2-22 謀略の晩餐会
世暦1914年5月10日
エルヴィンとアンナは、貴族主催の晩餐会へ参加する為、帝都ハイリッヒに来ていた。そして、2人は宿泊先のホテルで、会場へ向かう準備をしていた。
「エルヴィン、入ってきて良いですよ」
アンナによる入室の許可を聞き、エルヴィンはホテルの1室へと足を踏み入れた。そして、彼女のドレス姿を見て思わず感嘆の声を零す。
アンナは薄い緑色のドレスを着こなし、その姿は、森人族に相応しい清楚さを醸し出していた。亜人でなければ、どこぞの貴族令嬢と間違われてもおかしくないだろう。
「やはり、君はドレス似合うね。こんな機会でしか、君のその格好を見れないのが残念だよ」
「ありがとうございます」
アンナはエルヴィンに褒められ、少し嬉しそうだった。
アンナのドレス姿は文句無しの合格点。エルヴィンはどうかと、彼女も同じく彼の姿を見るのだが、此方で零されたのは溜め息だった。
エルヴィンは貴族の正装を着崩す事無く身につけ、髪もいつもより整えていたのだが、髪はボサボサの髪を無理矢理整えたのが分かる様に癖っ毛が隠しきれておらず、正装もどういう訳だか、あまり似合っていなかったのだ。
「エルヴィン……軍服の方がマシですね」
アンナの辛い評価に、エルヴィンは苦笑いで誤魔化すのだった。
準備を終えた2人は、車の迎え受け、晩餐会場へと向かった。
その道中、エルヴィンは面倒臭そうな、嫌そうな顔をしながら、溜め息を何度も零す。
「エルヴィン、行きたく無いのは分かりますけど……そんなあからさまな顔しないで下さい」
「いや、だって……行きたくないものは、行きたくないからね……」
「まったく、貴方は……」
貴族のパーティー、華やかな雰囲気と、豪勢な食事、他の貴族達との談笑、一般市民なら誰でも憧れるシチュエーションである。
しかし、パーティーに参加しているのはあくまで貴族。権力を貪り、謀略を毎日着て歩く存在。そんな魑魅魍魎供が一堂に会する場が、只のパーティーで終わる筈も無い。
各貴族派閥同士の駆け引き、探り合い、貴族同士のコネクションの拡大、確立、数多の思惑や謀略が渦巻く策動の場、それが貴族のパーティーなのである。
そして、それこそが、エルヴィンが参加を嫌がる重い理由の1つだった。
なら、「参加しなければ良いではないか!」となるのだが、そうはいかない。
エルヴィンはどの派閥にも属しておらず、陰謀渦巻く政治からは遠い位置には居るが、やはり貴族であり、謀略とは無縁ではいられなかった。その為、謀略戦に遅れを取らない為にも、他の貴族達の動向を探る必要があり、貴族のパーティーには必然的に参加せざるを得ないのだ。
嫌がりながらも渋々、エルヴィン達は晩餐会場に到着した。
今回の晩餐会の会場は、主催者である、とある貴族の帝都にある別邸。その広間で行われる。
広間には400を超える貴族とその関係者が集まり、天井には巨大なシャンデリアがぶら下がり、白いクロスがかけられたテーブルには、豪勢な料理がバイキング形式で置かれていた。そして、広間の中央では、オーケストラが奏でる演奏に合わせて、何組かの貴族がダンスを踊っている。
2人は折角の豪華な料理(テレジアの作った物の方が美味しいのだが)を堪能しつつも、他の貴族の様子に目を光らせた。しかし、それはその貴族達も同様であり、エルヴィン達に視線を向ける者が少なからず存在した。
そのほとんどに、下賎な亜人を従者した"変人貴族"への非難と嘲笑の眼差しが含まれている事は言うまでもない。
亜人差別が色濃く残る帝国貴族。彼等にとって亜人は下等な劣等種であり、森人であるアンナが華やかな場に居る事を良く思っていないのだ。
2人が始めて社交界に出た時は、アンナもその目を気にし、自分が場違いな存在ではないかと心配していたのだが、主人であるエルヴィンが何も気にしていない事から、その不安も複数回の社交界を経て薄れていった。
エルヴィン達へ向けられた非難の目。それも、主催者である貴族が壇上に上がった事により、全て其方へと向けられた。
晩餐会の主催者ヨーゼフ・デュッセルドルフ。公爵の爵位を持ち、ゲルマン帝国の宰相でもある。
公爵は年齢60歳ぐらいの男性で、貴族の正装がよく似合い、貴族らしい佇まいと風格を持った老紳士、といった雰囲気の人物であった。
「此度は、私が主催する晩餐会にお越し頂き、誠にありがとうございます! 今回は、帝国の腕利きのシェフを呼んでおり、皆様の舌を満足させる事でしょう! 皆様どうか、ごゆるりとご堪能ください!」
公爵が笑みを絶やす事なくスピーチを終えると、会場は拍手の音で満ち始める。
裏で、様々な思惑が蠢きながら。
エルヴィンは公爵が壇上を降りた後も、彼に視線を向けていた。
「公爵が主催のパーティーという事は、公爵の派閥で、何か重要な話し合いが行われるという事だね」
「公爵の派閥は最大派閥でしたよね?」
「うん、だから君も、出来るだけ注意しておいてくれ」
エルヴィンは注意深く公爵の動向を観察し続ける。
すると、公爵が突然、此方の方を振り向き、エルヴィンは公爵と目が合ってしまった。




