05.襲撃
あまりの急展開な出来事に訳が分からず、直幸は呆気に取られる。
シャルも状況が読めないのか棒立ちのまま開いた口を閉じようとしない。
そんな中、ローサだけはこうなる事を予期していたかのように、極めて冷静な面持ちでシャルの前へ出る。
薄れゆく土煙。
大きく壊された穴の向こうから全長約七メートルの巨大な大鷲が姿を現す。
「誰だ! ここが魔王シャル様の城と知っての無礼か!」
シャルを庇う様に一歩進んだローサが叫ぶ。
「ブヒィヒヒ、勿論知ってるブヒ」
声の主は大鷲から剥き出しの牙を見せ下品に嗤う。
丸々と肥えた体型に、はちきれんばかりの薄汚れた服を着こんだ大豚がシャルとローサを見下ろす。
お世辞にも清潔感の良い衣服だなんて言えない。
「魔翼王序列最下位、十二翼の軟弱なシャル・メーリー・グラース」
わざとらしく誇張させると目を細める。
「本来貴様何かが魔翼王の一人に数えられるのが奇跡ブヒ。そして次の大魔王に君臨する魔獣王ゼブラ様の踏み台になれることを光栄に思うブヒィヒヒ」
大豚が上げた手を下ろすとそれを合図に後列で待機していた手下達が一斉に魔法を発動。
火氷雷の魔法が直幸達を襲う。
「シャル様、私が時間を稼ぎますのでその隙にお逃げ下さい」
「違う……魔王は、最強の父上の……魔王がやらなくちゃ――――」
「シャル様!!」
身体を震えさせるシャルが気づいたころには、捉えた魔法が目前まで迫っていた。
不意の攻撃に反応が遅れるローサは目を見開く。
その存在に一早く気づいた直幸は無我夢中に駆け出していた。
シャルを背に迫り来る魔法へ立ち塞ぐ。
「きゃぁっ!」
「グアアァァァア!」
直撃による威力と爆風が直幸の身体を軽々と吹き飛ばし、勢い収まらぬまま石壁へ激突、石壁は直幸を受け止めきれず崩れ去る。
直幸は地上から六十メートル離れた高さから放り出された。
――――――死んだ。
黒い空が遠くへ離れるにつれて死を悟りだす。
永い浮遊感を終えると背中から衝撃が走り内臓が潰れる感覚が襲う。
「カハァッ!!」
血に混じった胃液が逆流し、口の端をつたい地面へと滴り落ちた。
呼吸を繰り返すたび激痛に顔が歪むが落下の衝撃で肺の酸素が吐き出されてしまい、そうも言っていられない状況だ。
腕を支えに上体を起こそうとするが、肋骨が数本折れて動くたびズキズキと痛む。
魔法威力にあの高さからの落下で死なずに済んだのが不思議でしょうがない。
偏に勇者の特権なのだろうか。
歯を食いしばりながら、やっとの思いで城の外壁にもたれかかることに成功。
常人なら動くことさえ諦める激痛だろう。
だが直幸はこの激痛に耐えられる二つの理由があった。
一つ目は、この痛みに似たものを前に経験していたからだ。
思い出したくない記憶。
「だからって、いてぇもんはいてぇよ」
二つ目は彼女を――シャルを守るため。
直幸が生きてきた時間からしたら微々たる物だが、それだけでシャルの事をもっと知りたい――もっと一緒にいたいという欲が出るには十分過ぎた。
「だけどこのざまじゃあわけねぇな」
肋骨は折れ、歩くことさえままならない状態だ。
我ながら情けない。
「いや、そん……なのは……関係ない! だって俺は――」
拳を握り締め、再び最初の扉に手をかけようとした瞬間――――
(なぜ向かう――今の貴様に何ができる――――)
頭の中にドスを効かせた男の声が響く。
「だ、誰だ……お前は誰だ。どこから……話してやがる」
周囲を見渡すが妥当する声の主は見受けられない。
(行ってどうする――今のお前では肉壁にすらならぬぞ)
「それでも、行く」
あの少女を助けたい、守りたい。
直幸に取って十分すぎる理由だ。
(それほどまでに固執する存在か?)
「そ、んなもの、決まってる。シャルちゃんが命を狙われる事情なんて知らない。だがな――――」
噛む唇から血がにじみ出る。
「関係ない――だよ……助ける理由、なんて一つだ」
(貴様がそれほどまでにアイツに固執する理由は何だ)
「俺が――――ロリコンだからだ!!」
(フッ。そうか…………ンッ? ろ、ろりコンとな?)
つい今しがたの威圧感が幻聴かと思うぐらい間の抜けた声。
「ああ! 少女こそ俺が愛すべきエンジェル! 守るべき対象! 採りたてピチピチの鮮やかな頬っぺた。ツルツルのスベ肌、愛くるしい仕草グハッグハァッ」
(え? あ、大丈夫か……ふむ、貴様のその言葉に嘘偽りは無いようだな……こいつに任せていい物か、めちゃくちゃ不安だ)
たどたどしい言葉に思わず直幸まで気が抜けてしまう。
(お、おほん! い、いやなんでもない……不安は残るが、まあ良かろう)
「……さっきから何の話してんだよ。俺はこんな事をしている場合じゃ――」
(貴様、名は何だ)
「なにいって――」
今それどころじゃない。
(良いから名を申せ)
今まで以上の重低音に脚が竦む。
「な、直幸……犬神直幸」
(直幸、貴様に力をやろう。アイツを――シャルを守れる力を)
血交じりの唾液を呑み込む。
(これは契約だ――貴様に力を与える代わりに――シャルを守れ)
シャルと慣れ親しんだように名前を呼ぶと言う事はシャルの知人か、はたまた身内か。
「あんた、シャルちゃんとどういう関係だ」
(今はそんなことはどうでも良い――どうする。結ぶのか、結ばぬのか)
信頼できるなんて確証は何も無い。
だが、この声の主は信頼できる気がする。
当たり障りのない感だがそれで目の前の少女が泣かないのなら、直幸は魔王にだって魂を売る。
(契約は結ばれた。貴様に――この大魔王ガルバラン・メーリー・グラースが力を授けよう)
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