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01.女神シルビア

目が覚めるとそこには純白のシルクに身を包んだ女性が飴細工のような装飾が施された赤いソファーに寝転がり、ジッと直幸を見つめていた。


どこか気の抜けたタレ目にエメラルドグリーンの瞳が埋め込まれている。

手入れが行き届いていないのか、ピンと跳ねた金髪がくびれまで届き、スラッと伸びた脚が大胆に露出していた。

その先の絶対領域をギリギリのところで防衛を保つ布。


一層目を引くのが今にも零れ落ちそうな二つの双丘。

健全な青年であればつい吸い込まれてしまうのだろう。

だが直幸は流し目で女性の顔に目を止める。


「まずはおめでとう犬神直幸(いぬがみなおき)。幸か不幸かお前は異世界召喚される事が決定した」


静寂だった空間にパチパチと軽い拍手が鳴り響く。


「異世界召喚?」


時差を置いてその単語に疑問符が浮かぶ。

一体ここはどこでこの外国人は誰なのだろう。

キョトンと首を傾げる直幸をお構い無しに金髪の女性は話続けた。


「ああ、そうだった。自己紹介をまだしていなかったな。私はお前の世界で言うところの女神。女神シルビアだ」


自己紹介をしているのだろうが、体勢は最初から一切変わらず全身をソファーに預けている。

その傲慢な態度に普通なら苛立ちを覚えるのだろうが、不思議と彼女から(かも)し出される気だるい雰囲気がその違和感を払拭していた。


――これは夢?にしては目前の女性の身体が鮮明過ぎる気もする。

直幸は少し展開に身を任せる事にした。


「……なんで俺なんですか」


一息置いて溜息交じりに答えるシルビア。


「人選面倒さかったからごみ箱から拾った」


あまりの適当な人選に一瞬何を言っているのか分からなかった。

この女神シルビアは見た目通りのいい加減さだと確信する。


「そう盛るな思春期青年よ。いくら私がセクシーだからって目を血走らせるなよ」


「誰がお前みたいなのに」


身動きするたび脚にかかる布からムチっとした太ももが覗く。

もはやワザとしているのではないだろうかと思える。

直幸の心は微動だにしないが。


「さて、冗談はさておき本題に入ろうか」


シルビアの行動が理解できない。

結局何がしたいのだ。


「えー今この世界は魔王の手によって脅かされていますそれを危惧した人間は異世界から勇者を呼ぶことにしました」


カンペでも見ているような感情の欠片もない棒読み。

呆気に取られる直幸を余所にシルビアは仕事を終えたとばかりにご満悦に微笑む。


「説明以上。まあ、あっちの状況諸々細かい事は気にするな」


「そこは細かく言えよ! 仮にも女神なんだろアンタ!」


余りの大根っぷりに一瞬、脳が迷子になった直幸は引き戻すや否や喰ってかかる。

シルビアはめんどくせぇ、という表情を隠すきすら無いらしい。

そして溜息交じりに語りだした。


「まず君が召喚される異世界、ファウダーイサ-ル大陸には大きく分けて四つの国がある。北方の魔法国家ダミア帝国。東方の魔王軍侵攻の最重要防衛ライン、ライベルク連合。神出鬼没のエルフ国家カスターン公国。西方の広大な領土で貿易が盛んなサングレアル王国。因みに君達が召喚されるのはサングレアル王国ね。あそこは現状一番安全な場所だし、周辺のモンスターのレベルも低い。新参者がレベルアップするのにはこれとない最適な場所って訳さ」


一息。


「魔王軍との戦いは苛烈を極めた。だがなぜか、数か月前から魔王軍の攻撃がピタリと止まった。これを好機と見たサングレアル王国の王女が古代魔法を使って強力な力を持つ異世界人の君達を召喚したってのが一連の流れだよ」


「達? っていうことは勇者は俺以外にもいるのか?」


「あー、君を除いて後四人」


と、指を四本に折って団扇の様に扇ぐ。


「他の子達は別々に担当している女神から既に承諾済み。君さえよければすぐにでもあちらへ送ろう」


「承諾? その口振りだと断ってもいいってことですか」


シルビアはその問いに首を縦に振り肯定する。

強制はしないと言いつつ無事に帰してくれる保証をしなかった。

つまり遠回しに言っているがこちらに拒否権は無いという事なのだろう


「本人の意欲が無いのに強制はせんよ。それに私にとってあの世界が滅ぼうが滅びまいがどうでもよい」


女神を名乗るのであればもっとまともに出来ないのだろうか。

慈愛のじの字もない体たらくっぷりだ。


「仕事は仕事だ。もし無事に世界を救う事が出来れば、その時はなんでも願いを叶えてやろう」


直幸は息を呑む。

それは犬神直幸(いぬがみなおき)にとっての未練、悔い、それをやり直せるという事。

守りたかった約束を守れるという事。


「それは――本当ですか?」


「ああ、もちろん。こう見えて私は約束を守る主義だ」


確証など何一つ無い。

だけど――――望みがあるのであればこの突拍子ようもない話も期待してしまう。


「分かりました。その召喚、承諾します」


シルビアは微笑すると説明を続けた。


「それにしてもお前はこのあまりに現実味の無い状況をよく受け入れられるな。肝が据わってるというか」


ステータスの説明をしていたシルビアが突如、手元の資料から顔を上げ、直幸と目が合う。

神秘的な瞳に見つめられ不覚にも吸い込まれそうになる。


「既にあっちで人生が終わった身。他に失う物なんて無い。それに、これが嘘ではなく本当なら……こっちの世界でやり直せる」


心残しがあるとすれば秘蔵のアニメ達を見返したかった事。

直幸の知る異世界知識はほぼそれに偏っているからだ。

なんにやよ、嘘か誠か異世界に飛ばされれば分かるだろう。


「ふむ」


シルビアはそれ以上この話を広げることはかった。

意外に早く、数分で説明を終えたシルビアが「最後に――」と付け加える。


「まあ困った事があったら初期装備に色々と詰め込んどいたから。後は自分で何とかして」


ステータスの開き方や諸々の説明を終えると最後に微笑を浮かべるシルビアの姿を目に、光に包まれた。

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最後の一人を送り終えると疲れが一気に押し寄せて来る。

自分が愛用するソファーに突っ伏しながら右手で数枚に束ねられた資料を掴む。

顔を包むふかふかな感触に名残惜しさを感じつつ顔を上げ、スラスラと目を通していく中、ふと紙を捲る手が止まる。


一度くしゃくしゃに丸めた物を無理やり伸ばしたゴワゴワした手触り。

ごみ箱を横転させた時偶然にも目に留まり興味を引かれた青年のステータス表。


そのある項目欄にはこう記されていた。

『ロリコン』と。

ふと、笑いが込み上がる。


女神シルビアは他の女神と違う。

何が違うかと言うとそれは好奇心と愉快感、ようは心躍る面白い出来事なのだ。

途方もない時を生きる女神は次第に他人への興味や関心を失い、感情をも薄れ、動く人形(ドール)同然の女神もいる始末である。


勿論そんな女神ばかりではない。

恋愛感情がある者やシルビア以上の感情豊かな女神もいるがどうもスキンシップが激しく、会うたび抱き着かれるのは敵わん。


思わず笑みが零れ、くすくすと上品に笑う。

普段の気だるげな彼女からは想像もできない可愛らしい表情。

普段のシルビアを知る同僚が見れば、驚きのあまり腰を抜かすだろう。


「あの青年があちらの世界でどのような化学反応を引き起こすのか、楽しみでしょうがないよ」


その時――――妙な違和感がシルビアを襲う。

まるで今まで手に握っていた物がスッと消えてしまったような。

だが、直ぐにその違和感の原因を理解した。


「ふふ、これは予想以上の――――地球には海老で鯛を釣ると言う(ことわざ)があったがまさにこのことだな」


女神になって早一億八千年。

退屈に時間を浪費するだけのシルビアに、あの青年は再び消えかけていた灯火を淡く燃え上がらせてくれた。


「おっと、これはいけない。少し手を貸してやるか」

最後まで見て頂きありがとうございます。

もしよろしければブックマークと評価をよろしくお願い致します。

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