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 ディルミックの部屋の扉をノックし、「いますか?」と声をかけると、バサバサ! と紙が落ちるような音が聞こえてきた。返事はない。

 いるのは確かだけれど、反応がないなら扉は開けるべきじゃないな……としばらく待っていると、ゆっくりと扉が開かれた。わざわざ開けてくれなくてもわたしが開けたのに。

 そんなことを思っていると、再びゆっくり扉が閉まっていく。


「いやいやいや、なんで閉めちゃうんですか」


 わたしは慌てて足を扉の隙間に突っ込んでいた。

 すると今度は逆に扉が勢いよく開かれ、そのスピードに追い付けなかったわたしは、顔面を扉にぶつけてしまう。「ビャッ」と驚くにしても変な声が出た。

 思わず恥ずかしくなって、鼻を抑えながら笑ってごまかす。


「い、今のは聞かなかったことに――」


「だ、大丈夫か!? すまない、僕が、僕のせいだ……!」


 いやまあ確かにディルミックのせいではあるんだけど。幸い、鼻血も出ていないし、すぐに痛みもひく。そんなに慌てられると、こっちが困る。


「気にしないでください。それより今、お時間大丈夫ですか?」


「それより!? 顔に当たったんだぞ、跡が残ったらどうするんだ!」


「いやそんな怒鳴らないでも……」


 ディルミック自身、顔にコンプレックスがあるからか、他人の顔についても厳しいらしい。わたしが他人のお金の使い方が気になってしまうようなものか。

 とはいえ、ぶつかっただけで切れたわけじゃない。跡なんか残らないだろう。残ったとしても、二、三日痣が出来るくらいのはずだ。


「もう結婚してるので、ディルミックが捨てないのであれば大丈夫です」


 そう言うとぴたりと彼は止まった。止まったというか固まった。

 おとなしくなったぞこれ幸い、とわたしは当初の用事を彼に伝える。


「家具等をおねだりしに来ました。ミルリが、言えばそろえると言っていたので、ねだっても大丈夫な内容か確認してください。……聞いてます?」


「き、聞いてる……」


 復活したようなので、わたしはひとつづつメモを見ながら読み上げていく。

 全部言い終わると、ディルミックは「問題ない。そろえさせる」と言った。声こそちょっと震えているような気もするが、調子は戻ったようだ。


「グラベイン文字の教本はすぐにでも取り寄せる。することがないんだろう? コンロ類は多少時間がかかるが構わないか?」


「はい、それはもう。むしろ部屋に取り付けるのが難しいかと思っていました」


「いや、問題ない。僕の部屋にもある」


 そう言って、ディルミックは部屋の中が見えるように少しずれてくれた。

 中に入ってじっくり見ているわけではないので、部屋の全貌は分からないが、確かに簡易キッチンのようなものが設置されていた。……厨房があるのに、そこそこしっかりしているキッチンだ。わたしが前世で住んでいた1Kアパートのキッチンと大差ない。


「まあ、それらはいいとして――マナー講師を雇うというのは?」


「今、ミルリにグラベイン式のテーブルマナーを教わってるんですけど、しっかり教わるなら講師がいた方がいいってミルリが言うもので」


「……僕は君に貴族としての振る舞いは期待しないと言ったはずだが? 無理に学ぼうとしなくていい」


 ありゃ、悪印象? わたしとしても貴族の振る舞いが今更身に付くとも思えない。ああいうのは、幼少期から教育されないとだめだ。今からでも多少は覚えられるだろうが、子供に比べたら吸収率は悪いと思う。


「別に貴族の振る舞いを学びたいってわけじゃなくて。ディルミックと一緒にご飯を食べるときに恥ずかしくないくらいになりたいっていう……ディルミック?」


 ディルミックは、わたしに負けず劣らず、変な声を上げて動かなくなった。

 彼が再起動するのをしばらく待つ。

 数分して、彼がようやく紡ぎ出した言葉は、「正気か?」だった。


「僕とご飯を食べるということは、僕の顔を見ないといけないということだ。僕の仮面は顔全体を覆うものだからな。分かっているのか? この顔と一緒に食事をして、食欲が減退しないのか? 僕は契約内容に『共に食事をする』と入れた覚えはないんだが? 一緒にご飯だなんてそんな……僕は一体君にいくら払えばいいんだ?」


 はえ、ディルミックが壊れた。

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