どうして、こうなった?
短めです。変な王子様のお話。
なぜ、こうなった?には、当初の予定と全然違うじゃん!という春樹の感想も含まれています(笑)
※なぜ、こうなったら?から、どうして、こうなった?にタイトル変えましたー。
鼻から大きく息を吸って、口から吐いた。同じ動きを3回繰り返し、アリアは「よし」と気合を入れる。嫌な音がする年季の入った馬車から慎重に足を降ろした。
「お嬢様、行ってらっしゃいませ!」
拳を握り、そう声をかける従者に大きく頷いた。
ここは立食パーティー会場。別名、貴族の婚活場。若い貴族の男女が集まる場である。ファンダン男爵家の一人娘であるアリアは戦場に赴く戦士のような表情で会場を見た。
豪華なシャンデリアの下、高そうなドレスやスーツを身にまとう男女が談笑している。立食パーティであるのに誰も食事に手を付けていない。
「…なんてもったいないの」
思わず心の声が漏れる。しかし、首を横に振った。だからこそ、来た意味もあるというものだ。持参した袋からバスケットを取り出す。手を付けられていない料理を詰めていった。
「…なんですの、あれ?」
「料理?なんて、卑しいのかしら」
「ファンダン男爵家の一人娘でアリア様よ」
「ファンダン男爵家って、確か、ご当主がこの前、友人の借金の連帯保証人になって、しかも、その友人に逃げられたんじゃなかったかしら」
「いくらお金がないといってもパーティーの料理持って帰る?」
こちらの事情をよくご存じですね、そう皮肉を言いたいのをぐっとこらえてアリアは目の前に集中した。何を言われたって、聞き流すしかない。だって、こちらは生きるか、死ぬかなのだ。
陰口で言われた様にアリアの父はどうしてもと頼まれ、友人のために連帯保証人になった。けれど、その友人とは連絡が取れなくなり、潤沢にあったはずの家のお金は底をついた。今では、メイドと従者1人ずつ雇うのでやっとの状況である。彼らは20代前半だ。他に行っても一から学び直す若さがある。それでも、ファンダン家で働きたいと言ってくれた。だからこそ、彼らにおいしいものを食べさせたかった。そのために、アリアはここにやってきた。貧乏男爵になった段階で結婚なんて考えていない。
「ねぇ、君、何しているの?」
後ろから声をかけられた。声の低さからして男性だろう。けれどアリアは振り向かなかった。どうせ好奇心からの声掛けだ。そんなものは無視するに限る。
「ねぇってば」
「…」
「お~い、聞いてる?」
「…うるさいな!うちに持って帰るの!見てわかんないかな!どうせ捨てるんだから別にいいでしょ?それにしても、何考えてんのかしら。食べられない人だっているのに。誰も食事に手を付けないパーティーでこんな豪華な食事出して。もう少し考えたらいいのに」
「確かに、君の言うとおりだね」
「そう思うでしょう?確か、これって、シオン王子の主催だった…よ……ね…?」
同意の言葉に思わず振り返った。そして、言葉を失った。そこに立っていたのは、今、話題に上がっていたシオン王子、その人だったから。この国の第一王子であり、ゆくゆくは王となる人物。目の前の人物にアリアの頭に昇っていた血が一気に下がる。
「シオン…王子…様…?」
「ああ、そうだよ」
「…」
「シ、シオン様、そんな貧乏人の言葉を聞くだけ無駄ですわ。それより、私と踊ってくださらない?」
声をかけたのは、コンラベール伯爵家の長女のルイーズだった。ブロンドに碧の瞳。髪をあげてあるからこそ見えるうなじは細く、美しい。豊満な胸も妖艶さを醸し出している。シオンは彼女を正面から見た。同じくブロンドの髪に、白いタキシードが似合う細身の身体。すらっとした足は長く、端正な顔立ちをしている。2人が並べば絵描きが寄ってきそうなほどお似合いだった。
見つめ合う2人。物語なら、ここで恋に落ちてもおかしくはない。歴史に残るかもしれない出来事の一端を担っただけでも、アリアは満足だった。これ以上注目される前に、と違うテーブルに移ろうとした時だった。
「ちょっと待って」
シオンが引き留めたのはアリアだった。アリアは自分の容姿を自覚している。平凡を絵にかいたような自分に、「運命の人」などと言われる要素はない。そうなれば、きっかけを作ったことへの礼だろうか。それなら、言葉よりお金が欲しい。そんな思いを抱えながら、アリアはゆっくりと後ろを向く。
「僕にそんなはっきり言ってくれたのは、君が初めてだよ」
大きな目がアリアを見ている。優しそうな笑みを浮かべていた。効果音をつけるなら『キラキラ』だろうか。
シオンを見る視線のその先には、ルイーズが悔しそうにこちらを見ている。こんな私でも嫉妬されるのね、と笑いそうになった。けれど、面倒事はごめんだ。
「いえ、あの、王子に言ったわけではなくて、ですね。感想を述べただけ、とでも言いますか…」
「でも、僕のしたことにそういう風な判断をしてくれる人って本当に珍しいんだよ」
なんだ、これ。王子様って、暴言に飢えてるの?なんて、言葉にしたかったが、したらしたで問題だし、これ以上懐かれても困るので、アリアは開きそうになる口を懸命に堪えた。
「そうなんですね。それは、良かったです。…あの、私、そろそろ帰らなくてはなりませんので」
「あれ?さっき来たばかりじゃない?」
「…どうして、そんなことわかるのでしょうか?」
「君が乗ってきた馬車、面白いね。あれ、旧式なの?すごい音してた」
旧式、とかそういうものじゃない。ただ、古いだけである。お金をどうにか捻出するために、今まで使っていた馬車を売り、一番安い馬車を買った結果だ。乗る方としては、いつ壊れないかとひやひやものなのに、面白いなんて言われるのは心外である。世間を知らない温室育ちの王子には、面白く映ってしまうものなのか。
「……面倒くさい」
「え?何か言った?」
隣にメイドか従者が居れば、「お嬢様、ダメですよ!」と止めてくれただろう。けれど、ここにいるのはアリアだけだった。
アリアはずっと我慢していた。連帯保証人に判を押した父親にも、それを咎めない母親にも。貧乏になったら急に態度の変わった周りにも。だからしかたない。それが、あってはならないところで爆発するのも、しかたがないのだ。
「面倒くさいですよ、王子様」
「え?」
「貧乏がそんなに、珍しいですか?けれど、私より貧乏なんて、もっといっぱいいます。国のことを知りたいのなら、そういう場所にも足をむけて見たらいかがでしょうか?こんな無駄なパーティーを開くくらいなら、もっと有効なお金と時間の使い方をしてくださいよ」
それは静かな声だった。けれど、良く通る声は、部屋の隅々まで広がった。目の前の王子から笑顔が消える。これは不敬罪になっても仕方がないのかもしれない。
「…一つだけ訂正させてもらえないかい?」
「え?」
「貴族が結婚すれば、見栄もあるからね、新しい家を建てるだろう?そこには新しい家具や生活雑貨を入れる。そうすれば、経済が回るんだ。それに、子供は国の宝だよ。だから、こうして出会いの機会を作ることには、意味がある。お金と時間をかけても無駄ではないと僕は思う」
「…」
「けれど、お金と時間をかけすぎるのも問題だ。君の言うとおり、貧困に苦しむ人たちもこの国に多くいることは事実。だから、やはり君の意見は参考になるよ」
「いえ、あの、…勝手なことを言ってすみませんでした」
アリアは頭を下げる。そんなアリアの肩にシオンはそっと触れた。そして首を横に振る。
「きっと、宮中で議論をしていても決して出てこなかった意見だ。だから、頭をあげて」
「…はい」
「ねぇ、君、名前は?」
「え?」
「だから、名前。なんて言うの?」
「アリア・ファンダンと申します」
「アリア、いい名前だね」
「はぁ」
「ねぇ、アリア。アリアはいつも何をしてるの?」
なぜか、一歩近づいて親し気に話すシオンを思わず一歩引いて、アリアはシオン見る。周囲を見れば、シオンの行動にどうしていいのかわからないという顔をしていた。そんなの私が一番、わかんないよ!と怒りがこみ上げるが、先ほど爆発した手前、何とか冷静さを保つ。
「あ~、料理、ですかね?」
「え?自分で料理するのかい?」
「うちには、メイドが一人しかいないので。一緒に作っています」
「君って、面白いね。予想がつかないことばかりだよ」
「あ~、そうですか」
「ねぇ、今度僕のところに作りに来てくれない?」
「王宮に、ですか?」
「嫌かい?」
「まあ、嫌ではないですが」
アリアの言葉にシオンはわかりやすく嬉しそうに笑った。あれ、何これ、もしかして、好かれてる?と今の状況を客観的に判断する。そして思った。ちょっと違う意見言ったからって、王子、簡単すぎない?と。けれど、どれもこれも口に出してはいけない感情。悶々としたものを抱えながら、アリアはシオンを見た。確かに端正な顔立ちをしている。けれど、王子は荷が重すぎだ。しかも、会って間もない。どうにか逃れる術を探る。けれど、シオンは止まらない。
「それでは、決まりだ。そうだな、明日にしよう」
「あ、明日ですか?」
「嫌かい?」
「…嫌ではないですが。…王子って、強引なんですね」
「ダメかな?」
「…いや、その困りはします」
「でも、ダメではない?」
「そうですね。ダメではないです」
「そっか。よかった。僕、好きになったものには、貪欲なんだよ」
「…好き、ですか」
「そう。好き、だよ」
「…あの、友だちも連れて行ってもいいですか?」
「友だち?」
「そうです。ルイーダ様、一緒に行きましょうよ」
決して友だちではない。それでも、ルイーダの名前は、知っていた。絶世の美女として有名だから。それに、先ほどまでルイーダはシオンへのアプローチをしていた。それならお互いに好都合だろうと名前を出す。
呼ばれたルイーダは少しだけ考えるしぐさをし、首を横に振る。
「シオン王子の邪魔をするわけにはいきませんわ」
「そうか。ありがとう。ルイーダ嬢」
シオンがそう笑いかける。はにかむようなルイーダをアリアは睨みつけた。逃げたよね、この王子が変な人だって気づいて逃げたよね!詰め寄りたい気持ちを懸命に抑える。
「僕が君の家に迎えに行くよ。君の両親に挨拶もしないとね」
「挨拶?」
「挨拶は大切だろう?」
「王子、その…なんでも自分の思い通りになると思えば大間違いですよ?」
冷静に、そう言い聞かせて、そう伝えた。しかし、間違いだったと気づく。目の前のシオンの顔がさらに輝き出したから。アリアはもう躊躇わず、盛大に頭を抱えた。
「そんな風に叱ってくれたのは、君が初めてだ。僕には君しかいないよ」
「…あの、うちは、その、貧しい男爵家でして、その王子にそんな風に言っていただけるようなものではないんです」
「融資をするよ」
「え?」
「だって、君と僕の仲だろう?大丈夫。心配しないで。僕のポケットマネーで払うから」
「…」
「だから、僕のところに来るよね?」
満面の笑みが怖いと思ったのは初めてだった。右手を掴まれ、膝をついて、手の甲にキスをされる。
「君が好きだよ」
きらきらした笑みとともに愛の言葉をもらった。
次の日、アリアの家に来たシオンは、どれだけアリアを好きかを力説し、アリアを王宮に連れて行った。そしてアリアはそのまま家に帰されることはなかった。
シオンの言葉にアリアは定期的に爆発を起こし、それがなぜか喜ばれる。そんな謎の日常が、いつの間にか当たり前になっていた。そして、気づけば、王子の妻となり、数年後には、王妃となっていた。
「王子って、暴言に飢えてるわけ!?気持ち悪いんですけど!」
「暴言じゃなくて、君に飢えてるんだよ」
「そんな言葉いらない!」
「でも僕はそんな君が欲しいけどね」
読んでいただき、ありがとうございました。
どうでしたでしょうか?
こういう設定も何もない話は、本当に書いていて楽しいです。
今、別の話は設定が多くて、恋愛にたどり着かないので…。
いや、この話も恋愛と言われれば難しいけど。とりあえず、楽しかったです。