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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第4章 ヒルデブラント要塞攻防戦
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4-26 武人として

 突撃命令が下って直ぐ、ガンリュウ大尉が真っ先に飛び出した。

 先の2回の戦闘でも、彼が先陣を切り、敵中級指揮官の首を瞬時に刎ね、敵を動揺させた隙に、味方が攻勢に出た。今回もそれを実行しようと、敵中級指揮官目掛けて、"脚力強化"を加えた足を走らせたのだ。

 先の2回の戦いに於いて、敵がガンリュウ大尉を見失ったのも、これにより速力を上げたのが要因である。


 そして、敵中級指揮官を眼前に捉え、その首目掛けて刀を横に振ったガンリュウ大尉。


 しかし、刀は金属の衝突音と共に、首を目前に止められる。


 狙われた中級指揮官が剣を構え、その剣で大尉の刀を防いだのだ。



「余程の訓練を積まなきゃ出来ない"部分強化"を、こうも易々と使いこなすとはな……」



 敵中級指揮官は感心した様子でそう呟くと、剣を大きく振るい、大尉の刀と共に大尉自身を弾き、ガンリュウ大尉は弾かれた刀と共に後ろに少し跳ぶと、敵中級指揮への警戒を強めた。



「貴官、魔術兵か」



 問われた中級指揮官は、余裕の笑みを浮かべる。



「第350歩兵大隊、第2中隊隊長リュック・ド・アジャン、察しの通り魔術兵だ。そういう貴様は噂の"鬼人の剣士"だな。他の部隊で士官数人と、多数の兵士を瞬く間に葬った強者だと聞いている」


「ゲルマン語が達者だな……貴官等が俺の事をどう言っているかは知らないが……確かに、貴官の多くの同胞を葬ったのは間違いない」



 ガンリュウ大尉は淡白に言葉を返すと、刀を握り締め、剣先をアジャン中尉に向けた。



「もっとも……だからと言って何かが変わる訳でもなく、貴官を斬るという事実も変わらん」



 アジャン中尉は嘲笑の笑みを浮かべながら剣を構えた。

 


「面白い……その(おご)りが適用出来ない奴が居るって事を教えてやるよ!」



 それに、ガンリュウ大尉も刀を八相の構えを取ると、互いが攻撃態勢を取って直ぐ、両名の命を賭けた殺し合いが始まった。




 ガンリュウ大尉とアジャン中尉が一騎打ちをしていた頃、第11独立遊撃大隊の兵士達も共和国軍との戦闘を開始していた。


 ガンリュウ大尉の速攻での奇襲失敗と、度重なる奇襲により敵が奇襲を予測していたのもあり、先の2回の戦いより明らかに組織的な抵抗を共和国軍が行った為、帝国軍は苦戦に立たされる。


  それでも、どの方向からの奇襲までは予測できず、拠点全域に兵を分散させていた為、数的には帝国軍が優勢であった。



「戦況が良くありません。敵兵の数が少ないにも関わらず、此方(こちら)が苦戦しています。暫くすれば、敵は次々と集結してしまいます。そうなると……」


此方(こちら)の犠牲が無視出来ない物になるね……」



 エルヴィンとアンナは戦況が(かんば)しく無い事を危惧していた。時間が経てば分散していた敵が集結し、押し返される恐れがあったからだ。

 更に、それに乗じて、敵が激しい猛追を加えるのは明白だろう。



「これは、早々に撤退した方が良いね……」



 そう言ったエルヴィンの表情には、いつも通りの笑みは無かった。明らかに、何かを警戒する様に、眉をしかめていたのだ。




 共に激しい攻防が続く共和国軍と帝国軍。


 ジーゲン中尉は通常歩兵を率い、先頭集団が孤立しないよう、後方部隊との中間地点を守り、フュルト中尉は魔導兵達を率い、後方から、敵密集地点への[ファイヤーボム]を中心とする魔法攻撃を続ける。


 そして、魔術歩兵を率い、先頭集団として、敵との最前線で戦いを繰り広げながら、敵中隊指揮官アジャン中尉と一騎打ちをしていたガンリュウ大尉だったが、間も無く決着が着こうとしていた。


 アジャン中尉、ガンリュウ大尉、共に疲労と荒れた息が目立ったが、その度合いには雲泥の差があった。


 アジャン中尉は士官学校出の士官で、魔術と剣術を学び、優秀な成績を収めて卒業した。そして、それは戦場に於いても発揮され、数々の武勲を挙げ、共和国内でも名の知れた兵士となっている。


 しかし、


 ガンリュウ大尉の家は軍人家系であり、先祖代々、男の多くは軍に属している。その為、幼い頃から軍人になる為の英才教育を受けており、中でも剣術には重きを置かれていた。剣術などの武道は、魔術と深い関わりがある為、剣術を学ぶという事は即ち、魔術を学ぶと同義であるとされる。


 幼少期から軍人の訓練を受けていたガンリュウ大尉の魔術や剣術は、たかだか士官学校3、4年学んだ程度の兵士より、明らかに洗練されており、武道の中で言えば達人の域に達していたのだ。


 達人と1武人、両者の戦いの結果は、始まる前に既に決していたのである。


 アジャン中尉は息切れを起こし、体力も既に無く、汗が止まらず、足はフラフラと覚束(おぼつか)ない。


 それに対し、ガンリュウ大尉は多少息を荒くしながらも簡単に整えられ、汗も一滴、頬を伝う程度であった。


 アジャン中尉は苦し紛れの剣戟を大尉に何度も加えるが、ガンリュウ大尉は何食わぬ顔でかわし、最後にに中尉へ強烈な剣戟を加える。


 しかし、アジャン中尉はその一撃を辛うじて剣で防ぎ、その勢いで後ろに下がった。



 まさか……《武神》以外に、これ程の強者が居たとはなぁ……。


 アジャン中尉は心の中で、少し苦々しく、ガンリュウ大尉を賞賛した。


 最早、決着は見えている。

 両者共にそれを感じていた。


 アジャン中尉はこの時、人生で初めて、己が弱さと自惚れを悔やんだ。そして、ふと、強者たるガンリュウ大尉に目をやった彼は驚かされる事になる。


 その先では、ガンリュウ大尉は八相の構えを維持したまま、全く油断せず、誠意を持って中尉と対峙し続けていたのだ。


 自分より遥かに弱い相手に対しても、敬意を払い続ける《鬼人の剣士》は、歴史上の勇士達の姿そのものであったのだ。


 その光景を見て、アジャン中尉は自分が精神的にも完全なる敗北を喫した事を悟った。


 しかし、中尉の表情には笑みが浮かぶ。


 これ程の武人と戦えた事を、彼は心の底から誇りに思っていたのだ。


 アジャン中尉は戦いの余韻(よいん)に浸りながらも、決着を着けるべく、剣を構え、全身全霊、残された全ての力を込めて、ガンリュウ大尉に突撃した。

 実力は大尉の方が格段に上であり、明らかに敗北を喫するのは中尉の方であったろう。


 しかし、可能性がどれ程小さくとも、どれ程低くかろうと、思わずにはいられなかったのだ。"この強者に勝ちたい"と。


 中尉は今にも倒れそうな疲労の中、自分に迫る死の恐怖の中、唯1つの光明のみ見つめて駆け続けた。


 ガンリュウ大尉も、アジャン中尉の決死の覚悟に気付き、全力を持って迎え撃つべく、刀を鞘に納め、居合の構えをとった。


 アジャン中尉とガンリュウ大尉。2人の距離は着々と近付き、そして、すれ違いざまに2人は、互いの胴目掛けて剣を振る。


 すれ違った後、互いに背中を見せたまま立ち尽くし、剣を振った余韻(よいん)に浸る2人。


 そして、



「やはり……実力の差は埋めようが無い、か……」



 アジャン中尉が血反吐を吐いた。その左腹部には巨大な切り傷が出来き、ガンリュウ大尉に斬られた事が分かる。


 それでも、アジャン中尉は何とかもう一度立ち向かおうとしたが、全身から抜け行く力には抗えず、最後には立つ事すら叶わず、地面に倒れる。

 薄れゆく意識の中、中尉は最後に、ガンリュウ大尉に賞賛の言葉を(こぼ)すと、静かに息を引き取った。


 そんな苦戦もしなかった相手だったが、ガンリュウ大尉は刀に付いた血を払い、刀を鞘に納めると、同じく、賛辞の言葉をアジャン中尉に送るのだった。

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