身を任せては七海に申し訳ないし、『ちょっと許した途端、ヒロくんそればっかり……』なんて言われたら……うっ。死にたくなる。

 それに、俺は信じてる。きっと俺が言わなくても、当日は華やかな浴衣姿の七海を拝めるだろうということを。

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