3-2 恨みの理由
辞令をエルヴィンは半ば強制的ながら承諾したが、やはり嫌なものは嫌なので、疲労に近い表情を浮かべていた。
「独立遊撃大隊……これが、閣下自ら小官を呼んだ理由ですか……」
「実はもう1つある!」
「もう1つ?」
「というか、そっちの方が本題だ。封筒の中身を確認してみたまえ」
エルヴィンは封を開け、封筒の中から資料の束を取り出し、その中身に目を通した。そして、嘆息を零す。
「大隊に所属する兵士が全て、兵歴1年以下の兵士……」
「上の直接命令でな、貴官が指揮する部隊の兵士は新兵で固められておる」
部隊員のほとんどが新兵。そんな人事は普通あり得ない。何らかの意思、誰かの悪意によって行われた事は明らかであった。
「こんな辺境貴族を陥れても何ら価値は無いと思うのですが……いや、個人的な恨みかな?」
エルヴィンは自分が標的にされた理由を必死で考えたが、思い浮かばなかった。そして、こんな命令を出した、上級大将の更に上の要人というのが気になった。
「閣下、上の直接命令と言っていましたが……それは、陸軍総参謀長ですか? 幕僚総監ですか? それとも陸軍長官ですか? 」
「いや、その更に上……軍務大臣だ!」
軍務大臣、その役職名を聞き、エルヴィンは5日前の晩餐会で、軍務大臣が自分を睨んでいたことを思い出した。
「明らかに大臣が職権乱用し、この人事をねじ込んでいる……しかし、そこまでして私を陥れる理由は何だろう……」
エルヴィンが首を傾げて考え込む様子を見て、上級大将は呆れた様子でエルヴィンに視線を向ける。
「貴官、まさか……軍務大臣の名前を知らない訳じゃ無いだろう?」
「知りませんが……もしかして、この人事の理由、閣下は御存知なのですか?」
「軍務大臣の名前さえ知っていれば君だって直ぐに気付くよ。まさか、軍務大臣の名前すら知らなかったとは……軍務大臣の名はヘルマン・カッセルだ」
「ヘルマン・カッセル?」
エルヴィンはそれを聞いて、何かの記憶に引っ掛かった。
「ん? ヘルマン・カッセル? カッセル、カッセル……」
「貴官が前、所属していた大隊の隊長は?」
「それはカッセル……」
エルヴィンは思い出した、前の上官がカッセルという姓だった事を。そして、恐る恐る上級大将へと尋ねる。
「もしかして軍務大臣は、カッセル少佐の……」
「兄だ」
エルヴィンは全てを察した。
軍務大臣は弟が戦死したのは、エルヴィンの援軍が遅れた所為や、その他のエルヴィンの行動に原因があると思い込んでいる。最悪、それが意図的であり、エルヴィンがカッセル少佐を陥れたのだと思っているという事を。
「なるほど……弟が死んだのは全て私の所為だと思い、その報復として、私に新兵のみを入れた部隊を指揮させようしている。ですか……」
「そういう事だな」
筋違いも甚だしい。そう思いながら、どうすることも出来ず、エルヴィンは溜め息を吐くしかなかった。
「カッセル少佐が戦死したのは、無謀な進撃という自業自得の部分が大きいのですが……」
「軍務大臣殿は、そうは思わなかったという事だろう」
「副隊長や中隊長まで新兵となると、最初の作戦で間違いなく全滅しますね。はぁ……20年、短い人生だった……」
エルヴィンは上を見上げながら、遠い過去を振り返るように黄昏た。
「いや、全員が新兵では無いぞ?」
「え?」
この時、エルヴィンは我に帰り、上級大将に驚きの顔を見せた。
「もう一度、資料をよく見たまえ」
上級大将に言われるがまま、エルヴィンがもう一度、資料に目を通すと、閣下の発言の意味がわかった。
「副隊長と中隊長が決まっていない?」
「その通りだ! 流石に副隊長や中隊長まで新兵にするのは問題だからな。そこは、ちゃんとした兵士を任命する」
副隊長や中隊長まで新兵ではない事に、エルヴィンは安堵したが、別の疑問が生まれた。
「決まっていないというのは、どういう事ですか?」
「第11独立遊撃大隊。それを指揮するのは貴官だ! 他の兵士が新兵だけとなってしまった分、副隊長、中隊長ぐらいは、貴官に決めさせてあげようと思ってね」
「つまり……小官が探して決めろ、という事ですか?」
「その通りだ! しかし、兵士は私の裁量でどうにかなる者達に限られるがな」
グラートバッハ上級大将の裁量でどうにかできる兵士。一見、少なそうにみえるが、グラートバッハ上級大将の役職は方面軍総司令官。その部下は総勢、25万を超える。
25万以上の兵士から大尉と中尉だけを選んだとしても、その数は計り知れない。
そんな中から選ばなければならない事実を前に、エルヴィンを一瞬、目眩が襲った。
「これは……別の理由で死ぬかもしれない」




