2-20 予期せね出来事
互いに顔を見合わせながら立ち尽くす2人。しかし、直ぐに自分達の現状に気付く。
そう、2人共に全裸であった事を。
「キャァアアアアアアアアアアアアッ‼︎」
アンナは悲鳴を上げ、羞恥で顔を赤くしながら身体を隠す様にしゃがみ込み、エルヴィンは慌ててお湯に浸かり直し、直ぐに後ろを向いた。
「な、なななな……何で貴方が此処に居るんですか⁈」
先に疑問を投げかけたのはアンナだった。しかし、エルヴィンにしても、何故、彼女が居るのか疑問に思う所である。
「それはこっちの台詞だよ! なんで君が男湯に居るんだ‼︎」
「なに言っているんですか‼︎ ここは女湯です!」
この時、2人は首を傾げた。会話がどうも噛み合っていなかったのだ。
「此処、男湯だよね? 男湯の暖簾が掛かってたし」
「いえ、ここは女湯です! 女湯の暖簾が掛かかっていましたから……」
2人はさらに首を傾げる。
「アンナ、間違いなく女湯の暖簾が掛かっていたのかい?」
「はい、そうです! エルヴィンも、男湯の暖簾が確かに掛かっていたんですね?」
「うん、間違いないよ」
互いに相手が嘘を言っている様にも思えず、更にハテナマークが頭上に上がる2人。
何故こうなったのか原因を考え込んだ彼等だったが、アンナがふと、ある事を思い出した。
「そういえば……さっき、ルートヴィッヒとすれ違いました。その時、妙にニヤニヤしていたような……」
その時、アンナとエルヴィンは同時に決定的な結論を得るに至る。
「「アイツか〜っ‼︎」」
2人の脳裏には、ルートヴィッヒが暖簾を入れ替える光景が鮮明に過ったのだ。
「ルートヴィッヒの奴、何でこんな事を……」
エルヴィンがルートヴィッヒの動機を模索する中、アンナはその理由を察していた。
ルートヴィッヒ、私への日頃の憂さ晴らしと、あわよくばエルヴィンと私との仲の進展させようとしたのね。まったく、アイツは〜っ‼︎
アンナは心の中で、ルートヴィッヒへの制裁を固く決意する。
取り敢えず、原因が分かった2人だったが、エルヴィンはふと冷静になり、困った様子で、恥ずかしそうに目を泳がせ始める。そして、頬を赤くしながらも、決意した様に目を閉じた。
「アンナ……取り敢えず、お湯に浸かってくれないかな?」
「そうですね、せっかく来たんですから、入らないといけませんね」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
妙に言い辛そうに話すエルヴィンに、アンナは首を傾げた。しかし、自分の姿をもう1度見て、彼の意図したい事に気付き、顔を赤くした。
「そのままだと……目のやり場に困るんだ……しかも、出口をガッチリ塞いじゃってるし……」
「そうでしたね……すいません……」
アンナは今にも沸騰しそうな恥ずかしさに苛まれながらも、返事は平静を装った。そして、ゆっくりとお湯に入ると、エルヴィンに背を向けて、肩まで浸かり、身体をお湯で隠す。
その後、暫くの間、場を沈黙が覆い、2人は互いの事を考え始めていた。
アンナ、肌綺麗だなぁ……白くてきめ細やか、髪も健康的で艶やかなブロンドで、それ等が合わさって、美しさに磨きがかかっている。やっぱり、森人族の中でも、美人な方に入るんだろうなぁ……。
そう思ったエルヴィンは、ふと、その事を振り返り、突然、罪悪感に襲われた。
何考えているんだ! これではまるで、変態じゃないか!
エルヴィンは少し過剰な自己非難をしつつ、雑念を払うように首を横に振った。
エルヴィン、思ったより、逞しい身体付きしてるんだ……やっぱり軍人なだけあって、一般人より筋肉質で、鍛え過ぎてないから身体のラインが細身で綺麗。
そう思ったアンナは、ふと、その事を振り返り、突然、恥ずかしさに襲われた。
何思ってるんだ私! これじゃあ変態の様じゃない!
アンナも過剰な自己非難をしつつ、雑念を洗うように、口もとをお湯につけた。
暫く、恥ずかしさに悶える2人だったが、エルヴィンがふとある事に気付き、我に返った。
「アンナの言うことが事実だとすると、今、女湯の暖簾が掛かっている事になるんだよね…………不味い‼︎」
エルヴィンは勢いよく立ち上がり、その時の水しぶきに驚いたアンナも、我に返った。
「エルヴィン、どうしたんですか?」
「今、女湯の暖簾が掛かっているって事は、この後、女性が入って来るって事だ」
「そうなりますね……」
「もし、私がここにいる状況を、女性達に見られたら……」
アンナもこの時、エルヴィンが置かれた危機に気付く。
もし、このままエルヴィンがお風呂に留まり、それが別の女性に見られたなら、女湯に堂々と入る"変態領主"などという不名誉、不本意極まる悪名が付くことになるのだ。
「早くここから脱出しないと!」
エルヴィンは慌ててお湯から上がり、脱衣所へ真っしぐらに駆けていった。
そんな彼の背中をアンナは平静な様子で眺めていたのだが、彼が去った後、また顔は赤く染まり、恥ずかしさを洗い落とすかのように、顔まで全てお湯に浸けるのだった。




