3-14 中尉の不満
ジーゲン中尉と少し話し込んだ後、エルヴィンは第2中隊の下を離れ、第3中隊の下に向かった。
第3中隊は、魔導兵のフュルト中尉を隊長としているが、魔法を使える者自体が少ない為、一個小隊分しか居らず、魔導兵小隊、狙撃兵小隊、衛生兵小隊の3個の特殊な小隊で形成されている。
今回の訓練では3個小隊それぞれで訓練を行っており、フュルト中尉は自身の直属部隊である魔導兵小隊の訓練を管轄していた。
そして、エルヴィンが彼女の下を訪れた時、フュルト中尉は不服しかないと言わんばかりの表情で、訓練中の兵士達を眺めていた。
「フュルト中尉、どうしたんだい? そんな渋い顔をして……」
「少女が居ない……」
「えっ?」
ロクでもない理由が聞こえたような気がして、エルヴィンが唖然と立ち尽つくすと、フュルト中尉は彼の眼前に立ち、その両肩をガッチリと握り締め瞳を凝視した。
「魔導兵に美少女が居ないんです!」
「えっと……」
フュルト中尉はその両肩を握ったまま、エルヴィンを前後ろに激しく揺らし始めた。
「魔導兵に1人も美少女が居ない! 女子すら居ないってどういう事ですか‼︎ 私は可愛い少女達に囲まれて、キャッキャ、ウフフしたかったんですよ⁈ 新兵だけだから、少女達が多いと思って、この部隊に入ったんですよ⁈ しかも、アンナちゃんが魔導兵じゃないってどういう事ですか‼︎ 森人なんだから魔法は使えるでしょ⁈ お陰で訓練中むさ苦しい男供だけと接っさなきゃならないじゃないですか‼︎ この詐欺師め‼︎」
「とりあえず揺さぶるの止めて。吐く‼︎」
フュルト中尉が揺さぶるのを止め、肩から手を離すと、エルヴィンは軽く顔を青ざめながら、吐き気を抑えるように口に手を当てた。
暫くして体調が回復したエルヴィンは、宥める様に口を開く。
「人を詐欺師呼ばわりするとは酷いな……」
「詐欺師じゃないですか! 新兵の若い少女達に囲まれ、さらにその中に森人の美少女まで居る。そんなハーレム環境で仕事できるって聞いて部隊に入ったのに……直属部隊が男ばかりって、明らかに詐欺でしょう!」
「そんな事を言った覚えは無いよ。それに、男に囲まれるのは訓練の時ぐらいで、その他の時は少女の兵士が居るだろう? 君の第3中隊の衛生兵小隊と狙撃兵小隊には少女の兵士が居るんだから……」
「それでも、訓練の時は少女を眺められないじゃないですか! フラストレーション溜まるじゃないですか‼︎ 常時、少女と接したいんですよ私は‼︎」
面倒臭いなぁ……。
エルヴィンは心の中で溜め息を零しつつ、苦笑いで誤魔化す。
「だから、溜まったフラストレーションを発散させる必要があるんですよ。と、いうわけで……アンナちゃんを貸して下さい!」
「なんでそうなるんだい?」
フュルト中尉のとんでもないお願いにエルヴィンは驚く。
「私は今、美少女成分が足りていないんです。たがら、その足りない美少女成分をアンナちゃんから取り入なきゃ駄目なんです!」
下心丸出しのお願い。流石に、エルヴィンの返事は考えるまでもなかった。
「流石にそれは駄目だね」
エルヴィンがそう言った途端、フュルト中尉は不貞腐れた顔になった。しかし、直ぐに何かを思い付いたらしく、ニヤニヤし始める。
「隊長、良いんですか?」
「何が?」
「この訓練中、自分の仕事を部下に丸ごと押し付けている事を、アンナちゃんに喋ってしまうかもしれませんよ?」
「な、何故それを……」
エルヴィンは動揺した。
この訓練中、当然エルヴィンには事務仕事があった。しかし、サボり癖のある彼が黙ってやる訳はなく、その仕事を、アンナが手が離せない状況を良いことに、部下に丸投げしていたのだ。
「どうしますか?」
嫌な笑みを浮かべて此方見てくるフュルト中尉の瞳に、エルヴィンは冷や汗をダラダラと流す。
そして、観念した様子で溜め息を吐いた。
「頼んではみるけど……あまり期待はしないでね」
フュルト中尉はこれ見よがしにガッツポーズを見せ付け、それにエルヴィンは心労で嘆息を零す。
フュルト中尉、明らかに謀略の才があるよなぁ……。
彼女を勧誘した時もそうだったが、フュルト中尉は他人を脅す材料、情報を手に入れるのが異様に上手い。せめて悪用され過ぎない事を、エルヴィンは切に願うのだった。




