1-5 2人の貴族
エルヴィンが部屋を出て行った後も、カッセル少佐は不機嫌そうに彼が去った後のドアを睨み付けていた。
「まったく、いけ好かん男だ……何が「軍隊は民を守る為にある」だ。偽善者め……まして、下賎な亜人の森人を従者にするとは、正気を疑う」
それを聞いたカッセルの隣に控えていた彼の従者は、すこし驚いた顔をする。
「従者が居るってことは、奴も貴族なのですか?」
「そうだ、奴は貴族だ。しかし、我々とは違い、平民に優しい統治なんていう下らん事をする、変わり者の辺境領主で、しかも、成り上がりの男爵殿だがな。あんなのが我々と同じ貴族とは……まったく、腹立たしい限りだ!」
エルヴィンへの不満と憤りを口にしながら、カッセル少佐は、胸ポケットから新たな葉巻を出し、火を付け、怒りを鎮めるように、また吸い始めるのだった。
家の外に出たエルヴィンだったが、性格が合わない上官、カッセル少佐から解放された事により、疲労がドッとやって来たのか、大きな吐息を零した。
すると丁度、外で待っていたアンナが彼に駆け寄って来る。
「エルヴィン、お疲れ様です」
「本当に疲れたよ……」
エルヴィンは苦笑いしながらそう返した。
そして、2人はエルヴィンの仕事場であるテントに向け歩き出し、その間エルヴィンは、カッセル少佐への不満を、ストレス発散の意味も込めアンナに零し始める。
「やれやれ……隊長は人の命をなんだと思っているんだ……200人の死が微々たるもので、彼らを避難させること自体を愚かな行為だとさ。自分が彼らと同じ立場だったら、同じことなど言えないくせに……」
「そう思うのでしたら、エルヴィンは何故、そのことを隊長に言わないんですか?」
アンナがそう問いかけると、エルヴィンは頭を掻きながら答える。
「ああいう人間は無駄にプライドが高い。そういった人間はプライドを傷つけられると、傷つけた人間へ何か仕返しをする。まして、隊長は名門のカッセル侯爵家の人間だ。何をしてくるか分からない。私だけに被害が及ぶならまだ良いけど、君や領民達にまで被害が及ぶのは嫌だからね」
それを聞いたアンナは、エルヴィンの優しさを感じ、嬉しく、笑みを浮かべた。
そんなアンナの様子にエルヴィンは気付かないまま話を続ける。
「まぁ、幸いなのは、隊長が部隊の指揮にしゃしゃり出て来ないことだね。無能な指導者に率いられて損をするのは、指導者の部下達だから……。過去、どれだけの兵士が、貴族の士官による無謀な指揮と作戦で命を落としてきたことか……。貴族の多くは、特権階級という麻薬に侵された中毒者だ。先祖から受け継いだ権力を自分が手にしたものだと勘違いし、自分がそれに見合った人物だと錯覚している。だから、自分が全て正しいと疑わず、自分の行為が間違いだと決して思わない。それが軍に持ち込まれた結果が、戦場における多くの兵士達の無駄死にさ……」
一通り話し終えたエルヴィンはふと、長々と話しすぎたことに気付き、申し訳なさそうに苦笑いし、頭を掻いた。
「アンナ、すまない……少し話し過ぎたね」
アンナに謝るエルヴィン。しかし、当のアンナは優しい笑みを浮かべていた。
エルヴィンが自分に愚痴を零してくれる事を、彼女は自分を信頼してくれているという証拠だと思い、嬉しく感じていたのだ。
照れ臭さもあった為か、その笑みは直ぐに消され、アンナは誤魔化すように口を開く。
「いつものことでしょう? 私がエルヴィンの愚痴に付き合うのは……申し訳ないと思うのでしたら、その気持ちを仕事のやる気に変えて下さい」
「それとこれとは話は別だよ!」
エルヴィンの即答に、アンナは大きく溜め息を吐くと、追い討ちをかけるようにダメ出しをする。
「この際だから言いますけど、せめて髪ぐらい整えたらどうですか? ボサボサのままだと、だらし無く見えます。このままだと兵士達に示しがつきません!」
アンナの意見は最もだったが、素直に従うエルヴィンではなく、彼は悠々と反論した。
「アンナ、我々は激しく動き回る戦場に居るんだ、髪を整えたところで直ぐに崩れてしまうよ。整えたところで無駄だろう?」
「エルヴィンは只、いちいち直すのが面倒臭いだけでしょ」
アンナの的を射た返しに、エルヴィンは苦笑いをして誤魔化すのだった。