07.涙
ローサは改めて目の前で対峙している敵へと意識を向ける。
二メートルの体格から振り下ろされた棍棒を後ろへ飛んで回避。
さっきまでローサがいた場所が衝撃によりクレーターが生まれる。
ガードを選んでいれば骨までは行かずとも、腕を平常に動かす事は困難だっただろう。
「ちょこまかと。侍女風情が手こずらせんじゃないっブヒッ」
身の丈程ある棍棒を軽々と担ぎ、大豚が眉間にシワを寄せる。
ローサは徐々に息が乱れて行く。
開戦直後、ローサは自分が出せる最大威力の魔法を発動。
巨大な魔法陣から灼熱の業火が噴出し、前方の敵を炎の波へと呑み込んだ。
溶岩胡に生息し、鉱石の姿をしたファイヤーメタルをも溶かす高温。
普通の魔物であれば骨も残さぬ魔法に敵軍の七割が灰となり、ローサ自身も魔力の大半を持っていかれ、疲労を背負いながら接近戦を強いられていた。
「ローサ、もうやめるのじゃっ! もうよい……もうよいのじゃ」
シャルの悲鳴が荒れ果てた戦場を駆け抜ける。
頭から流れる血が片目を覆い、服はボロボロに擦り切れ、それでも冷静だったローサの瞳が揺れた。
「ま、魔王様……何を仰いますか。貴方はここまで――」
言葉を終える前に大豚の棍棒がローサの脇腹を払い、大きく吹き飛ばす。
「ローサァァァァアアッ!!」
大粒の涙を零し、ローサを覗くシャルの姿を昏々と掠れ行く視界の中、映し出された。
いつ振りだろうか、ローサがシャルの涙を流す姿を見たのは。
父親が亡くなった時も信頼する部下が去って行った時も、シャルは涙を流さなかった。
否、流せなかったのだろう。
魔王の後継者として。
だが今シャルは泣いている。
自分の理性では抑えられない程悲痛に。
「情けない……シャル様に、そのような顔をさせる自分が」
ローサは願う。
誰でもいい。
誰か彼女を――シャルの涙を止めてくれ――――
「随分と大人しくなったブヒ」
「ローサに近づくな! 目的は魔王であろう」
ローサへ一歩一歩足を進める大豚の進行をシャルは大きく腕を開いて立ち塞ぐ。
身長の何倍もの大きい影がシャルを覆いつくす。
「退け小娘。魔王にすら覚醒していない偽善者に何ができる」
シャルはその言葉聞き奥歯を強く噛み締めた。
そもそもシャルが先代魔王ガルバランの娘でありながらこのような窮地に追い込まれた理由の一つが魔王
覚醒。
魔王は魔を惹きつけ、魔を統べる絶対の強者然とした存在であり、魔王覚醒とは魔を統べる資格を魔族の主神であるクロネに認められる事で授けられる証。
その証は魔族の潜在能力を飛躍的に向上させ引き出す事が出来る、まさに力に惹き寄せられ力に貪欲な魔族であれば喉から手がでる代物。
しかしシャルにはそれが無い。
魔王の娘であるシャルの潜在能力は並みの魔族の比ではないだろう。
だがその力を引き出せないのであれば無いのも同然。
「魔王は……魔王を絶対に諦めない!」
睨み上げる。
自分を片手で軽く握り潰せる怪物を前に一歩も引くこと無く。
「オグル様」
怪鳥に騎乗した部下らしき魔物が大豚に歩み寄る。
オグルと呼ばれた大豚は部下に要件を促す。
「オグル様、ゼブラ様から伝言です。早く終わらせろ、との事です」
オグルの額に一滴の汗がつたう。
「わ、分かった。ゼブラ様に早急に帰るとお伝えしろ」
部下は一礼をすると怪鳥と共に空へと消えてった。
オグルはそれを見届けると震え混じり溜息を吐く。
「そういう事だ。まず貴様から潰れろ」
大きく振りかぶった棍棒をシャルの頭上へ振り下ろした。
「シャル様ッ!!」
「ッッッ…………ぇ?」
その場にいた全員が目を見開いた。
シャルに振り下ろされるはずの棍棒は突如現れた人間の手によって阻まれる。
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