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「――時にロディナ」


 わたしの名前を呼んだはずなのに、ディルミックの視線はそらされている。そらされている、というか泳いでいる。何か言いにくいことでもあるんだろうか。


「その――君が嫌なら断ってくれていい。頼みがある、んだが……」


 はっきりとしない物言いだ。そんなに難しいことを頼まれるんだろうか。まあ、断る選択肢があるのなら、聞くだけ聞こう。

 と、思ったのだが。

 ディルミックは気まずそうにもごもごとハッキリ物を言わず、言葉を探していて、なかなか本題を切り出さない。


「ハッキリ言ってもらわないと、受けるにしろ断るにしろ、返事が出来ません」


 わたしがそう言うと、ディルミックは覚悟を決めたように、持っていたティーカップをソーサーの上に置いた。


「君に貴族としての振る舞いを期待しない、と言った手前、とても頼みにくいんだが……今度、とあるパーティーにパートナーとして共に出席して貰えないだろうか……? 嫌なら断ってくれていいんだ。こないならこないで、僕一人で出席する」


「ぱーてぃー」


 聞きたいことが山の様にあって、あれこれ突っ込みたいものの、言葉の整理が出来なくて、間抜けなオウム返しをしてしまった。

 はてなマークが乱発する頭で、とりあえずお茶をひっくり返してしまわないように、わたしもカップをソーサーの上に置く。


「えっといくつか質問が……多いんですけど、え、質問しても?」


「好きなだけ聞いてくれ」


「とりあえず根本的に……ディルミックは社交界に出ない貴族だって聞いてたんですけど、パーティー行くんですか?」


 混乱の余り、変なことから聞いてしまった。

 生まれてから一度しか社交界に出ず、その出席した唯一の夜会で彼の顔を見た複数人が失神した、という噂を聞いていたんだが……あれやっぱりデマだったのでは?


「今回のパーティーは断るわけにはいかない。グラベイン王国の第三王子の婚約パーティーだからな。欠席して謀反を疑われても困るし、中立派のカノルーヴァ家としては全ての王子の婚約パーティーに参加しないとならない」


「そんなパーティーに他国の平民が出席して問題にならないんですか?」


 ただのパーティーじゃないじゃん。やべーやつじゃん。ディルミックの口ぶりからしても、断ったら後がないみたいな感じだったし、そうじゃなきゃ断ってるみたいな言い方だった。

 しかし、この様子だと、社交界に一度しか出てないっていうのはやっぱり嘘だったんだな。少なくとも第一王子、第二王子の婚約パーティーに出てるみたいだし。

 そりゃあ、どんだけ醜いと言われようと、人の顔見て失神する人なんていないでしょ。尾びれの付きまくった噂なのだろう。


「確かに君は他国出身の平民だが、僕と婚姻関係を結んだ時点で、カノルーヴァ辺境伯夫人となる。出席するのには問題ない身分だ」


「ええ……」


 そんな肩書がくっついてくるのか……。お金目当てに結婚しただけだから、ディルミックの妻という自覚はある程度あれど、貴族の妻という自覚はあんまりなかった。

 自由にやらせてもらっているからだろうか、裕福な生活にはなったが、貴族らしい生活ではないので、そのあたりの自覚は育ちそうにない。


「でも、わたしが出席したらディルミックが恥をかきません? なんの教育もされてない肩書があるだけの平民の妻ですよ。貴族の常識も全く知りませんし」


「……僕は……僕は。グラベイン中の令嬢から縁談を断られた醜男だぞ。その上、平民に三度も逃げられている。既に貴族中の笑いものだよ」


 そう言えばそうだった。わたしから見たらヤバいくらいのイケメンなので、たびたびその話を忘れる。


「それに、君が隣にいたら平民を娶るしかなかった情けない貴族だとわらわれるし、君がいなかったらいなかったで、形だけの妻にすら相手にされない醜男だと後ろ指をさされるだけだ。どっちにしてもいい方向に転ぶことはない。それだったら――んんっ、なんでもない」


 最後の方は咳払いで誤魔化されてしまったが、まあ、確かにどっちにしろいい状況にならないのなら、こうして打診してくるのはおかしな話でもないのか。

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