2-25 恨む貴族
エルヴィンは自分を睨んでいた貴族の事がどうしても気になって仕方なかった。
「やはり、恨まれる理由が分からない。しかも見知らぬ貴族に……」
エルヴィンは顎を摘み、必死に考え込むのたが、やはり何も思い当たらず、悶々と思考を疑問が掻き乱す。
しかし、次に聞こえた声に対し、彼の疑問は一時的に忘れ去る事となる。
「フライブルク男爵!」
近くから聞こえた自分の名を呼ぶ声。それにエルヴィンは顎から手を離すと、声のした方を振り向いた。
そこには、顔とお腹が丸々とした膨よかな身体を持ち、優しそうな毒気のない顔をした20代半ばと思われる貴族が居た。
「キール子爵じゃないか!」
晩餐会が始まって初めて、エルヴィンは嬉しそうな表情を見せ、キール子爵を歓迎した。
「お久しぶりです、フライブルク男爵。それにアンナさんも」
2人に物腰柔らかく挨拶を交わした貴族。彼はウィルヘルム・キール子爵であり、エルヴィンの数少ない貴族の友人である。
キール子爵も領地持ちの貴族であり、キール子爵領はフライブルク男爵領に隣接し、男爵領との交流も盛んであった。
子爵領の特徴は帝国最大の穀倉地帯であり、帝国に流通する麦の3割が子爵領からの物である。それに加え、緑が豊かで、畑なども広がり、様々な食料が沢山取れる事から、"帝国の食料庫"と呼ばれている。
フライブルク男爵領は収集した魔物の素材を、キール子爵領からは大量の食料を、それぞれ交換しており、良き交易相手でもあった。
「キール子爵、最近はどうですか?」
「御陰様で魔獣素材の加工品が好評で、ガッポリ稼がせて貰っています。其方は?」
「御陰様で、毎日、美味いご飯が食べれますよ」
2人は笑った。久々の友人との交友を、2人は楽しんでいたのだ。
そして、そんな中、エルヴィンはずっと気になっていた事を子爵に尋ねる。
「キール子爵、あの貴族をご存知ありませんか? デュッセルドルフ公爵の隣に居る……」
エルヴィンが示した先を見た子爵は、彼が確認したい貴族が分かると、少し不思議そうに眉をひそめる。
「軍に所属しているのに知らないのですか? あの方は軍務大臣ですよ」
「軍務大臣⁉︎ 軍務大臣が何故、私を睨んだのだろうか?」
「いや〜、流石にそこまでは……」
エルヴィンは"軍務"と聞いて、少し嫌な予感に襲われた。軍に所属している以上、無縁の相手ではなかったからだ。
しかし、その不安は直ぐ、頭の隅に追いやられる。
「や〜っ! キール子爵とフライブルク男爵じゃないか!」
まるで演技者のごとく、自己顕示するように、キール子爵とエルヴィンを呼ぶ男の声が聞こえてきたのだ。
そして、その声を聞いた途端、エルヴィンは、明らかに嫌そうな、面倒臭そうな表情を見せる。
「ハノーファー伯爵……」
ハノーファー伯爵の方を振り向いたエルヴィンの口元は、明らかに引きつり、キール子爵の時とは逆の反応を、彼は表すのだった。




