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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第4章 ヒルデブラント要塞攻防戦
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4-24 大尉の評価

 エルヴィンを貴族という理由で嫌っていたガンリュウ大尉だったが、彼の人となりに触れた事で、いつしか彼への信頼が少しばかり生まれていた。

 指揮官としては有能な部類に入り、貴族とは思えない人格者。面倒臭がりで仕事を部下に押し付ける駄目人間ではあるが、良い上官だと言える事に気付いたのだ。


 性格的な嫌悪感は拭えないが、まぁ……命令に従うには十分な要素か……。


 やはり、エルヴィンの駄目さ加減がどうも気に障り、完全なる信頼を置く事は出来いが、職務上は信頼出来そうだと、ガンリュウ大尉は考えた。


 そして、そんな事を考えている内に、彼は、ふと、ある事に気付く。



「そういえば、お前……仕事はどうした?」



 そう聞かれた瞬間、エルヴィンの笑顔が少し引きつった。



「作戦の結果報告書や物資の使用明細書、片付けなければならない書類は山程ある筈だが……朝、俺と会話する暇などあるのか?」



 更にそう問われ、冷や汗をダラダラと流しながら、ゆっくり目線を逸らすエルヴィン。


 すると、丁度、少女の声でエルヴィンを探す声が聞こえて来る。



「少佐!」



 その声が聞こえた方を振り向いたガンリュウ大尉は、声の主を見て、全てを悟った。


 エルヴィンを探しているのはアンナであり、彼はまたも仕事を放ったらかし、陣地内をブラブラしていたのだ。


 それに気付いたガンリュウ大尉は、溜め息を(こぼ)した後、呆れた様子で目を細め、エルヴィンの方を振り向く。



「おい、お前、また仕事サボったのか……」



 しかし、振り向いた先にエルヴィンの姿は無く、その更に先で、行軍でいつもバテる人物とは思えない脱兎の如き速さで逃げる、彼の背中があった。


 それと丁度入れ違いで、ガンリュウ大尉の下にやって来たアンナ。遠く離れたエルヴィンの背中を眺めながら、彼女は少し苦々しい表情を浮かべる。



「まったく、あの人は……逃げ足だけは速いんだから……」



 走ってきたのか、少し疲れ気味のアンナは、立ち止まって息を整え、ガンリュウ大尉は、そんな、いつも駄目上官に振り回される彼女に、同情を禁じ得なかった。



「御苦労様です、フェルデン少尉……怠惰な主人を持つと大変ですね」


「それは御互い様です大尉、実務方面は全て大尉が担っていますから……」


「御互い、あの"アホ"には苦労しているという事ですか……」


「そうですね……あの"アホ"には苦労してますね」



 散々エルヴィンを"アホ"呼ばわりした2人。アンナはふと、笑いを(こぼ)し、ガンリュウ大尉はそんな彼女に眉をひそめる。



「従者が主人をアホと呼んで大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ、そんな事で怒ったりする人じゃありませんから。まぁ……少し凹みはするでしょうけど」



 悪戯な笑みを浮かべつつ、アンナはエルヴィンの事を嬉しそうに話した。その様子から、彼女の彼への親愛を、ガンリュウ大尉は感じ取る事が出来た。



「少尉は、本当に彼奴(あいつ)の事が好きなんですね」


「好き⁈ 私があの人を好きだと、気付いたんですか⁈」



 アンナは自分の恋心がガンリュウ大尉にバレたと思い、顔を赤くしながら戸惑うが、ガンリュウ大尉としては彼女の恋心に気付いた訳では無いので、彼女の様子が変わった理由が分からず無愛想ながら眉をひそめる。



「えぇ……少尉が彼奴(あいつ)に、"深い友情"を感じている事ぐらい、誰でも気付きますよ」


「え? 好きって、そっちの好きですか……」



 ガンリュウ大尉が自分の恋愛感情に気付いた訳では無い事が分かり、アンナは胸に手を当て、肩を撫で下ろした。


 しかし、


 フェルデン少尉、彼奴(あいつ)に恋心を抱いていたのか……意外だな。


 ガンリュウ大尉はアンナの慌てようで、彼女の恋心を見破っていた。


 大尉はバレている事を言おうかとも思ったが、彼女自身が隠したそうだったので黙っておく事にした。



「そういえば少尉、彼奴(あいつ)を追わなくて良いのですか?」


「そうでした! 早く追わないと!」



 アンナはふとエルヴィンの事を思い出し、気持ちを切り替え、それにガンリュウ大尉は彼への呆れが増長する。



「まったく……彼奴(あいつ)が仕事をちゃんとすれば、もう少し尊敬出来るんだがな……」



 そう(こぼ)したガンリュウ大尉。それに、アンナは少し違和感を感じた。



「大尉……少し変わりましたね」



 そう言われたガンリュウ大尉は、実感が無く怪訝に眉をひそめる。



「そうですか?」


「前は近寄り難い雰囲気でしたけど、今は少し話し易いです。エルヴィン……大隊長に対しても、会った時より柔らかく接している様な気がします」



 ガンリュウ大尉はやはり、余り実感が湧かなかったが、振り返ってみると、アンナの言った通りだった様に思えて来た。



「そう、かも、しれない……ですね。この部隊の雰囲気が、他の部隊と違って明るいからでしょうか?」


「明るい、ですか?」


「戦いが迫っている部隊とは思えない程、兵士達に気持ちの余裕があり、心の底からの笑いが絶えない。他の部隊じゃ良くて、嫌な事を紛らわす様な、ぎこちない笑いしか無いですから……」


「それは……大隊長のお陰、ですね」


彼奴(あいつ)の?」



 ガンリュウ大尉が珍しく驚いた顔を見せる。



「あの人、良くも悪くも指揮官らしく見えないですし、平然と兵士達とトランプや談笑したりするんですよ。その所為で、大隊長と兵士達との距離が縮まって、上官としての威厳が薄れてしまってるんですが……その分、上官としての堅苦しさも薄れ、上官への恐怖が無くなるんでしょうね。他の部隊より、兵士達が気楽に過ごせる様になってるんです」


「なるほど……気楽になった分、笑う余裕が出来た、という事ですか」


「まぁ、その分……兵士達には頼り無いと思われ、書類仕事の時間を兵士達とのコミュニケーションに当ててる分、私にしわ寄せが来たりしてるんですけどね……」



 アンナは少し疲れ気味の様子で、呆れ混じりの溜め息を()き、話しを聞いたガンリュウ大尉は、彼女の言葉も交えて、エルヴィンについて考え始める。


 貴族なのに貴族らしく無い。指揮官なのに指揮官らしく無い。頼り無い上に仕事をサボる怠惰な人間。しかし、根は優しく、兵士達を部下以上に仲間の様に扱う。欠点だらけなのに何処(どこ)か憎めない、不思議な魅力を感じさせる奴。


 そんな風にガンリュウ大尉がエルヴィンの事を(まと)めていると、遠くでエルヴィンが脇腹を抑えながら歩いている姿が見えた。走って早々にバテたらしい。


 ガンリュウ大尉が「本当にだらし無いな」と呆れながらエルヴィンを見ていると、2人の兵士がエルヴィンに近付いてきた。


 2人の兵士は、帰路の途中でエルヴィンへの不満を(こぼ)していた兵士達だった。


 そして、暫く会話をするエルヴィンと2人の兵士達だったが、兵士達の表情には自然と笑顔が浮かび始める。エルヴィンへの文句を吐いていた兵士達がである。


 彼等も何だかんだ言いつつ、エルヴィンを心から嫌ってはいなかったのだ。


 その光景を見た瞬間、ガンリュウ大尉のエルヴィンへの印象が決まった。



彼奴(あいつ)は……()()なんだな」



 自分でも、とんでもない結論に至ってしまった事に大尉は苦笑した。


 取り敢えず、自分の考えが整理出来たガンリュウ大尉は、アンナを(とど)まらせていた事を申し訳無く思い、軽く頭を下げる。



「フェルデン少尉、申し訳ありません。自分の話に付き合わせてしまって……」


「別に良いですよ。あの人、バテて足が遅くなってますから……」



 アンナが遠くのエルヴィンを睨みながらそう述べると、エルヴィンは何か感じたらしく、横腹が痛いのを我慢し、走り出した。



「毎度、逃げ出した彼奴(あいつ)を追うの大変ですね……」


「本当ですよ……あの人、体力無い割に、逃げ足だけは速いですから……」



 アンナはまた呆れた様子で溜め息を()いた。



「まったく……伝えなければならない報告があるのに……」


「報告?」



 ガンリュウ大尉はその報告が気になり、その様子をアンナは察した。



「副隊長の大尉にも、聞く権利はありますね……先日の作戦の結果についてですが……」



 アンナは昨日の戦いに関する報告を始めた。


 今回、行方不明の1個大隊を除き、9箇所の敵拠点を攻撃したのだが、2箇所の破壊に成功、7箇所の攻撃に失敗という結果となった。


 報告を聞いたガンリュウ大尉に驚いた様子は無かった。先の戦いでの敵の迎撃準備の速さから、作戦の失敗が予想できたからである。


 しかし、次の報告を聞いたガンリュウ大尉は、深刻な表情を浮かべる事となった。


 行方不明の大隊を捜索に向かった2個中隊、行方不明。



「2個中隊まで行方不明になったのか……その敵拠点、かなりの手練れが指揮しているのかもしれません」


「今回の結果から、彼らの捜索は打ち切られるそうです」


「賢明な判断ですね。そのまま部隊を投入すれば犠牲が増えるだけです。これで、新たに部隊が消える危機は去ったでしょう」



 2人は行方不明となった部隊の事を気に掛けはしたが、この事案を重要視はしなかった。

 実際、別の部隊の話であり、自分達とは直接関係の無いものだったからである。それ以上に、命令された最後の攻撃について考えなければならない。

 新兵ばかりで構成された部隊、奇跡的に犠牲が少なく済んでいる現状を、最後まで継続したかったのだ。

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