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第九話 黒の聖女は襲われる

翌々日、ギルドの朝の喧騒を終えアリスの掃除も終わった午前九時


リーリングアイシェの三人と一人の少女がギルド前で対面していた。


「こちらが今回の依頼対象のエセル嬢です。彼女を故郷の村、もしくはエルダバウム周辺の安全な集落へと送り届けていただくのが任務となります」


「よろしくお願いします」


アリスの紹介にぺこりと頭を下げるエセルと呼ばれた少女


「よろしくね。私はシェクタ。あっちのでっかいのがブリジットでこちらがルクシアよ」


「リーリングアイシェって王国最高チームなんじゃ・・?」


名前を聞き特徴が一致したのか驚くエルフ少女


「そんなのうわさだけよ?あたしたちはちょっと実績が先行してるだけの只の冒険者だからね」


そういいながらにっこりと宥めるのはブリジット


「貴女たちへの依頼は彼女を安全に運ぶことなんだからね、変なことしないでよ?」


「アリス?どういう意味かしら?」


「言葉通りね」


「じゃあそれは完全に大丈夫よ。10日もあれば余裕で依頼完了を報告できると思うけど?」


「10日しか持たないのね」


そう言ってアリスとブリジットの会話に呆れる目を向けるのはシェクタとルクシア。

反対に何も気づかずに10日でエルダ大森林を往復できると言い切ったこの人たちすごい、と感心しているのがエセル。


このブリジット、聖女アイナに対しては完全な崇拝者ではあるが同時にロリ百合の性癖も持っているのである。幼女趣味しかもレズなど現代社会はもとよりこの世界でも当然超絶マイノリティの趣味嗜好ではあるが、幸いなことに女しか愛したくない元男の貧乳女性が防波堤となっているので今周辺被害は抑えられているのであった。


「とりあえず、今日一日は乗合馬車で近くの村まで行ってそこから徒歩で移動ね」


「じゃあ三日後から森林に入るってこと?」


シェクタがアリスに予定を言う


「その予定ね。まあルクシアがいるから森で迷うこともそんなにないとは思うし。たぶん10日ってのは間違ってないと思うわ」


「うん、聖女様にもそうお伝えしておくわ」


「アリス、ずるいわ!報告ならあたしが行ってもいいでしょ?」


「いいわけないでしょ!依頼が優先に決まってるでしょ!」


アリスに食い掛るブリジットをシェクタが怒鳴りひきづっていく。

それを微笑みながら見てルクシアがエセルを連れて行き、ようやく出発していった



「さてようやく静かになったわね」


「うるさかったのは貴女(アリス)とブリジットの罵りあいな気もするけどね」


「しょうがないでしょ、聖女様っていえばそっちに行っちゃうんだもの、アノヒト」


「敬虔な教徒なのね」


「マアソウカモシレナイネ」


「なんで感情が入ってない返事なのよ?」


「なんとなく?」


「お前たち、さっさと仕事に戻れ!」


中からギルマスが出てきて怒鳴る。かわいい少女の旅立ちという事で暇な受付嬢を含め七人ほどがお見送りをしていたのであった。


皆がぞろぞろと中に入っていく中アリスだけ呼び止められる。


「あ、アリス。お前はそのまま教会に行ってくれ。シスターニーナが何やら相談事があるらしい」


「はあ、良いですけど直帰でいいですか?」


「まあいいだろう。お前どうせ明日から連休だしな」


「連休なのは私のせいじゃないですけど」


ギルドは基本的に年中無休なので受付嬢などシフト勤務になっている。

しかし年頃の女性の多い職場、どうしても優先的に休みを取りたい日などが出てくる人が多いので融通を利かせるのは基本デートの予定の全くないアリスなのであった。

今回はそんな風に偶々平日三連休というシフトになってしまっていたのであった。


「それはいいがな、シスターからの連絡だしさっさと行ってこい」


「はーい、行ってきます」


書類鞄を持ちそのまま出ていくアリス。

ペンタゴニア第二支部から教会までは徒歩で約30分。

通いなれた道ではあるが今日はいつもと違うルートを通り、市場の店主やいろんな店に入り顔見知り達と話をしたり何かを買ったりして時間をかけて歩く


食料を買い込んだアリスはそれでも教会へと行かず、街中の奥まったところにある公園へと足を延ばす

ベンチに座り屋台で買った串焼きを取り出して頬張るアリス。


「ねえ?、出てきてこっちで一緒に食べない?」


茂みに向かい声をかけるが、当然反応はない


「言っておきますけど私はストーカーって大っ嫌いなのよね。今出てこないと二度と話しかけることすらしないけれどいいのかしら?それともお名前を呼んだ方がいい?ジム・ストレーナー様?」


名を呼ぶとアリスの話しかけた茂みから男が出てくる

王国騎士リックの部下でアリスに話しかけようとした男であった。


「名は覚えててくれたんだな?」


「職業柄ですね。仕事関係の方の名前はできるだけ覚えるようにしています」


「でも色よい返事はいただけないと?言っておくがこれほど女性に焦がれたのは君が初めてなんだ」


近寄ろうとしたジムを手で制し串焼きを差し出す。


「お腹空いてません?美味しいですよ?これ」


「そんなものより話を!」


「お話しする必要がありません」


声を荒げるジムに対し冷静に、しかしきっぱりと拒絶をするアリス


「エランドー様にもお話をしておりますが私は男性とお付き合いするつもりは毛頭ありません。ギルドでの私の評判はご存じでしょう?」


「しかし君は隊長には親しげに話しているじゃないか?!君が袖にした男たちを前に」


「親しげ?ビジネス的な距離感しか保っていませんでしょ?それにエランドー様はただ私を女性としてマナーの範疇で扱っておられるだけですし色欲なんておくびにも出しませんよ?」


「それなら私もチャンスがあってもいいだろう?」


「だからないんですってば、私は貴方に体を許すつもりもないんですから。」


「私に、という事はほかの誰かには許すんだろう?」


「ちょっと?最初の宣言聞いてました?男に興味も用事もないっていったよね?!」


だんだん血走った目でにじり寄ってくる騎士にあとずさりながらいうアリス


しまったぁ、この格好で話すんじゃなかった。

今のアリスの姿だと使用できる武装はスティンガーのみ。

しかもこのモード、非戦闘モードなので威力はデリジャーサイズとお世辞にも高くない。騎士なら普通に筋肉の貫通もできないレベルだし、どうしよう?

おまけにこいつ筋肉バカの部下だし下手に投げて勝っちゃうと黒の聖女の正体に気づかれる場合もあるしなぁ


「許さない、お前は俺のものだ!」


「私は私のものよ!!」


捕まりそうになるのを寸でのところをひらりと躱し眉間に消しゴム指弾を当てる

そのまますり抜けて逃げようとしたがジャケットをつかまれそのまま引き倒されてしまう


「ちょっといやぁぁ!!!!」


アリスの叫びを契機としたのか馬乗りになりそのままアリスのブラウスを引きちぎる


「やだぁぁあぁあ!」


叫ぶアリスの胸をまさぐり覆いかぶさってくるジム


「お前!そこで何をやっている?」


突然公園に声が響く。顔をあげたジムの目には白のブレストプレートを付け両端石突の棒を持った数人の姿が見えた。

白のブレストプレートには教会の紋章が入っている。

彼らは教会守護騎団

王都の教会総本山を守る自警団のようなものであるが実質もう一つの騎士団という扱いを市民から受けている。持つ武器はすべて刃の付いていない杖のみというのも市民から受け入れられている所以である


そして今の声は女性。教会守護騎団で女性というのは聖女の特別護衛に当たる修道女の集団、通称白薔薇と呼ばれる特別なチームである。


権力という意味ではもちろんないが直接聖女と言葉を交わせるという立場の為この立場にあこがれる修道女もまた多くいるのであった。


そしてその言葉に一瞬我に返ったのか弾けるようにアリスから離れ反対方向へ駆け出す。追いかけ始める数人の女性騎団員たち。


だが二十歩ほど走ったジムは突然躓いたように倒れ脚を押えて悶えている


「大丈夫?アリス?」


「ありがと、ヴィスタ。来てくれたんだね」


外したマントをアリスに羽織らせながら聞いてくる騎団員ヴィスタ。


「アイナ様からの指示でね。いきなり呼ばれてここに行けってびっくりしたわよ」


「もう少しうまく立ち回りたかったんだけど」


「その割には脚震えてるわよ?」


「あれ?ほんとだ?」


自らも少し気づいていなかったが確かに足が震えている


「まあ前も含め犯されそうなんて人生初の経験だったし」


「そうよね?そもそも今のあなたに対して我を忘れて欲情するなんて考えられないんだし」


「どういう意味よ?」


「なんでもないわよ」


そう言って視線を移す。

その先には両腕拘束をされ引き立ててこられてきたジムがいた。


「ねえ、あいつどうするの?」


「どうも普通に事実の報告書と共に王都騎士団に引き渡すわよ?」


「じゃあ私個人の報復は今してもいい?」


「いいけど、捥ぐとか潰すってのは無しよ」


「しないわよ!おそろしい!」


いや、女子からしたらその発想はわかるけど元男としてはそんな恐ろしいこと想像するだけで無い物が縮み上がるわ


そんな話をしていると目の前に引き立てられてきたジム


ヴィスタに支えられその前に立つとアリスは無表情で往復ビンタを三往復する


「顔も見たくないわ」


そう言ってヴィスタに向かって目配せする


「お前たちこいつを連れて騎団事務所へと先に行っていてくれ」


頷きジムを連れて去っていく騎団員たち


しばらくして足音が消えると残ったのはアリスとヴィスタの二人だけになった

へたり込むアリスとそれに付き合うように座るヴィスタ


「ビンタだけでよかったの?」


「まあね、実害の分だけよ?ブラウスとお気に入りのキャミの分だけでいいわ、あとは社会的制裁が加わるだろうけど知ったことじゃないし」


「ドライね?で、急に襲われた理由については?」


「多分あれ。見える?」


そう言ってアリスが指さした先の壁には薄く半透明な蝙蝠らしきものが見える


「じっくり見なきゃわからなかったけどあれが頭についてたみたいなのよね。足にスティンガー当てたらあれがあの男の頭から離れたし。たぶん洗脳か何かの魔術と思うけどマディーナに言っといてくれる?」


そう言ってもう一度スティンガーを撃つ


壁に見事に命中し蝙蝠は四散する


「直接マディーナに聞けばいいじゃない?」


「だって話してくれないし」


「まあ良いわ、聞いとくのは洗脳魔術、蝙蝠ってだけかしら?」



「あとはどの程度の魔人ならどの距離で使うかってところかしら?」


「わかったわ。ところで変身すれば服って直るんじゃないの?」


「直るけどそれは着替えるだけよ?この破れたブラウスたちはもう戻らないわね」


思い出したらまた腹立ってきた。やはりタマタマ蹴り上げとけばよかったかな?









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