8-27 バーナード・ロー・ケニントン
雪が降り積もる中、上官達から解放されたバーナードだったが、やはり不快感は拭い去れない。
「不協和音の大合唱だな、ありゃ……真面な奏者が居やしねぇ。挙句に種族だなんだと下らん事で争ってやがる。低脳の集まりだな……」
司令部を振り向き、軽く舌打ちしたバーナードの下へ、一人の女性が駆け寄った。
「ちょっと少佐! また会議から追い出されたんですか⁈ そろそろ勘弁して下さいっ‼︎」
頭を抱え、嘆息を零す女性、バーナードの副官メレディス・チェルシー少尉は、毎度司令部と亀裂を走らせて来る上官に、良い加減、愛想が尽きそうだった。
チェルシー少尉は二十一歳、女性にしては短いが、男性にしては長く切られた髪を持った、真面目な雰囲気の士官である。
バーナードの副官を務めて余り経過していない筈なのだが、彼女が彼に悩まされた回数は計り知れない。原因はやはり、彼の苛烈さから来る上官達との衝突であった。
「少佐はもう少し空気を読む事を覚えて下さい! 毎回、貴方の副官だと知れて、周りから冷たい目で見られる私の身を気遣うと思って……」
「空気を読んで、言うべき事を言えねぇ組織が真面に機能するかよ! そもそも、お前の苦労なぞ、俺には関係ない」
「言い方はどうにかして下さいよ、言い方! どれだけ正しい事を言おうとしても、言い方が悪かったら聞いて貰えないのは常識ですよ⁈」
「何が常識だ! 見知らねぇ誰かが作ったルールに合わせるなぞ阿呆らしい。言い方ごときで人の良し悪しを測る様な馬鹿と話した所で時間の無駄な浪費だ!」
滅茶苦茶な論調を連ねるバーナード、内面に持つ実力より、外面の印象に人が左右されてしまうものだと知っていての言葉である。まるで、大多数の人間が馬鹿だと述べているに等しい。
「まったく、少佐は……」
このまま言い争った所で、この暴言生成機が意見を曲げない事はチェルシー少尉も解っており、嘆息によって話題を打ち切った。
何より、彼が何を司令官達に伝えたかったのかが気になったのだ。
「少佐の意見として、今後どうするべきだと思うんですか?」
「山を偵察させるべきだ。兵力、防衛設備、罠などを先に調べろっ言ったのに、あの馬鹿共……時間が惜しいとか言って聞く耳を持ちやしねぇ! 時間が惜しいんだったら、とっとと逃がしゃあ良いだろうが!」
「逃すとは、また……」
「何らおかしい話じゃねぇだろう。奴等は孤立してんだ、逃げたくて仕方ないだろう。俺達が追撃しないから逃げろっ言えば、喜んでこの山を明け渡すだろうよ」
「でも、行動の自由を許して、このまま第二軍の背後を脅かさせるのは……」
「だから孤立してんだっ言ったろ! 補給も心許なく、補給線も脆弱なんだよ! 幸い、グーラスの市街地はまだ奴等が持ってっから、そっからシュテルン海岸に上陸した味方と合流して安全を図るだろうよ」
「それでは、海岸の戦力を上げる羽目に……」
「何があるか判らん、敵に有利な山に突っ込んで無駄な犠牲を出すよりかマシだ。海岸の方が地理的優位は無ぇからな」
チェルシー少尉の質問に対し、スラスラと名回答を連発するバーナード。彼は確かに口は悪く、態度も悪く、他人に良い印象を持たせ難い人物だが、戦術家、戦略家、指揮官としては間違いなく有能だった。
苛烈な性格に似ず慎重な行動力、特に敵に関する情報収集、後方支援の徹底、罠の把握は入念で、今まで彼が指揮した戦いに於ける味方の死者はかなり少なく、着実な勝利を手にして来た。これにより、上官や同僚との対立は顕著だが、部下からの信頼は厚く、人望も厚いのだ。
おそらく、この旅団の中で最も有能であるのがバーナードであり、自分より無能な奴等に指揮される部隊を見て居れず、自分が指揮されるなど死ぬ程嫌なのだろう。
(少佐は口も態度も悪いが……言っている事は芯を射ている。嫌いな奴だからと言って聞かずに終わらすのは、確かに勿体ない……)
そう、チェルシー少尉はバーナードを評価はしているのだが、やはり、切れ味鋭い性格で他に怒りを芽生えさせるのは止めて欲しい。
エルヴィンの不真面目さにアンナが悩まされる様に、シャルルの暴走にジャンが胃痛を催す様に、彼女もまたバーナードの苛烈さに頭を抱える羽目となっていた。
「本当に、人当たりさえ悪くなければ完璧なんですけどね……」
「人に左右されるなんざ御免だ。他人に嫌われ様が知ったこっちゃねぇからな」
「それで、少佐の意見を通す機会すら無く負けた、なんてなったらそれこそ問題でしょう」
「チッ……」
バーナードが舌打ちを零して黙り込む。正論を言われ、自分の非を認めざるを得なくなると、更に不機嫌になるのだ。
「今回ばかりは大丈夫だろうよ。俺達が退いた絶好の逃げるチャンスをみすみす見逃した間抜け共だ。こんな奴に負ける程、司令部の馬鹿共も低脳じゃねぇだろう」
王国軍の指揮官の質は年々低下している。当然だ、大抵の兵は、反乱軍との戦いや辺境植民地での小競り合いぐらいしか経験していないのだ。精強を誇っていた軍だろうと鈍ってくる。
しかし、帝国軍が有能かと言えば否だろう。ブリュメール方面軍はともかく、他の部隊は王国軍よりマシ程度である。間抜けにもリーズスティーン地方を奪われたのが何よりの証拠だ。
ただ、警戒を怠る程、薄い脅威ではない。全体は無能ばかりでも、全員が無能ではないからだ。一人、二人、無視出来ぬ者が居てもおかしくはない。
「何粒かぐらいは有能な奴が帝国にも居るもんだが、今回は居ないだろうな。チッ、馬鹿と無能の戦い程、下らぬ戦いも無いってのに……」
そう、ウルスマ山を見上げながら呟いたバーナードだったが、そこに《霧の軍師》等が居る事など、当然、知る由もない。




