第13話 女の子の友達
俺の幼馴染は、可愛い。
さらりとした黒髪は胸元まで伸びて、ぎゅうっと抱きしめると全身があたたかさと柔らかさに包まれる。驚いたように大きな瞳がもっと大きくなって、そのあとにこっと微笑むその表情が、俺をいつだって天国に連れていってくれるんだ。そんな幼馴染が、遂に俺の彼女になった。
(はぁ……七海ちゃん可愛い)
再確認するようにぎゅっとすると、七海は腕を回した俺の背中をぽすぽすと叩く。
「ヒロくん、ちょっと苦しい……」
「あ、ごめん……!」
幸福に浸り過ぎるあまりに力加減を失念していた俺は咄嗟に七海を自分の胸元から引き剥がした。
「わっ。そんなに急に離さなくても……」
「ご、ごめん。つい……」
「ふふ、ヒロくんはやっぱり優しいね?」
未だぎこちない俺の動きを『かわいい』とか言って、七海はくすりと楽しげに笑う。
七海と付き合い始めてから約二週間。俺にとっては放課後にこうして七海の部屋でふたり仲良くただじゃれあうだけの時間が何よりも幸せなものとなっていた。ふたりきりだからといって別にえっちなことをするわけではない。ただ、動物がじゃれあうように身を寄せ合ってハグしたり、キスしたり。それ以上をしたいという感情がないかと言えば嘘になるが、大切な幼馴染と再会し、晴れて彼氏彼女の関係になれただけで、俺の毎日は満足だった。なにもかもが順風満帆……そんな俺には、最近できたある悩みがある。
(はぁ……学校、行きたくないな。ずっと七海ちゃんとこうしていたい……)
前まであんなに楽しみだった学校は、もはや俺と七海の自由時間を拘束するための煩わしいものでしかない。
(でも、コンクールもあるから部活はサボれないし、七海に友達だって作りたいし……)
浮かない顔をしているのがバレたのか、七海は不思議そうな顔でぐい、と顔を近づけてきた。
「ヒロくん、もしかして元気ない?」
「え。そんなこと……」
「隠しごと、よくないよ?ヒロくんが困ってるなら私も一緒に考えるからさ?」
「七海ちゃん……」
「ね?」
にっこりと促す七海は、『これでちょっとは恩返しができるね!』なんて嬉しそうだ。そんな七海に『学校ダルいからふたりでしけこもうぜ?』みたいなこと、言えるわけがない。俺は仕方なくもうひとつの悩みを口にした。
「いや、最近七海ちゃんの友達増やす計画止まってるなぁと思って……」
「それは――」
結局、いつも昼飯を食べてるメンバー以外にそれらしい友人はできていない。まぁ、俺が『あんまり他の子と居られると俺と過ごす時間が減るなぁ』なんて、どうしようもないエゴの塊みたいな考えを漠然と抱いているので、そうなるのも当然といえば当然だ。だが、真に七海のことを想うなら、俺は自身の独占欲やエゴを捨て去るべきではある。
(けど、なぁ……?)
ぶっちゃけ、ふたりでイチャつく時間が減るからノリ気でないのは本当だ。
「でも、そういうことなら私は平気だよ?友達なら、ゆっくりでもいいからこつこつ仲良くなっていこうと思うの。こないだね、調理実習で一緒だった瑞樹ちゃんと少し喋ったし」
「瑞樹……ああ、同じクラスの中根か」
(人畜無害で寡黙な眼鏡少女……問題ないな)
「うん!瑞樹ちゃんはね、英語で本を読むのが好きで、色んな洋書を集めてるんだって。『現地で流行りのモノがあれば教えて』って言われて、それで――」
嬉しそうにそんな話に花を咲かせる七海。こういう表情が見られるなら、友人を増やすのもまぁ、悪くはないか……
「それで?メアドは交換したの?」
「それが、瑞樹ちゃんはそういうのとかSNSとかしないらしくって……」
「ああ、そういう……」
「でもでも!仲良くお話できたんだもん、もう友達だと思っていいかな?」
(うーん……友達認定か。その辺の指標は個人の考えに寄りけりだからなんとも……)
これで中根にとってはただの情報収集だった、なんて言われたら七海ちゃんが泣いちゃう。俺は無難にぼかした。
「また次の実習とかで話しかけてみたら?そうやってコツコツ仲を深めるのもありなんじゃない?」
「ふふ、そうだね!でも、ヒロくんの悩みがそっちでよかったよ」
「そっち?」
「うん。私はてっきり、学校では私達が付き合ってることを隠してるのが原因なんじゃないかと思ったから……」
しょんぼりと、俺の膝の上に跨ったまま俯く七海。そう。俺達が付き合っていることは祐二たちを含め、学校では内緒ということになっている。というのも、七海が『友達より先に彼氏ができたなんて……またビッチって言われたりしない、かな?』と気にしていたからだ。こんなところにまで禍根を残したギャル共は誠に遺憾であるが、奴らはすでに退学処分となっているのでこれ以上復讐する手立てもない。だが、あんなことがあれば七海が気にするのも当然だった。結果として、『学校ではなるべく内緒』となったわけだ。
「ヒロくん、ほんとによかったの?その……『彼女ができたら教えろよ!』とか、友達に言われてたんじゃない?」
「ああ、そんな話もあった気がするけど、別にいいよ」
祐二とか、よしりんとかに言われてたっけ?まぁいいや。
「可愛い彼女ができたのを自慢できないのは残念だけどな?」
そう付け加えると、七海は頭から湯気を出してへにゃへにゃと俺にへばりついた。
「ヒロくんて、けっこータラシなの?」
「は……!?」
「だって、『可愛い』とか。そういうこと平気で言う……」
「いや、七海ちゃんにだけだって」
「ふぇッ――!?あのね、ヒロくん?そういうとこだよ……?」
「えっ。彼女に『可愛い』って言っちゃダメなの?」
じゃあ、俺のこの感情の爆発はどうやって抑えればいいんだよ?体内に溢れる『可愛いの奔流』が逃がしきれないんだけど?
「そうじゃなくて、私に『だけ』とか……まぁいいや」
「??」
「そういうとこ……好き」
すりすり。
「……!」
(ほら!やっぱ可愛いじゃん!?)
言わんこっちゃねぇよ。
◇
翌日。テスト期間最終日を無事に乗り越えた俺達はかねてから計画していた(が、俺によって無いものとされていた)『女の子の友達を作ろう!計画』に着手した。今日から再開した放課後の部活終わり、音楽室の前にて。後輩のよしりんと共に七海の到着を待つ。
「せせせ、先輩から『一緒に帰ろう』なんて、今日はどうしたんですか!?雹でも降るんですか!?」
「いや、別に同じパートの後輩と帰るくらい普通にあるだろ?方面一緒だし」
「よそのパートは大所帯だから!ウチは男女ふたりきりなんですよ!?その辺わかってます!?ははぁ……さては夏休みを目前にして、よしりんと親睦を深めて夏をエンジョイしようと?」
「そんなんじゃないよ」
「どうして真っ向否定するんですかっ!?」
「――ほら」
きゃんきゃんとミニスカを揺らしながら喚くよしりんの目に、七海の姿が映った。
「ヒロく――真尋くんお待たせ!」
ぱたぱたと手を振りながら、襟ぐりが緩くキワドい夏服でFカップを揺らして近づいてくる七海。よしりんが目を白黒させながら俺を二度見する。
「……!?」
「今日はよしりんに紹介しておこうと思って。彼女の七海だよ」
「かのっ……!?」
「前言ってたじゃん。『写真ないの?』って。せっかくだからさ」
「それは、そう言いましたけどぉ!?」
『こいつマジでやりやがった』と『てか本当にいたの!?』の視線、『つかハイパー美少女じゃん!?なんで!?』みたいな訴えをよしりんから感じる。俺はそれらを無視してざっくりと七海を紹介した。
「幼馴染で彼女の芹澤七海ちゃん。『彼女ができたら教えろ』って言ってたから、紹介するよ」
「こんにちは!芹澤七海です!あなたが噂の部活の後輩ちゃん?真尋くんからいつも聞いてるよ。演奏がとっても上手なんだって!」
「うぐっ……!?」
眩い七海の笑顔とストレートな褒め言葉に辟易するよしりん。よしりんは外面こそぶりっ子キャピJKだが、その内面は基本ダークサイダーなのでこういった裏の無い笑顔に弱かった。小声で俺のシャツの裾を掴む。
『せ、先輩……!?なんですかこの超陽キャ!』
『だから、彼女の七海ちゃんだってば』
『ありえないでしょ!?先輩の彼女がこんな陽属性なんて!!』
『よしりん、俺のことなんだと思ってるの?』
『陰キャの笛吹き』
『てめっ……』
それでよく『よしりんと夏をエンジョイしちゃいます?』とか言えるよな?
「よしりんはなんか誤解してるみたいだけど、七海は海外から転校してきたばっかりで女の子の友達がいないんだ。このまま夏休みになっちゃうのもアレだから、よしりん、仲良くしてよ?」
「はぁあ!?私ですか!?なんでよりにもよって私なんですか!?」
「だって俺、女子の友達よしりんくらいしかいないし」
あとは友達っていうか……『知り合い』止まりだな。
「だからって……!先輩ちょっとデリカシー無さすぎじゃありません!?」
「なんで?」
「くそっ……!鈍感ヘタレ主人公が……!」
「誰への悪態だよ?少女漫画やめてラノベでも読みだしたの?ほら、よしりんも挨拶、挨拶」
「こういうときばっか先輩ヅラしやがって……!」
俺とよしりんのやり取りに終始「???」だった七海に、よしりんは舌打ちしながら向き直った。
「先輩の部活の後輩の、吉岡真凛です……名前で呼ばれるのキライだから、『よしりん』って呼んで……」
「うん!よろしくね、よしりんちゃん!私のことは七海でいいよ?」
「あ。はい……」
『……で?』みたいな顔で振り返るよしりん。ふわっとカールしたベージュのミディアムボブが、不機嫌そうにもしゃっと揺れる。
「俺にはよくわからないんだけど、よしりんて『JKっぽい遊び』に詳しいだろ?」
世間体と人付き合いをスムーズにするために勉強してるもんな?
「だから、七海にも教えてあげて欲しいんだ。七海は日本のJK文化には疎いからさ」
「あと、その……女の子同士、仲良くしてくれると嬉しいな……?」
照れ照れとそう首を傾げる七海に、よしりんは一変してニヤりと頷いた。
「……いいですよ?そうですねぇ……じゃあ、手始めに一緒に買い物でも行きましょうか?」
「本当に!?いいの!?」
「ええ。私も七海先輩にとっても興味あります。そろそろ夏ですし……とりあえず、次の週末一緒に下着でも買いに行きましょう?」
「えっ」
ちなみにコレは、俺の声。




