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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第3章 第11独立遊撃大隊
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3-18 小隊長の自己陶酔


「はい、そこまで!」



 エルヴィンの手の音と言葉を聞いて大隊長の存在を知った兵士達は、緊張で固まり、ぎこちなく敬礼し、口論していた2人も彼の存在に気付き、口論を止め、敬礼した。



「これは大隊長! 隊長自ら、衛生兵小隊に何の御用でしょうか?」



 衛生兵小隊長トマス・ウルム准尉。整った髪に、顎や口元の髭は綺麗に剃られ、軍服は着崩すことなくキッチリと着込まれていた。士官学校出のエリートである事を彷彿させる、見栄えを意識した格好である。


 しかし、エルヴィンは彼を見た途端、非好意的な印象を持ってしまう。


 ウルム准尉は、まるでゴマをするような笑みをエルヴィンに向けており、しかも、それはエルヴィン個人へというより、貴族という立場への行為だったのだ。


 エルヴィンは、それを少し不愉快に思いながらも、平静を保ちながら話しを始める。



「只、様子を見に来ただけなんだけど……ウルム准尉、これは一体どういう状況だい?」


「新兵の小娘が小官に下らない事を言って来たので、それを注意していただけですよ」


「私には、君が怒鳴り散らしていただけに見えたけど?」



 ウルム准尉の笑みが一瞬崩れた。



「下らない事を言ったからと言って、それがどう下らないのかも教えず、ただ怒鳴るのは、上官としては問題だよ」


()()な部下の下らない意見をいちいち正していたらキリがありません。そもそも、士官学校も出ていない()()な兵士が上官に意見する自体、身の程知らずも甚だしい」



 自分の部下を平然と、立て続けに無能と罵った青二才の准尉に、エルヴィンは憤りさえ覚え始める。

 


「つまり君は、部下達が無能だと言いたいのか?」


「そうでしょう? 彼らは士官学校も出ていない、何の知識も無い役立たずですよ?」



 ウルム准尉は自信に浸る様な嘲笑混じりの笑みを浮かべる。



「士官学校では、軍事に特化した教育が施されます。つまり、士官学校を出た者は、一兵卒から始める人間より有能なのです! 私はその有能な者達の1員として、小隊を任せされているのです! それと比べれば、此奴(こいつ)等は士官学校で軍事について学ばず、その知識も持たずに軍に入っている。どう考えても無能でしょう」



 ウルム准尉の言葉は最早演説だった。

 士官学校出のエリートを崇高化し、自分が崇高な方の人間である事に酔いしれている。そして、それ以外の者を見下し、罵る。

 自分は特別な人間だから何しても良いという事を、高々と述べたのだ。

 それはまるで、いじめをする子供の心理にも似た自己正当化だろう。


 最早、聞くに耐えない言葉の羅列に、エルヴィンは溜め息を()いた。そして、一言、(こぼ)す。



「呆れたな……」



 それは、エルヴィンの言葉にしては、相手に対して失礼極まる一言だったろう。


 そして、その一言がウルム准尉の怒りを刺激した。



「呆れた、だと……?」


「君の言葉は、自分が有能な人間だから、自分が認め無い人間をどう扱っても許されると言っている。そんな訳は無いだろう? 有能な人間なら、犯罪が許されるのかい? 強姦が、強盗が、殺人が許されるのかい? 君が言っているのはそういう事だよ」


「小官をまるで悪人の様に言うのは止めて頂きたい! 小官は、自分が有能だという事実について話しているだけなのです!」


「部下の意見に対し反対意見も出さず、意見の内容では無く、部下が無能という先入観で頭ごなしに否定し、あまつさえ怒鳴る事によって、部下が意見する事自体を封じようとした君が、有能だと私は思わない。私からすれば、君も実戦経験の浅い青二才の新兵に代わりはないよ」



 部下を蔑ろにする人間をエルヴィンは嫌う。ウルム准尉もそれに当て嵌まる為、彼の注意が、怒り混じりの少し鋭利な物になってしまったのは否めない。


 そして、その強い注意が、ウルム准尉の怒りの火薬に引火し、爆発させた。



「貴族だからって下手に出ていれば図に乗りやがって‼︎ 貴様のように頼りない人物を隊長だと認めていない! そんな奴に何と言われようと俺の知ったことではないわ‼︎」



 ウルム准尉はエルヴィンに怒鳴り尽くすと、苛立ちが治らないまま背を向け、テントを出て行った。


 その背中を見て、エルヴィンはやっと冷静になり、そして、反省する。


 そもそも、先入観を抱かずに部下の意見を聞く士官自体が少なく、どんなに実戦経験の深い軍人であっても、自身の知識と経験を絶対の自信としている為、部下の意見を正当に評価出来ない。


 それが実戦経験の浅い新兵となれば尚更である。


 戦場の現実を知らない新兵は、理想だけを考え、理想だけを信じている。自分は戦争で活躍できる人材だと。


 そんな兵士を実戦に出る前に、普通の士官ですら出来ない事を求めるのは、酷な事だったろう。


 エルヴィンは、頭に少し血が上ってしまった自分を少し恥じ、頭を掻く。



「あの〜……大隊長、これから如何(どう)すればよろしいでしょうか……?」



 その声でエルヴィンは、ふと、周りの様子に気が付く。


 衛生兵達は小隊長が出て行った事で指示を与えられる者が()らず、これからどうしたら良いのか分からず困っていたのだ。


 エルヴィンは反省を後回しにすると、兵士達に指示を出す。



「とりあえず訓練は一時休憩! 20分ほど休んだら、副隊長の指示に従ってくれ!」



 指示を聞いた兵士達は、不安が晴れたらしく、枷が外れた様に一斉に動き出すのだった。

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