2-21 次の日
世暦1914年5月7日
朝、書斎で寝ていたエルヴィンは、珍しく自分で起き、食堂へ向かうが、その途中アンナとバッタリ出くわした。
「おはよう、アンナ……」
「おはようございます……」
互いに、気まずそうに、ぎこちない挨拶を交わした2人。共に昨日の出来事が頭から離れていなかったのだ。
「……エルヴィン、昨日はお風呂を上がった後、大丈夫でしたか?」
「うん……大丈夫だったよ。誰かがお金を払って、お風呂を貸切にしていたらしいからね……」
「おそらくルートヴィッヒでしょう……流石に、主人を犯罪者にするわけにはいきませんから……」
やはり2人は気まずそうに、ぎこちない会話を続ける。
しかし、この状況に嫌気がさしたエルヴィンは、頭を掻き毟ると、吐息を吐き、告げた。
「アンナ、昨日のことだけど……」
「問題ありません」
「……え?」
アンナの予想外な言葉に、エルヴィンは思わず声を漏らした。
「エルヴィンも私も、何ら悪いことはしていません。全てルートヴィッヒがしでかした事です。ですから……昨日の事は水に流しましょう。それで、チャラです」
エルヴィンは暫くの沈黙の後、ぎこちない笑みを見せ、それは直ぐに、いつもの微笑に変わった。
「そうだね……そうしよう」
エルヴィンの言葉に、アンナが微笑みで返すと、2人はいつもの空気を纏いながら食堂への歩みを進めた。そして、話の流れから、ルートヴィッヒへ怒りの矛先が向くのは当然だと言える。
「今、いつもの様にルートヴィッヒは食堂に居るだろから、何か仕返しをしないとね」
「居ませんよ?」
「……え?」
エルヴィンは思わず、アンナの方を振り向いた。
「ルートヴィッヒに昨夜、制裁を加えて病院送りにしたので、今日は屋敷には来ない筈です」
「……ちなみに、一体どんな制裁を加えたんだい?」
「聞きたいですか?」
「……やめときます…………」
エルヴィンはアンナの異様な圧を感じ取り、これ以上、聞くのを控えた。
問題も解決し、気兼ねなく食堂へ向かう途中、エルヴィンは執事から新聞と手紙を受け取ると、2人は食堂へ入り席に着いた。そして、エルヴィンは食堂で朝食が出るまで新聞を読むのだが、とあるページで手を止め、大きな溜め息を吐く。
「何か、よくない記事でもあったんですか?」
「読めば分かるよ」
エルヴィンは新聞をアンナに渡し、読んだ彼女も彼の溜め息の理由を簡単に理解出来た。
新聞の3ページの右端に小さく、"ヴァルト村が共和国に占領された"という記事が載っていたのだ。
「必死に守ったヴァルト村が、こんなに早く奪われましたか……」
アンナの呟きに、エルヴィンはまた溜め息を吐き、愚痴を零す。
「あの戦いは一体何だったんだ。敵、味方400人以上も死んだのに、それが1ヶ月も経たぬ内に400人の死を嘲笑うように奪われるとは……戦うのがバカバカしくなってくるよ」
エルヴィンはその後、気分転換のために手紙を読もうとしたが、朝食が出てきたので、後で読むことにした。
いつものペースで朝食を食べ終えたエルヴィンは、1人で書斎に戻ると、手紙の中身を確認する。
内容を一通り見た彼は、気分転換に読まなくて良かったと、思う羽目になった。
「これも凶報か……」
手紙は、近々行われる貴族主催の晩餐会への招待状であった。




