3-5 マンフレート・ジーゲン
マンフレート・ジーゲン中尉。犬の様な耳と尻尾を持ち、身長は190センチ程と高く、全体的に引き締まった体に六つに割れた腹筋、軍人にしても強靭な肉体を持ち、そして、それが遠目でも分かるように、隆々とした筋肉を太陽の光に晒していた。
「普通、訓練中は服脱がないよね……?」
「ええ……」
「彼、なんで服を脱いでいるのだろう……?」
「サァ……?」
2人は首を傾げ、ジーゲン中尉を眺めていると、組手が終わったらしく、部隊に一時休憩が言い渡されていた。
ジーゲン中尉は自分の水筒とタオルが置かれた場所に向かい、その水筒で水を飲み、タオルで汗を拭う。
すると、エルヴィンとアンナの視線に気付いたらしく、タオルを首に掛け、2人の下に近付いてきた。
2人の前まで来るたジーゲン中尉。改めて彼のガタイの良さと、大柄の身体が目に付いた。しかし、威圧的な身体とは裏腹に、彼は爽やかな笑顔を2人に見せる。
「貴方がフライブルク大尉……いや、昇進している筈だから少佐ですか」
ジーゲン中尉はそう言った後、自分が敬礼していない事に気付き、すぐに敬礼した。
「御初にお目にかかります少佐! マンフレート・ジーゲン中尉であります!」
エルヴィンは首を傾げた。初対面であるにも関わらず、自分を知ってた事を不思議に思ったのだ。
「よく、私の事を知っていたね」
「従兄弟が前、貴方の部下で、何度か貴方の事を聞かされましたので……覚えていませんか? ノイキルヒという姓なのですが……」
その名を聞いたエルヴィンは、ヴァルト村の戦いで一緒に戦った、ノイキルヒ二等兵の事を思い出した。
「ノイキルヒ二等兵の!」
「はい! まさか、従兄弟の事を覚えて下さっていたとは! 1兵士でしたなかったので、あまり期待はしていなかったのですが……」
「何回か一緒に賭けポーカーをした事があるからね。毎回負けて金を巻き上げられたよ……」
「あははははは! アイツ、ポーカー強いですからね!」
「ほんとだよ……あははははは…………」
ジーゲン中尉は面白さで楽しそうに笑い、エルヴィンはノイキルヒ二等兵にポーカーでカモにされた事を思い出し、苦笑いした。
長々と関係ない話を始めた2人。それに、アンナが咳払いをする。
「エルヴィン」
アンナは本題に入れと訴えるように、エルヴィンに目配せをした。
「そうだね、そろそろ……」
エルヴィンは気を取り直し、ジーゲン中尉に真剣な面立ちで目を向ける。
「ジーゲン中尉、貴官に頼みたい事がある」
エルヴィンは早速、新たに新設される部隊についてジーゲン中尉に話した。
その隊長を自分が務めること。そして、ほとんどの兵士が新兵である事を。
「ジーゲン中尉、貴官に中隊の1つを任せたい。御願いできるかな?」
「良いですよ!」
ジーゲン中尉の即答に、エルヴィンとアンナは驚く。
「本当に良いのかい? 御願いする私が言うのもなんだけど……初戦で全滅するかもしれないよ?」
エルヴィンの言葉に、ジーゲン中尉は悲観する様子が無く、微笑みながら答える。
「えぇ、むしろ光栄です。従兄弟から少佐の事を伺ってから、貴方の下で戦いたいと思っていましたから。それに……貴方であれば、この部隊を初戦で全滅などさせないでしょう」
エルヴィンはジーゲン中尉の自分への好意的な評価に、少し照れ臭そうにしながら頭を掻いた。そして、頭から離し右手をそのまま中尉に差し出す。
「じゃあ中尉、これから宜しく頼むよ」
ジーゲン中尉も右手でエルヴィンの右手を固く握る。
「勿論です」
2人は熱く握手を交わし、最初の仲間の勧誘にエルヴィンは成功した。
暫くして、ジーゲン中尉は再会の時を楽しみにしながら、その場を後にし、その背中を眺めつつ、エルヴィンは笑みを浮かべていた。
「彼の出世の理由が分かったよ」
マンフレート・ジーゲン。彼は人を差別しない。
人間族と獣人族の対立。それは人間族による獣人差別だけではない。獣人族も人間族を差別するのも要因の1つなのだ。
"亜種劣等人種法"、人間族至上主義者であった第3代皇帝ハインリッヒ1世が発布した亜人族への奴隷政策。帝国に居る亜人族はほとんど獣人族である為、"獣人家畜法"とも呼ばれる。
第12代皇帝パピエル3世により廃止され、60年近く経過した今でも、その精神が人間族の中に生き続け、獣人族への差別という形で現れている。
奴隷制と合わせて160年近く人間族に迫害された獣人族は、人間族への敵視を強め、それが、獣人族による人間族への差別も引き起こしているのだ。
ジーゲン中尉も獣人族であり、帝国に居る以上、人間族から酷い扱いを受けてきた筈である。しかし、エルヴィンと話す際、瞳には人間族への恨みや、憤りが微塵も感じられなかった。
例え尊敬できる相手であっても、人間族という理由で、何か思う所があって当然であるにも関わらず。
「人である以上、他人を評価する際、感情や考えが混じり、歪み、正確に評価など出来ない。有能でも嫌いな奴なら悪い評価を、無能でも好きな奴なら良い評価をする。差別も、そんな歪みを作る元凶の1つだ。……しかし、彼は平等に考えられ、より正確な評価ができる。それを意図的にやるのではなく、自然と彼はできる。それは間違いなく素晴らしい能力だし、多くの人物から信頼を勝ち取るには十分だろう」
長々と中尉について評価をしたエルヴィンは、ふと苦笑いしながら頭を掻く。
「まぁ、最初の印象でそう思っただけだし、それが彼の全てでは無いから……もう少し接さないと詳しくは分からないね」
「取り敢えず、1人目の勧誘は成功ですね」
「あと2人いるけどね。彼らも簡単に行けばいいけど……」
ジーゲン中尉の勧誘には成功した。しかし、他の2人が成功するとは限らない。
"新兵の寄せ集め部隊"、そんな部隊に入ろうと思う自体、基本的にはあり得ないだろう。
ジーゲン中尉の勧誘成功自体が異常にスムーズに進んだのだ。
今後の他の勧誘を心配するエルヴィン。その横で、アンナは再び口を開く。
「エルヴィン……」
「何だい?」
「賭けポーカーの件、後でじっくりと聞かせてもらいますから……」
「グッ!」
賭けポーカーをしていた事がバレたエルヴィン。アンナによる説教が確定した瞬間であった。




