4-9 大隊長の扱い方
アンナと共に書類仕事を続けていたエルヴィン。その表情は、少しやつれ始めていた。
「アンナさん……私は、そろそろ終わりたいんだけど……」
「駄目です! せっかく積極的にしてくれているんですから、最後まで積極的に仕事して貰わないと!」
アンナの言葉に強制力じみたものを感じたエルヴィンは、渋々仕事を続ける。
アンナへの罪悪感から、昨日から書類仕事をしていたエルヴィンだったが、夜の睡眠時間と食事の時間を除いて、ぶっ通しで仕事をさせられていたのだ。
仕事のサボり癖のある人間が、それだけの仕事量をこなして無事である筈はなく、エルヴィンの精神は限界に達していた。
「そもそも、何だい? この量は! 1大隊の隊長がこなす書類の量じゃないよね? 人を過労死させる気まんまんの量だよ!」
「この部隊は新設されて間もない部隊ですし、独立遊撃大隊という特殊な部隊ですから……その分、書類の量も普通の部隊より多いんですよ。しかも……」
アンナは目を細めながらエルヴィンを見詰める。
「それを貴方がずっと放り出していたんですから、これだけの量になってしまったんですよ」
「私の所為とでも言いたげたね」
「違うんですか?」
「いや、まったくもってその通りです……」
エルヴィンは言い返す事が出来ず、苦笑いするしかなかった。
「にしても、アンナがある程度片付けてくれても、これだけの量が残っているとは……」
エルヴィンはまだ山脈の如く積まれた書類の山を眺め嘆息する。
「書類のほとんどは、エルヴィンが目を通さなければならない物です。私では片付けられませんから」
「……あ〜っ!」
エルヴィンは机に顔を突っ伏した。
「これなら、軍人になりゃなきゃ良かったなぁ〜。領主としての仕事プラス、軍人としての仕事をしなければならない。しかも、予想以上に早く出世してしまっている所為で、その量が半端なく増えてる。もう退役しようかなぁ〜、もう少し人脈作ってから辞めようと思っていたけど……このままじゃ死ぬ。過労で間違いなく死ぬ!」
弱音を堂々と漏らすエルヴィンを、アンナは呆れた様子で眺める。
「そんな過労死しそうな量を他人に押し付けて、悠々とサボっている人が何言ってるんですか?」
エルヴィンは顔を上げ、反論する。
「サボっているんじゃなくて、部下達とコミュニケーションを取っているんだ! それも大事な事だろう?」
「だからといって、書類仕事を押し付けて良い理由にはなりません」
またも正論を言われ、エルヴィンはぐうの音も出ず、渋々引き下がった。
「他者の不幸は蜜の味というが……確かに、嫌いな奴が不幸な目に合っているのは、なかなか見ものだな」
突然、聞き覚えのある男性の声がテント入り口から聞こえ、2人の視線は其方に向いた。
そこには、右手に紙の束を持った、ガンリュウ大尉が、いつもの如く無愛想なからも、何処か機嫌良さげに立っていた。
「君ねぇ……それを堂々と本人の前で言うかい?」
「嫌いな奴に嫌われようと、別に痛くも痒くも無い」
「そんなに私に注意されたのが気に触ったのかい?」
「それ以前に、性格的にお前は嫌いだ」
会った時より、私の評価が酷くなってる……。これは……親睦を深めるのに時間が掛かりそうだなぁ……。
エルヴィンは、ガンリュウ大尉との溝が更に深くなっている事に気付き、落胆するが、それを余所に、アンナはガンリュウ大尉へと話し掛ける。
「そういえばガンリュウ大尉、此処に何の用でしょうか?」
アンナの言葉でふと、ガンリュウ大尉は自分の用事を思い出した。
「申し訳ない……用事を忘れる所でした。これ、訓練の報告書です」
ガンリュウ大尉はそう告げると、左手に持っていた資料の束をアンナに手渡し、明らかに丁寧な様子の大尉見たエルヴィンは、少し眉をひそめた。
そんなエルヴィンの様子に気付く事なく、アンナは資料の束に目を通す。
「訓練の過酷さはある程度、改善されたようですね。この報告書によると、重傷者が比較的少なくなっています」
「えぇ、流石にあれだけの重傷者を出せば、訓練の見直しはせざるを得ません。……しかし、まさかあの程度で、あれだけの重傷者が出ていたとは……新兵とはいえ、情けない限りです」
「大尉がどれだけ過酷な訓練をなさっているのか、見た事がないので強くは言えませんが……新兵のほとんどは、一般人から軍に入隊した若者達です。軍人基準を超える訓練は、新兵にとっては軍人以上に過酷に感じるものです。そこは考慮すべきだと思いますよ?」
「なるほど……それは失念していました。以後、気を付けます」
ガンリュウ大尉が反省の色を少し見せた頃、アンナは資料を一通り軽く目を通し終え、その資料の束をエルヴィンに手渡した。
「資料にこれといった不備は見当たりませんでした。ガンリュウ大尉、御苦労様です」
「これも仕事の内です。お気になさらず」
ガンリュウ大尉とアンナが互いに敬意を払いながらの会話を行う中、エルヴィンが納得いかないといった様子で口を開く。
「ガンリュウ大尉、さっきから気になっていたんだけど……なんで階級が下のアンナには敬語で、階級が上の私に対してはタメ口なんだい?」
ガンリュウ大尉は「今更?」と心の中で呆れつつ、少し面倒臭そうな口調で答える。
「俺は尊敬すべき人とは基本、敬語で喋るが、貴族であり、仕事を毎回、人に押し付けるような奴なんぞには、敬語は使わん。使う価値が無い」
なんとも辛辣な言葉にエルヴィンは少し凹みつつ、反論する。
「君、それ、差別って言うんだよ?」
「いや、妥当でしょう」
アンナが会話に割って入り、ガンリュウ大尉の味方をした事で、エルヴィンは最早勝ち目が無く、肩を落とすしかない。
「もう少し優しさが欲しいよ、君達……」
自業自得とはいえ、自分に対し辛辣さしか見せない2人に、エルヴィンは更に凹み、落ち込むのだった。




