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01

 一つ。グラベイン王国カノルーヴァ辺境伯当主・ディルミック=カノルーヴァと婚姻関係を結ぶこと。


 二つ。男児を二人以上、女児を一人以上もうけること。出産適齢期を過ぎても条件に満たない場合は、養子を取り育てること。


 三つ。カノルーヴァ辺境伯当主・ディルミック=カノルーヴァの許可なく辺境伯領を出ないこと。


 四つ。同じく、許可なく自害しないこと。


 これらが書かれているらしい契約書に『ロディナ』とわたしの名前をサインすれば、隣国のお貴族様と結婚することとなり――わたしの懐には純銀貨五枚が入ることとなる。

 日本円にしておよそ五百万円。

 人間一人が売られていく金額にしては安いような気もするが、この世界では女性の生涯年収は五十万円――混銀貨五枚前後。

 特別何もしないままの、いままでのわたしの生活で、得られる金額の十倍なのだ。前世から筋金入りの金好きであるわたしが、食いつかないわけがない。


 たとえ相手が、生まれてから一度しか社交界に出ず、出席した夜会では彼を見て失神するものが絶えなくて、国中全ての貴族令嬢から結婚を断られるほどの醜男だと噂されているとしても。

 貴族が駄目なら平民でいいから、とにかく子供を産んでくれる女を、と、わたしのように金を払い嫁を買ったはいいものの、三度離婚する羽目になった男だとしても。


 ――金さえあればいいのである!


 前世のわたしは、金がなくて死んだ。故に金に執着する。

 簡単な話ではあるが、この世界、特にわたしが転生した国では、女が大金を稼ぐのは本当に難しいのだ。


 それなのに、ポンと純銀貨五枚。

 頷かない手があるか? いやない!


 わたしがウキウキとサインしようとすると、わたしの対面に座った男が、最終確認を取った。


「ここに名前を書けば、君はカノルーヴァ辺境伯当主、ディルミック=カノルーヴァの妻となり、その責務を果たさねばならない。……後悔は、ないか?」


 問うた男は仮面をつけていた。

 わたしを一人にさせないのは、名前を書かせるまで逃がさない、ということだろうか。しかし、今更どんな顔だろうが、金さえもらえれば問題ない。

 この話がわたしのところに来たとき、そう言ったつもりだったのだが、いまいち信用されていないようだ。

 まあ、わたしのように金に目がくらんだ平民に逃げられる、という前例が三度もあれば、そりゃあ簡単には信じてもらえないか。


「ここまで来てサインしないで帰るなんて、ありえな――いですよ。あ、でも貴族としての立ち振る舞いを期待されても困るっていうか。わたし、平民ですし」


 危うくため口を聞きそうになったが、慌てて敬語に直す。

 というかこういうの、執事とか、そういう人とやりとりするもんじゃないの? なんで本人出てきてんの? 仮面をつけているし、この人がディルミック=カノルーヴァなんだよね?

 お貴族様の考えることは分からない。正しい敬語とか、そういうの練習してきてないぞ。必要だって言われなかったし。


 しかし、それにしても、こうしてカノルーヴァ辺境伯の屋敷にやって来たというのに、今更帰ります! なんて言われると思っているのだろうか。そんなわけあるか。帰るのにもお金がかかるんだぞ。

 金を貰う――もとい、結婚するつもりがなければわざわざ隣国から足を運ぶものか。……ここまでの旅費とか請求したら、この純銀貨五枚とは別にお金くれたりしないかな。


「貴族の立ち振る舞いは期待していない。君はただ、逃げずに当主の子を産めばいい」


 男は少し冷たい声音で言い放った。

 女を子供を産む道具としてしか見ていないような発言。現代日本だったら大炎上のフルボッコだドン! というところだろうか。

 まあ、わたしも金につられてほいほいこんなところまで来ているので、あまり強く非難できる立場ではない。相手を尊敬していないのはわたしも同じ。金をくれる相手としか見ていない。

 何より、文句を言って純銀貨五枚が貰えなくなると困る。


「――ロディナ……っと。あ、グラベイン文字、間違ってないですよね」


 この世界、話す言葉は世界共通だが、文字は国によって違う。ちなみにわたしの国も、このグラベイン王国も、平民の識字率は低いようだ。

 一応名前を書く練習はしてきたが、どうにも使ったことがないペンで字はへろへろだ。日本語ですらまともに書けなそうだ。


 男は契約書を取ってわたしの文字を一瞥すると、「問題ない」と言った。

 そして――仮面を外す。


「それでは本日より、君はこの僕、ディルミック=カノルーヴァの妻となる。よろしくするつもりはない。どうせ君も、僕を置いて逃げるだろうからな。ただ、逃げるにしても、責務を果たしてからにしてくれ」


 「無事に故郷に帰りたいのなら」と言う男――ディルミック=カノルーヴァ。


「――は?」


 わたしは思わず持っていたペンを落とした。


 澄んだ紫色の瞳を持つ目は、パッチリ二重で大き目で、鼻筋は通っている。そもそも鼻が高い。

 血色のいい唇から見える範囲の歯は白くて整った並びをしているし、浅黒い肌はすべすべとなめらかそうだ。


 まぎれもないイケメンである。


 むしろこちらが金を払わないと結婚できないのではと思わせるほどの顔面偏差値。まあ、金を払わないといけないならわたしは結婚しないけど。

 どのあたりに醜男という噂が流れる要素があるのか、と混乱しているわたしを、男――ディルミックはどうやら顔面に対して絶句しているのだと思ったらしい。


「逃げるか、平民。しかし、君はもう契約書にサインをした。破棄するのなら、混金貨一枚だぞ。まあ、女の平民に払えるわけがないだろうがな」


 卑屈そうな笑みを浮かべる彼に、わたしは混乱したまま、「問題ないので早く純銀貨ください」と答えるのが精一杯だった。

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