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 一応帰宅の報告をしておいたほうがいいか、とディルミックの部屋の扉をノックし、入室の許可を求めると、返事の代わりに、何かが落ちる音が聞こえてきた。紙がばさばさと落ちる音ではない。もっと固い何かが……インク瓶でも落としたか? うわ掃除大変そう。


 めちゃくちゃ動揺しているのが、扉越しにもなんとなく分かる。何をそんなに慌てているのだろう。タイミング、悪かったのかな。いや、前にも扉をノックしたら何か紙束を落としていなかったっけ? ディルミックの普通がそうなのだろうか。

 まあ、ここの使用人はあんまりディルミックと話したがらないみたいだし、普段扉が叩かれないのなら、ノックの音がするだけでびっくりするか。特に、廊下に敷かれている絨毯はすごく質がよさそうなので、足音も響かないし。いやそれでも落としすぎでは……。


「うーん……大変そうなんで、わたしは部屋に戻りますね。帰ってきたから声をかけただけなんで」


 なんなら茶葉は持ったままなので。早くお茶入れたいし。丁度三時になるくらいで、一息お茶休憩をいれるのには丁度いい時間だし、手が空きそうなら、今ファーストティーを淹れようかと思ったのだが。

 部屋戻るかー、と扉を離れようとしたら、バッと扉が開かれる。


「おわ」


 思わず変な声が出てしまった。よっぽど慌てていたのか、仮面すら付けていない。そりゃあ、自室だったら外すよな。

 ディルミックの素顔を見れるときは、ご飯を食べるときか寝るときかくらいで、外していると分かって対面するが、こうして急に見えるとびっくりする。

 わたしの間抜けな声で、仮面を付けていないことに気が付いたのか、ディルミックは自らの顔を触りながら、「仮面」と小さくこぼした。


「何か用がありました?」


「いや、先に仮面を――」


「このまま聞きますよ、別に」


 未だ素顔を見慣れない、というのも変な話だが、仮面がないと会話ができないわけでもない。


「あ、ディルミックが仮面ある方が落ち着くなら待ちますよ」


「――っ、い、や……」


 ぐ、とそのままディルミックは押し黙ってしまった。しばらく、言葉を探すようにまごついたのち、「確認を」と小さく言ってきた。確認?


「帰ってきたという、確認を……」


「はあ。まあ、帰ってきましたけど……」


 あれっ、なんで? あっさり街へ送り出してくれたから、てっきり信用されたんだと思ってたんだけど、どうしてこんなにうろたえてるの?


「わたしはここに嫁いだんですから、帰ってくるのはこの屋敷ですよ」


 そう言えば、ディルミックは今度こそ黙り込んでしまった。えっ、何? 実はわたし信用されてなかった? じゃあなんであんなにあっさり送り出したんだろう。

 ちょっとディルミックの思考回路が分からないですね……。


 うーん…………まあいっか。


 表情を見るに、特別わたしが何かやらかしたわけでもなさそうだし。本当は逃げてほしくて、このまま帰ってきてほしくなかった、というわけでもなさそうだし。


「ディルミック、この後時間はありますか? 平気なら、ファーストティー、今いかがです?」


「…………問題、ない」


「そうですか。じゃあ、準備できたら呼びますね」


 久々にお茶を淹れられるぞ、と笑顔で言えば、ディルミックは少し黙り込んだのち「差し支えなければ、君がお茶を淹れているところを見たい」と言い出した。

 そのくらい、断る理由もない。わたしは大丈夫だと頷き、彼を部屋に招待した。

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