4-17 頼り無さ過ぎる大隊長
ラウ平原で2回目の衝突が起きていた頃、エルヴィン達、第11独立遊撃大隊は、遠くから聞こえる主戦場の戦闘音をBGMに、軍用リュックを背負いながら、森の中を進んでいた。
「ゼ〜ハ〜、ゼ〜ハ〜……」
長い行軍の最中、兵士達が僅かながら息を粗くする中、1番リュックが小さい筈のエルヴィンは、一際大きく息を粗くし、大量の汗をかき、一段と辛そうに歩いていた。
「大丈夫ですか?」
隣に居たアンナが呆れ混じりで心配した。
「大丈夫じゃない……足が痛い、腰が痛い、左脇腹が痛い……辛い……とても辛い…………」
エルヴィンは誰かに文句を言うように文句を吐いた。
「軟弱だな。それでも隊長か? 本当に、よく軍人になれたものだ」
皮肉を込めてそう告げながら、ガンリュウ大尉が前方から訪れ、エルヴィンは嫌味を言われた事に対し、ふて腐る。
「何で君が此処に居るんだい? 先頭で部隊の行軍を指揮していた筈だけど……」
「指揮はジーゲン中尉に任せて、お前の様子を見にきたんだが……今にも倒れそうだな……大丈夫なのか?」
ガンリュウ大尉は無愛想ながら、何処か少しエルヴィンを馬鹿にするような口調でそう告げた。
しかし、それに反発する気力はエルヴィンに残されていなかったらしい。
「無理……もう無理……歩けない…………」
体力の限界に達したエルヴィンは、近くにあった岩に座り込み、アンナとガンリュウ大尉はそれをまた呆れた様子で見守った。
「情けないな……本当に、作戦をお前に任せて大丈夫なのか? 心配だ」
エルヴィンは息を整えた後、水筒を取り出し、水を一口飲んだ。
「作戦立案に体力は関係ないよ」
「確かにそうだ。だが……自分達より真っ先に体力が根を上げる上官は、どうしても頼り無く見える」
「まるで私が体力無いように言ってるけど……まぁ、無いんだけど……新兵よりはある筈だよ? 筈なんだけど……」
エルヴィンは周りの兵士達を見渡した。兵士達全員、多少の疲労は見えるものの、まだ数キロぐらいは歩けるといった感じであった。
「新兵にしては体力有り過ぎない? 此処までかなりの距離があったと思うんだけど……」
「訓練したからな。これぐらいの行軍で音を上げられたら敵わん」
「それに、兵士達の表情が、出会った時より遥かに凛々しいんだけど……」
「訓練したんだ。当たり前だろう」
当たり前の事を言っているといった平然とした様子でガンリュウ大尉は答えたが、元々、平凡な一般市民だった新兵全員が、長い行軍で誰1人根を上げないなど普通では無かった。
本当に、どんな訓練してたんだ……。
エルヴィンは、大尉への畏怖の念を込めて再びそう思うのだった。
目的地に着いた第11独立遊撃大隊は、早速、仮設陣地の設営をした。攻撃目標から味方陣地まで遠い為、前線での拠点を必要とした為である。
設営を終えた部隊は、すぐに士官達による会議を行い、議題はまず何処を攻撃するか、となった。
最初はジーゲン、フュルト両中尉を中心に議論が行われたが、白熱するような議題でも無かった為、逆に決定的な案が出ず、会議に参加した者達全員の考えが「部隊の長たる大隊長に決めて貰う」という結論に至る。
「最初の攻撃目標を決めて貰えませんか? "大隊長殿"」
ガンリュウ大尉が嫌味を込めて尋ねた。
その時、エルヴィンは部隊長達が話し合う横で、行軍の疲労が祟ったらしく、ぐったりと横になっていたのだ。
「今、この状況で普通、尋ねるかな? 会議はもう少し待ってって、言わなかったっけ?」
「1人の事情で作戦を遅らせる訳にはいかんだろう」
「……」
エルヴィンは反論できなかった。正論を言われたというのもあるが、疲れ過ぎて反論が浮かばなかったというのが大きい。
エルヴィンは疲労と倦怠感に襲われつつも、仕方なく頑張って起き上がり、会議に参加した。
「そうだな〜」
そう呟いたエルヴィンは、テーブルの上に広げられた地図を見渡した。そして、人差し指で自分達の陣地のある場所を指差す。
「今、我々が居るのは此処か……」
そう言うと、人差し指を赤い点に移動させた。
「此処だ……此処にまず偵察を送ってくれ」
エルヴィンが指差したのは、現在地から最も遠い目標だった。
「何故そこなんだ?」
「ん? ここが1番面倒臭さそうだから」
「「「……はあ⁉︎」」」
エルヴィン以外のその場にいた全員、目を丸くし、声を漏らした。
「面倒臭そう? ……そんな理由でか?」
ガンリュウ大尉が少し眉をしかめながら尋ねると、エルヴィンは特に気にせず飄々と答える。
「此処から1番遠くて面倒臭そう……ほら、最初は面倒臭い方から済ませたいだろう? あと今後、作戦開始は夕方からね? 朝、眠いから……」
アンナ、ガンリュウ大尉を中心に、エルヴィンのだらし無さに、全員、呆れて声も出なかった。
しかし、反対意見は出ずに終わる。
どの道、いずれは攻略せねばならない目標であり、時間帯も変えた所でさして問題もなく、別に反対する理由もなかったからである。




