02.ヘルプ
ここから異世界へ飛びます。
文字通り。
半信半疑だった直幸の視界に飛び込んで来たのは一面に生い茂る木の絨毯にそれを囲む形で連なるゴツゴツとした山々。
一際目を引かれる黒い建造物。
そして身体を押し返す勢いで浴びる冷たい風――――
「ってなんで落ちてんだあぁぁああぁぁぁ!」
訳もわからず無我夢中で腕を羽ばたかせた。
これは現実なのか?飛び込んだ光景に自分の目を疑う。
抵抗も虚しく目前に地面が急接近。
(あ、死ぬんだ…………)
葉と葉が擦れ合う音が耳に、地面に激突するかに思われた瞬間。
一瞬の浮遊感が包み、直幸はこれが走馬灯なのかと思ったが気づけば地面に大の字で寝転がっていた。
驚くべき事に目立った外傷も見受けられない。
死んだかと思った瞬間に感じた謎の浮遊感。
非現実的な体験に、シルビアが本物の女神だと信じざるおえない。
「どうなってんだ。聞いた話だと城の中に召喚されて近くには王女と関係者がいるはずだけど?」
そう言えばシルビアが困った時はヘルプ機能、略してヘルちゃんを使えばいいと丸投げしていた機能の事を思い出す。
現状一番の助け舟だ。
「確かやり方は――ウィンドアウト」
『ウィン』と効果音が聞こえてきそうな、実際は無音だったが。
出現したのは二十四インチ程の薄板モニター。
ゲームでよく見る表記がざっと記されている。
右半分に直幸のステータス、ヘルちゃという項目が上から順に並び、その中には『????』という項目が三つ有ったが今はそれを無視し、ヘルちゃんの項目を押す。
続けてヘルちゃんサポートの有効を押す。
ピロリーン。
軽快な音が鳴ると少女の幼くハキハキとした高い声が頭の中に響いた。
(こちらヘルプのヘルちゃんだよ。マスター、困った事があったらな~んでも聞いてね❤)
声を聴いた瞬間、直幸に電流が走る。
高い声量ながら柔らかく、頭に直接響いて違和感は有るが不快感は無い。
そして何より直幸を痺れさせたのがその呼び方である。
女性に、それも恐らく美少女にゲームではなく現実でその敬称を呼ばれるなど直幸の人生で、否、全人類含めてもそうはいないのではなかろうか。
この娘になら一生導かれていたいとさえ思える。
「ヘルちゃん。俺の人生のヘルプになってくれないか」
(へ?)
表情は無いがヘルちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったように膠着しているのは感じる。
次第に意味を理解し始めたのか、ヘルちゃんの声があわあわと震えだす。
(ま、まままましゅたぁ、い、いきなりな、ななななにゃにをおっしゃっているのです!?)
可愛らしく慌てふためくヘルちゃんの声に直幸はグッと心中でガッツポーズをとる。
あの女神も粋な事をする。
「ああ、ごめん。ついヘルちゃんの声が可愛くて不意に口から出てしまった。決してからかってわけじゃないから勘違いしないでくれ。これは本心だ!」
普段の彼を知る者が今の姿を目にすれば眼を擦るのをやめないだろう。
それぐらい普段、他人と距離を置く直幸からは想像も付かない程の豹変っぷりなのだ。
(そ、それはそれでどうなのでしょうか)
ヘルちゃんはどこか恥ずかしげに応える。
これ以上は直幸の理性の枷が外れてしまいそうだ。
直幸が元々聞きたい話を脱線させてしまったのだが。
「ヘルちゃん、城に召喚されるはずだけどなんで俺は今外にいるんだ?」
(うーん多分外部からの魔法的干渉で召喚座標位置が狂ったのかもしれませんね)
てへぺろっと可愛らしく頬っぺに指を当てる様子が容易に想像がつく。
「そういえば、落下してる時に城みたいなデカい建物が在ったな。もしかしてそこが召喚される予定だった所だったのか? だとしたら気まずい」
いよいよ勇者召喚――て、国の運命を左右する一大事に緊張感漂っている中、「あ、どうも~」何て城外から来た日には一生気まずいし、まず勇者だと信じてもらえるかも怪しい。
最悪、敵の刺客と勘違いされてその場で打ち首になる可能性も、直幸が相手の立場なら迷わず剣を構えるだろう。
他人以上に信頼できないものは無いのだから。
自分の置かれている状況に悪寒が走る。
「ま、まずは冷静になれ」
息を肺いっぱいに深く吸い吐き出す。
そして改めて自分のステータスを見た。
《職業》錬金術士 《Lv》二十 《スキルPt》百
職業やレベルは分かるが、称号がロリコンってのはどういうことだ。
自分がロリコンではないと言い張るつもりはないが、ここまで間接的に言われると少しモヤッとする。
自分のステータスを目を滑らせていた直幸に、ふと疑問がよぎる。
「ヘルちゃん、これってどれくらい強いんだ?」
するとヘルちゃんは嫌な顔?をするどころかハキハキと答えてくれた。
どこぞの自堕落女神とは大きく違ってこっちが女神ではないかと疑ってしまう。
もしそうならこんな状況に陥る事も無かっただろうに。
背筋にゾゾっと寒気を感じる。
あの女神、どこかで面白おかしく食っちゃ寝しながら直幸を見ているのではなかろうか。
そんなことを考えているとヘルちゃんの声にハッとなる。
(人間のギルドに所属する冒険者は星と言う強さの格付けがされて、多ければ多いほど腕のたつ冒険者の証なんです。それこそ勇者に匹敵するレベルだとか。因みに今確認されている最大星保有数は十二個みたいです)
「星十二ってどれくらい強いの?」
(私にもわかりません……)
「そうなんだ……あ、後、このスキルポイントってのは何なんだ」
(よくぞ聞いてくれました!)
すると、「フッフッフゥ」と待ってましたと言わんばかりに不敵に笑う。
ヘルちゃんは淡々と話し始めた。
この世界には存在する「魔法」「武技」「スキル」について――。
(魔法はマスターが知っての通り、体内の魔力を消費する事で攻撃魔法や補助魔法を行使する事ができますが、込める魔力によって威力が比例されるのでここは注意です。因みに消費した魔力は時間が経てば回復するので安心安全)
これは直幸が齧ったファンタジー知識と大きな差異は無いようだ。
(魔法が魔力で発動する特殊技に対して、武技は己の気力を消費し発動する物理技です。魔法と同じで大技ともなると一度に消費する気力の量に常人は耐えきれなくて失神しちゃうからここも注意)
そして最後にスキル。
(スキルは習得になっがい時間がかかるんですよ。時々本人も気づかない内に習得することもあるみたいで。家庭的なのから冒険者向けまで種類は様々! 熟練冒険者だったら二~五個は持っているようです)
ここからが重要なんです!と続ける。
(この世界の一般的なスキルは今話した通りですがこれには例外があります)
「というと?」
(召喚された勇者様は勇者の特典として、数多に存在するスキルを先ほどマスターが仰った、このスキルポイントを使う事で即時に習得する事が出来ちゃうのです!)
直幸は「おー」と感心の声をあげる。
チートな勇者特典に対しての反応ではなく、それを恐らく満面の笑みで嬉しそうに話しているであろうヘルちゃんに。
声だけなのが段々もどかしくなり始めてきた今日この頃。
だが、もし目の前にいたら抱き着いていたに違いない。
そんな直幸の理性の葛藤を知る由もないヘルちゃんは話を続ける。
(このスキルポイントはマスターのレベルが上がるごとに五ポイントづつ貰えますがご利用は計画的にお願いします)
と言い終えた瞬間――『ピピピピッ』と学校の終わりを告げるチャイムのように繰り返し機械音が鳴り始めた。
(あっ、すみませんマスター)
突如、頭中で鳴り響いたアラームに顔を強張らせていると、なぜかヘルちゃんは申し訳なさそうに。
(サポート終了時間来たようなのでこれで……)
「え、ヘルちゃん帰っちゃうの!?」
無い姿を掴むように両手をオーバーに突き出す。
(はい。正確に言えば午前八~二十一時までがサポート対応時間で……その、それ以外は対応できないんです)
捨てられた子犬のような鳴き声をあげるヘルちゃん。
これだけでヘルちゃんがどれだけマスター思いの良い娘か、思わず直幸の涙腺が緩み始める。
(それでは――)
「ちょ、ちょっと待ってこれからどうすれば――」
(申し訳ありません。マスターのお力にできる限りなりたいんですけど、規則なので――それでわ!)
直幸の制止も虚しく、ヘルちゃん対応時間外のバーがポツンと浮かび上がる。
「とりあえず行って見るしか……無さそうだな」
開幕早々先行きが不安である。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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