06.ローサ
ローサ・アムリュートは先代魔王であるガルバラン・メーリー・グラースに仕える、竜人族――炎竜の三女として産まれた。
比較的、上の兄姉に比べローサは優秀では無かった。
否、兄姉が優秀過ぎたのだ。
それのこともあり幼少期から厳しい教授に追われたが、ローサにとって苦ではなく誇りにさえ感じられた。
勉強するにつれ、憧れの母親のような魔王を助けられる存在に近づいて行くことに胸が熱くなる。
初任務は普段無愛想なローサでも表情を強張らさずにはいらない程の重任だった。
魔王の一人娘シャルの身の周りの世話。
次期魔王になられるお方の侍女を任されたのだ。
今まで自分が積み重ね上げたものが評価されたという高揚感に、魔王ガルバランの一人娘はどれ程の強者なのだろうという好奇心が日に日に膨れ上がっていく。
そして訪れたその日、ローサは落胆する。
あれは最早魔族ではない。
気弱で力を入れれば折れてしまいそうな細い手足。
ローサを見上げる少女は小鹿のようにビクビクと手を震えさせて怯えていた。
ローサは目を疑う。
これが本当に魔王の血を引く娘なのか……。
シャルからは魔王ガルバランの圧倒的な魔力の波動も威圧感も感じられないばかりか、魔力量さえ一般の魔族にすら劣るという話だ。
ローサはなぜ自分のような未熟者に魔王の娘を任されたのか合点がいった。
魔王の血を引く者がこれ程までに脆弱な存在だからだ。
実力主義の魔族にとっては例え魔王の娘と言えど、はみ出し者なのだ。
脆弱な魔族はこの弱肉強食のピラミッドでは生きる事さえ過酷であり、場合によっては家畜より酷い扱いを受け、人間の住まう領域に逃げ込む者までいる。
逃げたところで冒険者に狩られるのが関の山だ。
それに加えこの性格。
怯えるシャルには魔族としての誇りも威厳すらも感じられ無い。
ローサは雑用を押し付けられたのだろう。
それが最初に懐いたシャルの印象だった。
最初こそ小鹿のような脆い容姿のシャルを哀れに思っていた。
出来損ないと陰口を叩かれ嘲笑らわれても、シャルは魔法の勉強や武術訓練を放り出すどころか欠席することさえなかった。
年端もいかない子供だとは言え魔王の娘に求められる物は相当なものだ。
頬に付いた泥を拭うことなくローサに剣を振る日々。
ローサは一時とは言えシャルを侮辱した己に恥、殺意まで感じる。
訓練でシャルが見せた瞳には震えが走った。
強者をも臆する事のないその闘志に。
だがそれは一歩間違えれば蛮勇に過ぎない危うさがある。
その日もいつものようにシャルは頬に泥を被りながら模擬戦をしていたがそこに一匹のコウモリがローサに近づく。
人族には伝書鳩なるものがあるがこれはそのコウモリ版だ。
肩に止まったコウモリの足に結んである紙を開く。
そこに記されていたのはローサもとい全魔族を驚愕されるものであった。
魔王ガルバランが人族の戦争で戦死――――。
これは今から起きる地獄の前ぐれでしかなかったのだ。
父親である魔王ガルバランの死からシャルは一変した。
日陰に隠れていた弱虫なシャルは消えさり、全てを見下し突き放す、まさに魔王だ。
父親の跡を継ぐべき立場であることから自ら自分自身を変えたのだろう。
自分を変えるという事は今までの自分と決別し否定するということ。
それがシャルにとってどれ程の苦悩かローサには分からない。
初対面のローサですら怯えていた姿からは考えられなかった。
だがそんなシャルの決意は魔王の座を奪う内乱により踏みにじられる。
結果として魔王軍は分裂を起こし、十二の勢力が魔王を名乗るという歴史上類を見ない現状に陥っていた。
一般魔族にも劣る魔力量の少女がこの戦いを生き残れるのか。
炎竜族はそうは思わなかった。
内乱が起こり、強大な力も無いシャルに付く者など微々たるものだろう。
ましてや忠誠心にかける魔族などごく一部。
炎竜族は忠義は有ったが、それは先代魔王であるガルバランであってシャル個人ではない。
先代魔王が生きていたら結果は違っただろう。仕える主を失った以上、その娘に仕える程炎竜族は忠誠心は無い。
続々と去って行く部下へシャルは引き止めることは無かった。
忌み子と揶揄され端から期待などされずにそれでも足掻く姿にローサは確信した。
それが例え身贔屓だったとしても――彼女こそが真の魔王に相応しいと。
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