3-8 最後の1人
エルヴィンとアンナは最後の１人を勧誘するべく、ブリュメール方面軍総司令部のある街シュロストーアへと戻った。その人物が所属する部隊がこの街にある為である。
「ヒトシ・ガンリュウ大尉、２３歳。種族は鬼人族。所属は第２３独立旅団、第２０１魔術騎兵大隊。この時代に騎兵は珍しいですね。しかも、名前や種族からして東方の国出身でしょう」
「魔術騎兵大隊ということは、彼は＂魔術兵＂だね……」
魔術兵、身体強化を発動しながらの接近戦を主とする兵科である。
身体強化は、筋力や脚力などを飛躍的に上げる効果のみならず、防御力なども強化できる為、発動中は銃弾を数発受けても擦り傷程度の怪我にしかならない。その為、銃弾飛び交う中でも敵に近付き易く、剣や槍などの近接武器を所持している。小銃や拳銃も持てない訳ではないが、使用機会が少なく、人や部隊によってそれ等を持たない魔術兵も多い。
また、魔法と違い、訓練を積めば誰でも魔術、身体強化が使えるようになる為、絶対数は魔導兵よりも遥かに多いとされる。
「魔術兵か……」
魔術兵、その言葉でエルヴィンの不安が増し、思わず溜め息を零した。
「そこまで心配する必要は無いと思いますけど……」
「まぁね。けど……魔術兵は最前線で敵と正面から戦う事が多く、命の危機を一番感じる兵科だ。だから結構、性格が荒い人間が多いんだ……」
「貴族であるエルヴィンと、大尉との相性を考えると……勧誘は、かなり難航しそうですね」
「閣下も面倒な人物を押し付けてくれたものだよ……」
エルヴィンは更に深い溜め息を吐き、まだ会った事の無いガンリュウ大尉の事を悲観気に考えるのだった。
目的地に着いた２人は今まで同様、旅団長への挨拶とガンリュウ大尉の上官に引き抜きの許可を貰いに行った。
すると、珍しい事に上官は最初渋り、引き抜きの許可を貰えなかったのだが、今度ばかりはグラートバッハ上級大将の命令による引き抜きである事もあり、彼の命令でガンリュウ大尉を部隊に入れる事を伝えると、１間置いて承諾させる事が出来た。
「亜人族の兵士を渋るなんて……珍しい士官ですね」
「全員が全員、亜人差別主義者じゃないさ。それに、平民は獣人差別しかしないよ」
帝国の人口比は粗方、人間族６、獣人族３、その他１となっている。
＂亜種劣等人種法＂が発布され、人間族以外の種族が奴隷階級に落とされた際、その他種族は高価な奴隷となり、貴族や金持ちの所有物となった為、平民にとっては、その他種族の奴隷に馴染みが無く、平民による獣人族以外の亜人への差別意識は意外と低い。
２人は、上官からガンリュウ大尉の居場所を聞いた後、早速、大尉に会いに向かった。
そこでは兵士達が休憩しており、各々トランプ、自主訓練、昼寝を行なっていた。
しかし、見渡す限りガンリュウ大尉の姿は何処にも見受けられない。
「此処に居るって聞いたんだけどな……」
「また、誰かに聞くしか無いですね」
エルヴィンは辺りを見渡し、一番近くにいた兵士の下へ向かおうと歩き出す。
すると、アンナの視界にエルヴィンじゃない、もう１人の男が映る。
その男は、エルヴィンを凝視し、腰の剣の柄に手を掛け、彼に今にも襲い掛かろうとしていた。
今まで感じた事の無い恐怖に襲われるアンナ。彼女は大きな声で友の名を叫んだ。
「エルヴィン‼︎」
アンナの声を聞き、エルヴィンは自分に迫り来る危機に気付いた。そして、男が剣を鞘から抜き、エルヴィンを斬りつけようとした瞬間、男と反対の方に片足を出し、そのまま、よろけながらも男から距離を取り、斬撃を不恰好ながらも躱す事に成功する。
アンナは、エルヴィンが避けた事に安堵しつつ、腰から拳銃を抜き、銃口を襲撃者へと向けた。
「今すぐ武器を捨て、両手を挙げろ‼︎」
銃口を向けられながらも、男は落ち着いていた。そして、アンナの言葉を無視しつつ、男はエルヴィンへと視線を向ける。
「なんともだらし無い動きだな。これが上官とは……お前の部下は気の毒だ」
エルヴィンは襲撃者たる男の顔を見るのだが、その瞳に敵意は無く、困った様子で苦笑いする。
「挨拶にしては過激過ぎないかい？」
襲われたにも関わらず、平然とした態度のエルヴィンに、アンナは怪訝な顔を示す。
「アンナ、銃を下ろして大丈夫だよ」
「ですが！」
「大丈夫、峰打ちだったから……」
エルヴィンの言葉を確かめる様に、アンナは男の剣に視線を向けた。その剣は、片側に刃が付いていない日本刀の様な刀で、しかも、その歯を裏返しに彼は握っていたのだ。
男は、アンナの警戒を解くため刀を鞘に納め、それを見たアンナも銃を下ろして腰に戻し、それ等を確認したエルヴィンは改めて男に目をやった。
「では、改めて話そうか……＂ガンリュウ大尉＂」
＂ガンリュウ大尉＂その名前に、アンナは驚愕で目を見開いた。
