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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第2章 エルヴィン・フライブルクという男
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2-24 笑顔の裏

 デュッセルドルフ公爵が去った後、アンナは少し表情を雲らせた。



「エルヴィン申し訳ありません。御手を(わずら)わせてしまって……」


「別に良いよ、そもそも付いて来て貰っているのは私の方だしね。それより、逆にすまない……こんな場所に毎回付き合わせてしまって……」


「構いませんよ。私は貴方の従者ですから」



 アンナの優しい笑顔を向けられ、エルヴィンは照れ臭そうに頭を掻き、嬉しそうに笑みを(こぼ)した。



「それにしても……デュッセルドルフ公爵、意外に感じの良い(かた)でしたね?」


「さて、それはどうかな……?」



 アンナがふと、エルヴィンの顔を見ると、彼の目線がじっと公爵の方に向けられて事に気付いた。そして、それは明らかに公爵を警戒しての行動だった。



「あの笑顔……明らかに作り笑いだ。しかも、かなり精巧に作られた笑顔だった。まるで、心の奥底の闇を隠すような……。それに……」


「それに?」


「公爵はヴァルト村の戦いを知っていた」


「貴族なら、軍に多少のコネがあるのは当然です。知っていても、おかしくはありませんが……」


「ヴァルト村は小競り合いの1つだ。その時、同時に数ヶ所で戦闘が行われていたんだよ? そんな日常茶飯事の戦いの1つを公爵は知っていたんだ。明らかにおかしいだろう?」


「確かに……」



 デュッセルドルフ公爵。帝国貴族最大の権力者であり、皇族達を除けば、帝国第2の要人と言って過言はない人物である。


 そんな人物がエルヴィンを気に掛け始めている。


 それは好意なのか、敵意なのか、それとも別の何かなのかは分からない。しかし、公爵の政治的利用を視野に入れての行動であるのは間違いないだろう。


 エルヴィンは「貴族の何らかの抗争に巻き込まれるのではないか?」という不安を感じながら、公爵の後ろ姿をまじまじと見詰め続ける。


 すると、彼は公爵の向かう先で、此方(こちら)を睨む2人の貴族の存在に気付く。1人はヘルムートだったが、もう1人は見知らぬ貴族だった。


 その貴族の目は明らかに、エルヴィンへの恨みや殺意に満ちた物であり、自分がその貴族に恨まれる理由が思い浮かばなかった彼は只、首を傾げるのだった。




 デュッセルドルフ公爵が、エルヴィンを睨む貴族とヘルムートの下に着くと、貴族とヘルムートが不快さを物語るように口を開く。



「宰相の息子たるこの俺を睨むとは……身の程知らずめが!」


「何故あの様な辺境貴族の下に、公爵自ら赴いたのですか? ヴァルト村の勝利も只のマグレでしょう。しかも、只の小競り合いの1勝利でしかありません! そんなモノの為に公爵がワザワザ出向く必要など……」



 貴族の話を聞いたデュッセルドルフ公爵は、机の上にあるワインの入ったグラスを手に取った。



「奴は3倍の敵を打ち破った。それは小競り合いであっても脅威ではないかね? 確かに、偶然の可能性もある。だが、偶然を引き当てるぐらいの実力は持ち合わせているという事だ」


「ですが!」


「彼は20歳で大尉となった。そして近々、ヴァルト村の戦いの功績で少佐になるだろう。士官学校を出て、2年足らずで佐官まで出世した。それだけでも、かなり優秀と言えるのではないかね?」


「……」


「君の恨みは理解できる。しかし、要は使い道だ」



 公爵はワインを一口飲んだ。



「有能な人材は飼い慣らし、味方につけるのが得策だ」


「奴が大人しく従うでしょうか……?」


「従わなくても無害であれば問題ない」


「では、奴が敵に回った場合は……?」


「何、簡単な話だ……」



 公爵はグラスを掲げ、赤く濁るワインを眺めながら笑みを浮かべる。



「邪魔になるなら消すだけだ。これまでのようにな」



 デュッセルドルフ公爵の笑み。それは悪魔すらも可愛く思える程に不気味で巨悪に満ち、それ間近で見た貴族とヘルムートは、改めて公爵の恐ろしさを肌身に感じるのだった。

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