第二話 黒の聖女は仕事する
アーリントン伯爵逮捕騒動から一週間。王都の政治機能の激震は落ち着きを取り戻しつつあった。
伯爵という上位貴族が人身売買をしていたという事実は完全に秘匿されあくまで国庫横領の罪により罷免という体ではあるが一部高位貴族、国政にかかわるものには当然箝口令と共に事実が伝えられていた。
尤も市井にはそんなことはお構いなく伯爵の抜けた穴にはだれが成り上がるのか程度の興味しかないようであったが。
因みに商人のツポレフは酔っぱらって溝にはまり変死したとだけ発表があった。
その後彼の商会は解散し一家は地元へと帰ることになったそうだが閉店セールで一家の路銀と次の元手程度は賄えたとのことである
そしてそんなことはお構いなしと忙しいのが冒険者ギルドである。
人の営みなど関係なしにトラブルは起きるし魔物は出没する。早朝から深夜までにぎわいの変わらない場所。
そして何より王都は200万市民を誇る大陸最大の町。
トラブルも多く王都には五つのギルド支部が存在している
王城を中心に正しく五角形に配置されたギルド支部はペンタゴニアと呼ばれている。
そのペンタゴニアの中でもとりわけ一番賑わいのある北東に位置する第二支部
そこでは早朝より冒険者たちが受付に列を作っていた。
「なあアリスちゃん。今度食事に行かない?」
「行きません。忙しいので。ゾットさんたちパーティはCランクワイルドボア受領ですね。行ってらっしゃい。次の方」
「これを頼む」
「アーチーさんたちはワームキャタピラー駆除ですね。構いませんが炎系魔術の使える方をお誘いになられた方がよろしいですよ。パーティメンバー募集を見ていかれた方がいいと思います。次の方」
「アリスちゃん、好きです結婚してください」
「やです、次の方」
「相変らず塩対応なのにアリスが受付に座るとなぜか行列になるのよねぇ」
「みんな振られるのが楽しいんだろうよ」
隣の受付嬢と話す冒険者があきれるように答える
隣で仕事をしているアリスは金髪ゆるふわパーマに碧眼の見た目物腰柔らかそうな女性だが
男に対しては徹底的な塩対応。たとえ貴族でも断るという徹底ぶりの男嫌いである
しかし人として嫌っているわけではなく先ほども見たように大方自分の担当したパーティの依頼に対し何が足りないかなど的確にアドバイスも入れたりする。
自分への獣欲だけを拒否するという徹底ぶりなのであった。
「シーバスさんはあちらに並ばなくていいんですか?」
「ああ、俺は稼ぎに来てるしそんなに新人でもないからな。新人は無理にでもアリスちゃんの方が安心だからな」
「確かに、あれだけ捌きながらもいつもアドバイスは適格だもんね、あの子」
「正直受付って柄じゃないな。冒険者でも通るぜ」
「そんなこと言ってアリスに手を出すつもりなんでしょ」
「バカなこと言うなよ。俺にはかみさんもいるんだぜ。それに俺はもっと胸・・」
言い終わる前にシーバスに額に直撃するものがあった。大したものではなく消しゴムだが普通にデコピンより強烈な衝撃だった
「なんかかっちーんときました。シーバスさん。無駄口叩かずさっさと出て行ってください。で、二度と私のいるときに顔を見せないでくださいね」
「へえへえ、また夕方に顔出すよ」
「アリス、地獄耳ねぇ」
「聞こえるようにセクハラ発言するのが悪いんです。セクハラする人間はみな死んでもいいですから」
「まったくそんなんじゃ彼氏できないわよ。」
「いりません。次の方」
そのあとも淡々と仕事をする同僚を見て隣で肩をすくめながら彼女も仕事へと戻っていった。
ギルドの早朝依頼の受領開始は朝の六時から始まる。ゆえに二時間、八時ごろにはほぼ冒険者はいなくなり一応の落ち着きを取り戻す受付スペースである。
そんな中ギルドに来訪した一団があった。
「やあ、アリス君。元気か?」
「エランドー様。いらっしゃいませ。依頼の更新ですか?」
「うむ、すまないが頼めるか」
「規定ですので構いませんがこれを掲げて一年。一度も受注がありませんけれど」
「ああ、それでもいつか奇特な冒険者が出て捕まえてくれればそれでいいんだ」
二人の視線が依頼掲示板に移る。そこの常設依頼にある古びた依頼用紙
依頼内容は王国騒乱罪、黒の聖女の捕縛である。
「そもそもこんな人いるんですか?」
「ああ、それは間違いない。まあ私も顔は見たことはないが声と姿はわかっているからな。下手な偽物なんて出てもすぐに見分けられるしな」
「どちらにしても規定をまだ満たしているので受付は致しますが後二年合計三年間掲示して達成されない場合は受注受付ができませんのでご留意ください」
「ああ、わかっているよ。」
そう言って所定の手続き金を納めるエランドー
「これから巡回ですか?」
「ああ、それも込みだが今日はペンタゴニアすべてをまわってこの依頼を更新していくつもりなんだ。次は第三支部だな」
「王都本部で一括依頼にすればよろしいですのに」
「まあ巡回も兼ねているからね。これも必要業務だよ」
「そうですか。ご苦労様です。」
一礼をすると手を振って出ていくエランドー
部下たちは何か言いたげだったが何も言わずに隊長について行った。
「あんたにしては珍しく敵意がないじゃない?もしかしてエランドー様に惚れてる?」
聞いてくるのはソバカス眼鏡の受付嬢リリィである。
「ううん、ちっとも。そもそもあの人あたしたちみたいな市井の女性を自分の女にするって発想がなさそうよ。生粋の貴族なんでしょうね」
「そうなの?でもいつもアリスに話しかけてるじゃない」
「そりゃお前たちが色目使ってるからだろ」
後ろから声がかかる。やせぎすではあるが鋭い眼光を持ち強者の風格を纏わせた男である
「あら?どういう意味です?ギルマス」
「良くも悪くもお前たちは若いってことだ。男も女も美形には色目を使っちまう。だがあの隊長もそんな視線には飽きてるんじゃないのかね。」
「ああ、でもアリスは男性って目線で人を見ないから」
「そうだな、枯れ切ってるのか知らないがこいつは人を人としか見ない。うら若き乙女がなんとももったいない話だがな」
「うるさいですよギルマス。人をディスりに降りてきただけですか?」
「アホか、俺もそんなに暇じゃねぇ。聖女様が依頼を出したいとの連絡があった。お前ちょっと行ってきてくれ」
「わかりました。お昼までに戻ればいいですか?」
「聖女様をせかす行動なんてとれないだろ。今日中に戻ればいい」
「ではいってきます」
そう言うと上着を羽織り書類鞄を持って出て行ったアリス。
「ねえギルマス。なんでいつも聖女様の依頼はアリスが受け取りに行くんですか?」
「万が一にも紛失させるわけにもいかないだろ。腕利きに行かせなきゃな」
「それってアリスが腕利きみたいじゃないですか」
「あいつ今の俺より強いぞ?」
その言葉を聞きその場にいた受付、そして残っていた数人の冒険者すべての視線がギルマスにそそぐ
「力って面じゃ流石に女だ俺の方が強い。だが妙なアーツが使えるらしくてな。挑めばいつも投げ飛ばされるだけだった。あいつほど護身術を徹底して身に着けてるやつもそういないだろうな」
「徹底した男嫌いねぇホント。過去に何かあったのかしら?」
「さあな。だがその話題を今のあいつに深入りできる人間がいると思うか?」
ギルマスの問いにその場にいた全員が首を横に振ったのであった。