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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第3章 第11独立遊撃大隊
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3-5 マンフレート・ジーゲン

 マンフレート・ジーゲン中尉。犬の様な耳と尻尾を持ち、身長は190センチ程と高く、全体的に引き締まった体に六つに割れた腹筋、軍人にしても強靭な肉体を持ち、そして、それが遠目でも分かるように、隆々とした筋肉を太陽の光に晒していた。



「普通、訓練中は服脱がないよね……?」


「ええ……」


「彼、なんで服を脱いでいるのだろう……?」


「サァ……?」



 2人は首を傾げ、ジーゲン中尉を眺めていると、組手が終わったらしく、部隊に一時休憩が言い渡されていた。


 ジーゲン中尉は自分の水筒とタオルが置かれた場所に向かい、その水筒で水を飲み、タオルで汗を(ぬぐ)う。

 すると、エルヴィンとアンナの視線に気付いたらしく、タオルを首に掛け、2人の下に近付いてきた。


 2人の前まで来るたジーゲン中尉。改めて彼のガタイの良さと、大柄の身体が目に付いた。しかし、威圧的な身体とは裏腹に、彼は爽やかな笑顔を2人に見せる。



「貴方がフライブルク大尉……いや、昇進している筈だから少佐ですか」



 ジーゲン中尉はそう言った後、自分が敬礼していない事に気付き、すぐに敬礼した。



「御初にお目にかかります少佐! マンフレート・ジーゲン中尉であります!」



 エルヴィンは首を傾げた。初対面であるにも関わらず、自分を知ってた事を不思議に思ったのだ。



「よく、私の事を知っていたね」


「従兄弟が前、貴方の部下で、何度か貴方の事を聞かされましたので……覚えていませんか? ノイキルヒという姓なのですが……」



 その名を聞いたエルヴィンは、ヴァルト村の戦いで一緒に戦った、ノイキルヒ二等兵の事を思い出した。



「ノイキルヒ二等兵の!」


「はい! まさか、従兄弟の事を覚えて下さっていたとは! 1兵士でしたなかったので、あまり期待はしていなかったのですが……」


「何回か一緒に賭けポーカーをした事があるからね。毎回負けて金を巻き上げられたよ……」


「あははははは! アイツ、ポーカー強いですからね!」


「ほんとだよ……あははははは…………」



 ジーゲン中尉は面白さで楽しそうに笑い、エルヴィンはノイキルヒ二等兵にポーカーでカモにされた事を思い出し、苦笑いした。


 長々と関係ない話を始めた2人。それに、アンナが咳払いをする。



「エルヴィン」



 アンナは本題に入れと訴えるように、エルヴィンに目配せをした。



「そうだね、そろそろ……」



 エルヴィンは気を取り直し、ジーゲン中尉に真剣な面立ちで目を向ける。



「ジーゲン中尉、貴官に頼みたい事がある」



 エルヴィンは早速、新たに新設される部隊についてジーゲン中尉に話した。

 その隊長を自分が務めること。そして、ほとんどの兵士が新兵である事を。



「ジーゲン中尉、貴官に中隊の1つを任せたい。御願いできるかな?」


「良いですよ!」



 ジーゲン中尉の即答に、エルヴィンとアンナは驚く。



「本当に良いのかい? 御願いする私が言うのもなんだけど……初戦で全滅するかもしれないよ?」



 エルヴィンの言葉に、ジーゲン中尉は悲観する様子が無く、微笑みながら答える。



「えぇ、むしろ光栄です。従兄弟から少佐の事を伺ってから、貴方の下で戦いたいと思っていましたから。それに……貴方であれば、この部隊を初戦で全滅などさせないでしょう」



 エルヴィンはジーゲン中尉の自分への好意的な評価に、少し照れ臭そうにしながら頭を掻いた。そして、頭から離し右手をそのまま中尉に差し出す。



「じゃあ中尉、これから宜しく頼むよ」



 ジーゲン中尉も右手でエルヴィンの右手を固く握る。



「勿論です」



 2人は熱く握手を交わし、最初の仲間の勧誘にエルヴィンは成功した。




 暫くして、ジーゲン中尉は再会の時を楽しみにしながら、その場を後にし、その背中を眺めつつ、エルヴィンは笑みを浮かべていた。



「彼の出世の理由が分かったよ」



 マンフレート・ジーゲン。彼は人を差別しない。

 人間族と獣人族の対立。それは人間族による獣人差別だけではない。獣人族も人間族を差別するのも要因の1つなのだ。


 "亜種劣等人種法"、人間族(ヒューマン)至上主義者(スプレマシスト)であった第3代皇帝ハインリッヒ1世が発布した亜人族への奴隷政策。帝国に居る亜人族はほとんど獣人族である為、"獣人家畜法"とも呼ばれる。


  第12代皇帝パピエル3世により廃止され、60年近く経過した今でも、その精神が人間族の中に生き続け、獣人族への差別という形で現れている。

 奴隷制と合わせて160年近く人間族に迫害された獣人族は、人間族への敵視を強め、それが、獣人族による人間族への差別も引き起こしているのだ。


 ジーゲン中尉も獣人族であり、帝国に居る以上、人間族から酷い扱いを受けてきた筈である。しかし、エルヴィンと話す際、瞳には人間族への恨みや、憤りが微塵も感じられなかった。


 例え尊敬できる相手であっても、人間族という理由で、何か思う所があって当然であるにも関わらず。



「人である以上、他人を評価する際、感情や考えが混じり、歪み、正確に評価など出来ない。有能でも嫌いな奴なら悪い評価を、無能でも好きな奴なら良い評価をする。差別も、そんな歪みを作る元凶の1つだ。……しかし、彼は平等に考えられ、より正確な評価ができる。それを意図的にやるのではなく、自然と彼はできる。それは間違いなく素晴らしい能力だし、多くの人物から信頼を勝ち取るには十分だろう」



 長々と中尉について評価をしたエルヴィンは、ふと苦笑いしながら頭を掻く。



「まぁ、最初の印象でそう思っただけだし、それが彼の全てでは無いから……もう少し接さないと詳しくは分からないね」


「取り敢えず、1人目の勧誘は成功ですね」


「あと2人いるけどね。彼らも簡単に行けばいいけど……」



 ジーゲン中尉の勧誘には成功した。しかし、他の2人が成功するとは限らない。


 "新兵の寄せ集め部隊"、そんな部隊に入ろうと思う自体、基本的にはあり得ないだろう。


 ジーゲン中尉の勧誘成功自体が異常にスムーズに進んだのだ。


 今後の他の勧誘を心配するエルヴィン。その横で、アンナは再び口を開く。



「エルヴィン……」


「何だい?」


「賭けポーカーの件、後でじっくりと聞かせてもらいますから……」


「グッ!」



 賭けポーカーをしていた事がバレたエルヴィン。アンナによる説教が確定した瞬間であった。

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