お焚き上げ
由緒正しい神社に行った。
やけに厳かな雰囲気の漂う神社だ。
狛犬も凛々しく、賽銭箱も重厚感があふれている。
太すぎる鈴緒を手に取り、左右に揺らし、賽銭を投げ込み、手を合わせ、祈る。
礼をして一歩下がった僕の目に、社務所が見えた。
…そうだな、お守りでも、買っていくか。
家内安全、交通安全、健康祈願に、良縁…どれもピンとこないな。
どれにしようかな、迷う僕の目に留まったのは、守とだけ書いてある、からし色のお守り袋。
…そうだな、守とだけ書いてあれば、何にだって対応してくれそうだ。
僕はお守りを買って、かばんに入れた。
お守りを買って一年が過ぎた。
お守りって、確か使用期限があると聞いたことがある。
…ちょうど休みだし、明日新しいのを買いに行こうかな。
そんなことを思いついた僕は、ふと、お守りの中身を、見たくなった。
明日新しいのを買いに行くんだ、一年間僕を守ってくれたお守りの、真の姿を見ておこう。
僕は。
お守り袋の。
ひもをほどいて。
…紙に包まれた、何か?
・・・紙の、中身は?
ぺり、ぺり・・・。
…なんだ、ただの木切れか。
―――み た な ?
「ひょへぁわひぃっ?!」
僕は思わず、お守りを投げ捨て!!!
フローリングの上を後退り!!!
どごっ!!!!
べ、ベットの縁に!!!腰をぶつ、ぶつけえええええ!!!
き、木切れが!!!
く、空中に浮かんで!!!
「はいどうも~、おっす、おらお守り!!」
木切れはやけにフレンドリーに僕に近寄ってきた。
「なにそれ!!かるっ!!!」
思わず突っ込む、僕。
なんだ、結構大丈夫そうだぞ、ビビって損した。
「お前ね、お守りの中身は見ちゃだめって教わんなかったの、マジゆるせねえ…よくも俺の本体、見やがったな…。」
…ヤバイ、木切れが怒りのオーラを纏っている。
ゆらり揺らめく、黒い靄。
「マジすんません、もう見ません、ごめんなさい。」
リアルマジジャンピング土下座を披露する羽目になった。
頭をゴリゴリとほこりだらけのフローリングにこすりつけ、ひたすら詫びる。
「いーよー!メンゴメンゴ!ちょっと脅かしてみたかっただけ!!」
…なんなんだ、いったい。
やけにノリの良いお守り本体が言う事には。
樹齢100年を越し、ご神木としての自我が目覚めてそうそう、切り倒されてしまったそうだ。
切り倒される時に、電ノコの音にビビって思わず木の上の方に自我を移動させてしまったのが、そもそもの失敗だった模様。
「おま、切り刻まれんの、まじだりぃの、わかる?ちょー木っ端みじんよwww」
本来ならば、自我はご神木内を移動などせず全体に存在しており、切り刻まれたのちご利益として随所に分け与えられるシステムらしいのだが。
「力分散とかあり得なす!時代はチートっしょ!一万の凡才より一人の神童、これテンプレ!」
切り倒されて細かくカットされる過程で、自我は刃物の恐怖を逃れにのがれ、最終的に僕の買ったお札の中身になる木切れに残ったんだってさ。
…僕、そんなすごいお守りに守られてたのか、しかしその割には平凡で彼女もできずに孤独を味わっているんだけど、どう言うことだ。…ああ、僕が平和に生きてこれたから一応は任務完了って事?なんかもにょるな。もっとこう、金持ちになるとかモテモテになるとかそういう逆転劇がないとさあ。例年通り、穏やかになにもない一年過ごしても、ありがたみがないというか。・・・文句言ったら怒られそうだな、黙っとこ。
「ホントならさあ、切り株の方に残って…芽吹くつもり、だったんだからねっ?!」
自我の抜けてしまった切り株はもう芽を出すことはできず、あとは腐っていくのみなんだとか。
わりと世知辛いな、御神木業界…。
「あーあ!まーた最初からやり直しだよorz100年の俺の苦労を返せっつーのwwwどんだけ縦に伸びたと思ってんだい!!…ずいぶんだよっ!!」
カットされたご神木の一部は神社の新しい建物の壁になり、一部は数珠玉になり、一部はお守りの中身になったらしい。
…ちょっと待て、こいつがここにいるということは、もしやご利益の欠片もない脱け殻がいろいろありがたく使われたってことなんじゃあるまいか。いやしかし、ご祈祷はおそらくしてるから、良いのか?
「でさ、マジで助けて欲しいんだけど~、お焚き上げしてくんねえと、困っちまうの。頼めね?」
お守りになっちゃったからには、お守りとしての任務を終えないと天に帰ることができないらしい。お焚き上げしてもらってはじめて天に昇れるんだそうで。すると、ごみ箱に捨てられたお守りとかっていうのは…いつまでたっても、天に昇れない?燃えるごみとして燃やされたならいざ知らず、なんか埋め立てられて恨んでるお守り達も多そうだな。地味に怖い世界だ。僕は今後絶対にお守りはお焚き上げすることにしよう。
「お焚き上げるのはいいけどさ、もう時期過ぎてるから、なかなかお焚き上がれないと思うけど、良いの。」
お焚き上げって確かお正月とか大晦日にしかやらないイメージなんだけど。由緒ある神社だったら、毎週やってるのかな?
「それくらいは待つっての。ま、神社に来るノリのいいやつ見ながら気長に燃やされんの待つわwwwめっちゃ燃えたるわ!!!」
「やけに前向きだなあ、おい…。」
僕は次の休みの日、お守りを買った神社へ赴き、社務所横の古札収所にお守りを投げ込んだ。
「ちょ!!オメー投げてんじゃねーよ!!今度会った時ぶっ飛ばすかんな!!!くっそー!!!」
「あー、ごめん。」
投げ込んだお守りはほかのお札やお守りに紛れてしまって見つけ出すことができなくなってしまったので、とりあえず声だけで謝っておいた。
チャラい返事は返ってこなかったので、まあ、許してもらえたと…思いたい。
僕はそのあと、社務所で新しいお守りを買って…神社を後にした。
それから、僕は毎年お守りを買うようになった。
毎年、必ずお守りを古札収所へ持ち込むようになった。
毎年、古札収所に持ち込む前日に…お守りの本体を確認するようになった。
なんというか…お守り本体を、袋の中に入れたまま、対面することなく別れるのが嫌だったのだ。
一年守ってくれたお守りに対して、対面することなく、お役御免と古札収所に投げ込むことに…躊躇するようになったのだ。
失礼かも、知れない、けれど。
一年守ってくれたお守り本体に、素っ裸で対面したいという気持ちがあったのだ。
…敬意を払って、自分も風呂に入り、素っ裸でお守りの中身と対面させていただいた。
…おかしなことをしているという認識はあったが。
…僕の対面した、あのチャラいお守りの本体であれば、許してくれるような、気がしたのだ。
いつしか、大晦日の夜にお守りの中身をあけて、元旦に初詣ついでに新しいお守りを買うようになった。
毎年毎年、大晦日の夜に年越しそばを食べながら一年を振り返り、風呂に入って身を清め、お守りの中身を袋から出して…本体に直接に感謝をするようになった。
一度も、木切れが宙に浮くことはなかった。
毎年初詣に行き、お守りを買い。
平穏無事を祈り、平穏無事に毎日を過ごし。
僕はずいぶん、年を重ねた。
・・・あいつは無事に、焚き上がったのかな。
・・・あいつは無事に、生まれ変われたのかな。
僕の心残りは、それだけだ。
・・・ずいぶん、ぼんやりとする時間が、増えた。
もう、僕は、お守りを買いに行くことが、できないだろうな。
・・・できない、けれども。
毎年、大みそかに、お守り袋を開ける癖が、抜けないのだ。
長年しみついた…恒例の、行事。
もう、一人では…風呂に入る事すら、できなくなってしまった。
今年は…身を清めることが、できない。
…失礼なやつだと、怒られてしまうかもしれないけれど。
僕は。
お守り袋の。
ひもをほどいて。
…紙に包まれた、何か。
・・・紙の、中身は。
ぺり、ぺり・・・。
…なんだ、もう、僕は。
…紙を、めくる、事さえ。
―――ま た せ た な !!
紙をめくれず、パタリと布団の上に落ちたお守りが…宙に、浮いた。
「ちょwwwお前!!ずいぶんしょぼくれたじゃねえか!!ぶっ飛ばしてやる気満々だったけど、無理じゃん!うわぁ、風前の灯、乙!!!」
久しぶりに聞く、軽口が…ずいぶん、懐かしい。
「なんだ、神になれなかったのか。またお守りとか…ほんと運がないというか。」
「うっせ!!いろいろと…大変だったんだよ!!!」
相変わらず、やけにノリの良いお守り本体が言う事には。
無事お焚き上げされて、神社の鳥居の脇にご神木として生を受けたものの。
年末年始の出店が並ぶ時期に、アクセルとブレーキを踏み間違えたトラックに激突されてしまったらしい。
「…半年前にテレビでやってた、救いのご神木ってお前だったのか…。」
「おうよ!!!気づいたら根元から折れちまったわ!!!」
樹齢50年で、真っ二つか。
「お前も運がないなあ、ご神木とか向いてないんじゃないの…。」
「けっ!!…いろいろとあんだよ!愛おしい人の命を助けることができたんだ、良いって事よ!!」
わりと良い奴なのに、もったいないなあ。
「…悪いんだけどさ、僕はもうこんなんだからね、お前をお焚き上げに持って行くことができそうにないよ。」
「いいさ、お前と一緒に…焚き上がってやるつもりで、ここに来たんだ。」
「そうかい、そりゃあ、どうも。」
話し疲れてしまった僕は。
ずいぶん、ほっとした気持ちに、なった。
…焚き上がってて、良かった。
…焚き上がったのに、大変だったな。
…焚き上げてやれなくて、悪かったな。
…僕と一緒に、焚き上がってくれるのか。
…僕も勢い良く燃え上がれるかなあ。
・・・ああ、孤独な僕だったけれど。
…誰かが、いてくれて。
・・・よかった、な。
僕は、首にかけた、胸元のお守りを、ぎゅっと、にぎり、しめ…。
・・・。
僕は、いつの間にか、天に昇ったようだった。
…ふわり、ふわりと…足元が、揺れる。
「ああー!!やっとキター!」
「マジか!!待ちに待った神様!!!」
「いやあ、これでうちの神社も安泰だわ!」
「ちょ!!待てよ!!こいつは俺がスカウトしたの!!勝手に触んな寄るなマジリスペクトしろ!!」
足元が揺れると思ったら、これ、神輿だ!!!
御簾をあげて、外の様子を見ると…!!!
狛犬とチャラいにーちゃんと派手なねーちゃん、あとなんか人魂っぽいのに真っ黒い何かが!!!蛇みたいなのもいる、いや、アレは…龍?!
「あ、目、覚めた?!」
「長い付き合いになるわ!!マジよろ!!」
「ねーねー、初神様のご感想どーぞ?」
なにがなんだか…分からないぞ!!!
「あのさあ、うちの神社、実はもう長いこと神様がいなくってさ!!!わり―けど、あんたの事選ばせてもらったわ!!」
なに?!
神様のいない神社とかあるの?!
ごく普通の一般人だった僕が神様とか、そんなこと許されるわけないじゃん!!!
「はあ?!何言ってんの、僕にはそんな度量はないよ?!」
神輿を担ぐよくわからない人?存在達が一斉にこっちを…見た。
なにげに…怖い!!!
「え、何この神様、マジめっちゃ低姿勢、すごくね?」
「近年まれにみる平凡さだ…みんな自己満正義感振り翳してんのに…まさに…神界の宝だ!!!」
「今時こんな柔和な思考回路の人いないよー、マジ貴重だよー、ご神木すげえいい人見つけたな、お手柄だ!!!」
「えっへん!!!」
やけに胸を張ってる木が、木がー!!!
こいつ、もしかしてアノお守りの本体・・・ご神木だな!!!
「あの、僕はただの人で、神様なんて無理なんですけどっていうか、聞いてない、何この展開、説明、誰か、説明を!!」
「大丈夫大丈夫!!誰でも初めてってあるのよ、慣れてけばいいからさ!!!」
「そーそ-、そのためにうちらもいるんだし!!」
「ちゃんと神様になったんだからなんも心配する事ねーべwww」
「無理だったらなれなかったはず、つまり無理じゃないからなったの、おけ?」
ダメだ、まったくもって僕の話なんか聞こうとしちゃいない!!!
「この神社めっちゃでっけえくせにさあ、神が役目放棄しちゃって人間になっちゃってさー、長いこと神不在だったんだわ。で、そのせいでご神木たる俺らとかが頑張らざるを得なくってさ。」
「にーちゃんはさ、長年ここでお守り買ってたし禊もしてたじゃん。真摯な態度が多分世界に認められて、無事神見習いになったってわけ。」
「やる気に満ちてるクソオーバーヒートばっかでさ、なかなか神の器になれる人いなくてさ、ホントこの100年、えらい目に合っててね、お願い、見捨てないで!!!」
目に涙浮かべてる狛犬!!よくわかんない草!!!消えそうになってる炎に、薄くなった人影―!!!!
「・・・今お前が神としてここにいるから、俺らはこの姿でいられる。お前が、神をやらないと決めた、その瞬間…幼気な俺たちは、ただの…木になり、石像となり、火となり、緑となり…なにも知らない人間に、刻まれたりむしられたり拝まれたりする存在に、なり果てる…お前は、俺たちを…このまま、消滅させると、言うのか…?」
葉っぱがばっさばっさと落ちていく、ご神木っ!!!
「わ、わかった、わかったから!!!」
「「「「わーい!!!」」」」
僕は何が何だかわからないうちに、神様に…なっちゃったんですけど。
こんないいかげんなことで、いいんですか…。
世の中のシステムというのは、実に不可解というか。
ごく普通の一般人だった僕が、こんな威厳ある神社の神様に抜擢されようとは。
…由緒正しい、神社じゃなかったんかい。
…由緒正しい神社に、初心者が勤めていいんかい。
…由緒正しい神社って、何だったんだい。
ツッコミどころ満載だが。
誰に物申していいのかわからない。
なぜなら、僕が今、一番力がある、存在だから。
・・・。
ねえ、いきなり一番偉くなった場合って、何を、どうしたらいいんですか。
ねえ、いきなり神様になっちゃった場合って、誰に文句を言ったらいいんですか。
他の神社も、こんな感じなのかな。
今度見に行ってみようかな。
でも、僕が抜けたら、まずそうだな。
…初心者過ぎて、基本的なことがわからなすぎる!!!
下手に動けない僕は…今日もハラハラドキドキしながら、参拝者の皆さんに、対峙している。
…初心者も甚だしいというか。
ずいぶん、いろいろと、やらかしちゃったりして。
力の加減がわからなくて、お参りに来る人みんなの願いを叶えちゃって、ものすごい騒ぎになったり。
賽銭泥棒を懲らしめようと雷落としたら鳥居が燃えちゃったり。
うっかり迷ってる人の心のぞいて声かけちゃったり。
そのたびに、心強い境内の仲間に勇気づけられながら、僕は頑張っている。
「おけおけ、ちょっとぐらいのやらかしは必要なんだって!!!」
「すごく様になってきたし、ダイジョーブ!!!」
「ねね、今度さあ、池の水虹色に光らせてみよ―よ!!!」
「ダメだってば!!!平凡、平凡に、穏やかに、厳かに―!!!」
がんばって、いるんだからね…。
がんばって、いきますからね…。
やけに騒がしい、境内の仲間達を見守りつつ。
今日も、僕は。
お守りたちにパワーを分け与え。
おみくじにパワーを分け与え。
お札たちにパワーを分け与え。
参拝者たちの声に耳を傾け。
土地を守り。
由緒正しい神社として恥ずかしくないよう、しっかりと務めさせて、もらって、いる。