3-7 クリスタ・フュルト
フュルト中尉はエルヴィン同様の茶色髪をポニーテールにし、灰色の瞳を持った可愛らしい女性で、エルヴィンと同じ20歳にしては少し幼さがあった。
そして、出会い頭から中尉はアンナをじっと見詰めていた。
「なんですか?」
「森人のお嬢さん、耳だけ触らせて貰っても良いですか?」
「はぁ……? ……良いですよ?」
フュルト中尉の不思議な御願いに、アンナは首を傾げつつ、断る理由も無いので聞き入れた。
本人の許可を貰った所で、フュルト中尉はパッと嬉しそうに好奇心に満ちた目を輝かせながら、早速、森人特有の長い耳を触る。
「おぉぉ……思ったより柔らかい!」
感嘆の声を上げたフュルト中尉は、そのままアンナの耳を触り続けると、次にアンナの縛った髪を解き、触り始めた。
「ちょっと……中尉、何してるんですか……?」
サラサラの綺麗な淡いブロンドの髪を楽しみながら、フュルト中尉はまた感嘆の声を上げ、更に腕まで触りだした。
「あの……中尉?」
明らかに耳とは関係ない所まで触り続けるフュルト中尉に、アンナは疑問を浮かべながら、そろそろ止めさせようと考えるのだが、次に中尉の瞳の輝きが欲まみれのモノへと変質した後の行動で阻止される。
「さて、メインディッシュ‼︎」
フュルト中尉が不穏な単語を口にし、なんと、アンナの胸を揉み始めたのだ。
「キャンッ!」
可愛いらしい悲鳴を上げたアンナ。彼女は羞恥心で顔を赤くするのだが、そんな様子もお構い無しに、フュルト中尉は軍服越しながらアンナの貧相な胸の感触を味わった。そして、明らかに残念そうな顔を浮かべる。
胸を揉まれ続け、耐えかねたアンナ。彼女はフュルト中尉の腕を掴めと、中尉を思いっ切り投げ飛ばした。
「グヘッ‼︎」
床に叩き付けられ、変な声を漏らしたフュルト中尉。それから、警戒心剥き出しで、胸を守る様に腕で隠しながらアンナは距離を取る。
「な、なな……何をするんですか‼︎」
羞恥に顔を赤らめるアンナを他所に、フュルト中尉は痛む背中を摩りながら起き上がると、彼女の胸を揉んだ感触を思い出すように自分の掌を見詰めた。
「う〜ん、やっぱり小さいなぁ……」
恥ずかしさと憤りの混ざった表情をするアンナを他所に、フュルト中尉は明らかに失礼極まる感想を悠々と述べる。
普通なら此処でアンナが文句の一つも言う所だが、羞恥が脳裏を支配して、言葉が思い浮かばず、口をパクパクさせるだけだった。
アンナに文句を言う余裕が無い事に気付いたエルヴィンは、少し悩まし気に頭を掻き、代わりに口を開く。
「女性同士でも、流石に初対面の相手に……その……過度なスキンシップを取るのは、問題じゃないかな?」
めいいっぱい女性に配慮した注意をエルヴィンは告げた。彼にしては上手く気付いた方で、上手く告げた方なのだが、フュルト中尉は立ち上がると、罪悪感が微塵も感じられない瞳で2人に目をやった。
「いやぁ〜、森人のお嬢さん、とても美人だったですもん」
フュルト中尉の瞳がまた欲でギラギラと輝き、口端からはヨダレが漏れ出した。
「美少女が居たら触りたくなるでしょ? 胸揉みたくなるでしょ? 我慢しようとしたんですよ。でも、我慢出来なかったんですよ〜っ」
息をハーハーさせながら話すフュルト中尉を見て、2人は流石にひき、心が通じ合った様に同時に同じ事を思った。
"こいつ変態だ"と。
暫くし、フュルト中尉もハッと正気に戻ると、口元のヨダレを袖で拭った。
「そういえば……御2人は何しに来たんですか?」
フュルト中尉の質問を受け、エルヴィンは気を取り直すと、中尉を自分の部隊へ勧誘しに来た事と、ジーゲン中尉に話した事と同じ話をした。
そして、フュルト中尉を引き抜く為に、中尉の上官に許可を貰おうとしたが、断られた事も必然的に話す事となる。
「そこの森人のお嬢さんは、部隊に入るんですか?」
「あ、うん……彼女は私の従者で、正規軍では私の副官になるよ」
それを聞いたフュルト中尉は、少し考え込む。
「う〜ん……ちょっと待って下さい」
フュルト中尉は、そう言うとエルヴィン達が歩いて来た先へと向かい、それほど時間を置かずして戻ってきた。
「隊長から許可を貰ったので、少佐の部隊に加わります!」
怒涛の展開に頭が追い付かず、エルヴィンとアンナは唖然と立ち尽くした。
「君、何をしたんだい? 大隊長、かなり頑なだったと思うんだけど……」
「え? 只、隊長が奥さんに隠れて不倫してしている写真を見せて、転属を許してくれなきゃ、この写真を奥さんに見せますよ、と言って、脅しただけですよ?」
フュルト中尉が、悪びれる様子も無く、さも当たり前の事だと言うように、さらりと、とんでもない事を言ったので、エルヴィンとアンナは更に唖然とした。
「君、そんな事をして大丈夫なのかい? 正直、私の部隊に、それ程までして入る価値は無いと思うけど……」
「価値観の違いです。少佐の部隊には美人の森人が居ます。胸は残念ですが、美人なのに変わりありません。しかも、珍しい森人族ですよ!」
フュルト中尉はまたヨダレを垂らし、欲望で目を輝かせた。
「そんな子が居る部隊に入らない訳にはいかないじゃないですか! 無料で毎日、森人の美少女見放題とか、たまりません……」
フュルト中尉はヨダレを袖で拭うのだが、口端からの流れが止まる気配が無い。
その様子を見て、アンナは不気味な危機感で寒気を感じ、エルヴィンは本当に彼女を部隊に入れて良かったのかと、少し不安になるのだった。




