3-3 仲間探し
世暦1914年5月16日
エルヴィンは領地へと戻り、屋敷で、少尉に昇進したアンナと、方面軍総司令部から送られて来た大量の兵士の資料に目を通し、副隊長と中隊長の選出を行なっていたが、思った以上に難航していた。
「ダメだ〜っ!」
エルヴィンはソファーの背もたれに寄り掛かり、顔を天井に向けた。
「サッパリ決まらない! この大量の兵士達の中から選べというのが、そもそも無理なんだ……」
「文句を言っていないで、手と目を動かして下さい!」
「そうは言っても……3千人以上もの中から探さなきゃいけないんだよ? 3千枚もの資料に目を通さなきゃいけないんだよ? どれだけ時間と労力を消費すると思っているんだ……」
「上官の命令なんですから、どう文句を言おうと、3千枚の資料に目を通さなければいけない事に変わりはありませんよ」
アンナから突き付けられた現実を受け、エルヴィンは、やりたくないオーラを醸し出しながらも、渋々、資料に目を通した。
「彼は……駄目だね。獣人嫌いの者が中隊長だと、部隊に不和を生じかねない……」
「エルヴィン、彼はどうですか?」
アンナは手に持っていた資料をエルヴィンに渡し、彼はその資料に目を通した。
「……駄目だね。この兵士、明らかに貴族のコネだけで出世している。間違いなく地位不相応だよ」
エルヴィンは終始、面倒臭そうに選定を行なっていた。その目はやる気になど満ちておらず、心の中で今すぐ逃げ出したい、サボりたいなどと思っていたのだ。
しかし、選定自体は手を抜かなかった。
資料1枚1枚、隅々まで目を通し、自分が指揮する部隊に相応しくないと少しでも思った者は、直ぐに選定から外していった。
そんな仕事を延々と繰り返し、仕事を直ぐに逃げ出す人間がストレスを溜めない訳が無い。
「あ〜っ! もう、無理だぁ〜!」
エルヴィンは手に持っていた資料を宙にばら撒いた。
「もう耐えられない! 休む! 一時休憩‼︎」
アンナは呆れながらソファーから立ち、エルヴィンがばら撒いた資料を集める。
「エルヴィン、もう少し我慢を覚えて下さい!」
「我慢したよ? 十分、我慢した! 仕事嫌いな私が"10分"も仕事したんだ。偉いと思わないかい?」
「10分ごときで自画自賛しないで下さい!」
「いやいや、10分は凄いよ? 10分はイコール600秒だよ? 600だよ?」
「どう言おうと10分ごときです」
アンナは床に散らばる資料を拾うと、エルヴィンに呆れながら手に持つ資料の束を机で整える。
そして、諦めた。
「もう、休憩して良いですよ……」
「え? 本当に?」
「やる気が欠けたままやられても困りますし……」
「よっし!」
エルヴィンは嬉しそうに、開放感に満ちた笑顔で、横長のソファーに仰向けに寝転がった。
「ん?」
すると、エルヴィンは背中とソファーの間に1枚の紙がある事に気付き、ソファーに座り直すと、その紙を手に取った。
「さっき、ばら撒いた資料の残りか……」
エルヴィンは「まぁ1枚だけだし」と思い、先程の面倒臭さも無く、気軽な気持ちで目を通した。
すると、彼の口元が緩み出し、楽しそうな笑顔を見せ始める。
「アンナ、1人決まったよ」
エルヴィンはそう告げると、手に持っていた資料をアンナに手渡した。
手渡された資料を確認したアンナも、彼の反応を理解し、納得したように頷く。
「これは……エルヴィンの好きそうな兵士ですね」
「そうだろう? 彼、良さそうな兵士だろう?」
「そうでね……良いんじゃないですか?」
「よし! まず1人だね。続いて探さないとな……」
兵士の選定にやりがいを見付けたのか、エルヴィンはやる気に満ち溢れた様子で、紙の束から資料を抜き取り、読み始めた。
「いつも、これだけの仕事へのやる気があればなぁ……」
アンナは少し呆れながらも、選定の手伝いを再開した。
暫くして、また良い候補者を見付けたエルヴィン達は、その兵士も部隊に入れる事を決めた。
「案外、良い兵士は居るものだね。お陰で、資料を100枚も読まずに、中隊長2名が決まったよ」
「大隊のメンバーは312人ですから、1個中隊およそ100人として……あと1人ですね。2人とも中尉ですから、最後の1人は大尉で、副隊長となりますね」
「いや、副隊長はもう決まっているんだ……」
エルヴィンはそう告げると、大量の兵士達の資料と共に送られた、1枚の封筒をアンナに渡した。
そして、封を開けると、中には1人の兵士の資料と手紙が入っており、アンナはそれを取り出し、内容に目を通す。
「この兵士を副隊長に登用せよ。これは命令である。ブリュメール方面軍総司令官、パウル・フォン・ベルギッシュ・グラートバッハ上級大将……」
「間違いなく、グラートバッハ上級大将が書いたものだ。理由は分からないけど、閣下は余程、彼を私の部隊に入れたいらしい……」
エルヴィンはどうも乗り気では無く溜め息を吐き、アンナはその様子が気になり封筒に入っていた兵士の資料にも目を通した。
「優秀ではないですか。これなら、副隊長として申し分無いと思いますが……」
「もう少し、ちゃんと読んでみれば分かるよ」
エルヴィンの反応を気掛かりに感じながらも、彼に言われた通り、アンナはもう1度資料を見直した。そして、彼の溜め息の理由を理解する。
「これは確かに……エルヴィンと相性悪いですね…….」
エルヴィンは困った様子で、軽く苦笑いを浮かべるのだった。




