03.魔王城
ヘルちゃんサポート終了時間から数分。
このまま暗い森の中に彷徨っていて埒が明かない。
直幸はヘルちゃんの名残惜しさを胸に重い足取りを進める。
途中モンスターにでも遭遇しないかと気を張り巡らせていたが何事も起こらず無事、城の裏手まで着いた。
「上から大体の方角は見当がついていたが――」
禍々しい、その言葉を体現した不気味な城。
屋根を見上げるだけでも首がつりそうになる。
直幸がいた地球で有名なランドとは対極に悪夢を連想させる外観だ。
城の周囲には不気味な木々が覆い、そこらのお化け屋敷が可愛いく見えてしまう。
「本当にここが俺を召喚した国なのか? 間違いであって欲しいけど、それらしき建物がこれぐらいしか見当たらないんだよな」
壁沿いを歩く直幸は換気にしては不用心に開かれた扉を見つける。
怖い気持ちと未知の好奇心が反復横跳びを始めたまつ、好奇心を抑えきれず中を覗いた。
埃すら無い清潔な廊下に感嘆の声が漏れる。
外装から蜘蛛の巣やコウモリを覚悟していたが、見事に掃除の行き届いた内装にそれが勝手な偏見だと思い知らされる。
外装はともかく生活圏である内装を優先するのは当たり前だろう。
魔王軍との戦争が勃発していることからシルビアから聞かされた状況より深刻なのかもしれない。
「うわぁぁ……」
直幸は廊下に飾られていた壺を軽く指でなぞる。
「外見はあれだけどさすがは王様が住むお城だな。埃一つない」
コツッコツッと、自分の踏みしめた靴が石畳を返して軽く反響する音だけが直幸の耳に届く。
「それにしても誰もいない。警備も物音もしないのは不気味だな」
慎重に辺りを警戒しながら一階をざっと歩いたところでふと、違和感に気づく。
「上階に繋がる階段が無い。あまく見回ったとは言え、廊下のどこかにあるはずだ」
残り調べて無いのはいくつも羅列に取り付けられていた部屋。
中が見えない怖さから避けていたが、このままでは誰にも発見されず何て事もあるかもしれない。
最悪の状況が直幸の脳裏を過る。
「あークソ取り合えず近くの部屋でも覗いてみるか」
直幸は近くの何の変哲もない木扉の取っ手を諦め半分で内側に押した。
ギィィと古い建物特有の錆びれた金属音に、直幸の肩に力が入る。
室内は木造りの家具が備えられており、ちょっとした休憩が出来そうだ。
この誘惑に約三十分歩き続けて来た直幸が抗えるはずもなく。
椅子に腰かけようと中へ入る。
すると扉が勢いよく閉まる音がした。
直幸の逃げ道を塞いだ。
「な――――」
驚く暇も与えず、床から魔法陣らしき円が輝いた。
次の瞬間には乗り物酔いのような感覚が直幸を襲う。
「ううう、次から次へといったいなんなんだ……気持ち悪い」
修学旅行のバス程度でイキっていた考えを改めさせられるほど酔いが回る。
平衡感覚を失いながらも部屋から飛び出す。
鍵がかかっていた訳でもなくすんなり扉は開いた。
「どういう事だ……俺が通って来た道じゃない」
見慣れない一直線に続く廊下の向こうには巨大な扉が暗がりから直幸を覗いていた。
息を呑む。
巨大な扉の向こうへ直幸の全神経が引き寄せられ視線が外せられない。
毛肌が逆立ち、震えが全身を巡る。
直幸は導かれるように扉へ歩いた。
扉に近づくにつれ、より一層その大きさを実感する。
だが直幸は委縮することなく、両手を大扉に押し付ける。
鉄特有の冷たさが肌を介して伝わる。
見た目からは信じられないほど軽く大扉は簡単に開いた。
まるでそこにお宝が眠っているような。
ご馳走を追う猛獣の如く研ぎ澄まされた五感が雄叫びを上げる。
こんな感覚、直幸は地球でも二回しか経験したことが無い。
一回目は公園で彼女と出会った日。
二回目は直幸が愛してやまなかったゲームキャラ。
だがその二つの感じ方とはまた違う。
これほどまでに乱れれば、職務質問を飛び越えて任意同行だろう。
王宮並みに広い空間は不自然なまでに調度品が一つも見受けられない。
否、全く無いわけではない。
最初に感じた不自然な箇所は空っぽの一室に対する感想ではなく、そこにポツンと置かれている王座だ。
肘には炎を思い起させる宝珠が埋め込まれ、笠木には主人を守護するように竜を模った装飾が怪しく光る。
そして王座に比べ一回りも二回りも小さいサイズの少女――否、幼女。
身に着けている黒マントを毛布代わりに、スヤスヤと規則正しい寝息をたてる。
二の腕に頬ずりながら気持ち良さそうに横たわっていた。
天井のステンドガラスから差し込む月光が少女を飾る絹糸のような白銀の髪に吸収される。
閉じ込められた月光がオーロラを創りだして幻影的に煌めく。
真白いきめ細かい肌は触れる物を遠ざける冷気を帯びているように錯覚させる。
そして呼吸と同時に動く漆黒の翼と細長い尻尾。
頭には羊にもよく似た漆黒の角が――――。
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