2-19 風呂にて
エルヴィンはいつものようにテレジア作の晩飯を食べると、暫くしてから外へ風呂に入りに向かった。
ヴンダーの街には和風建築の温泉があった。12年前の街の改修の際、エルヴィンがついでに作って貰ったものである。
エルヴィンは建物に入り、男湯の脱衣所へと向かうのだが、途中でルートヴィッヒと鉢合わせした。
「ルートヴィッヒ……君、出所したのか」
「元囚人みたいに言うの止めろ!」
「君、もともと犯罪者予備軍みたいなものだから……あまり違和感は無いんだよね」
「失敬な! 俺みたいな女性を愛する完璧紳士、他に居ないだろう!」
「……それ、自分で言って恥ずかしくないのかい?」
「事実なのだから問題ない」
胸を張りながら鼻を伸ばすルートヴィッヒに、エルヴィンはやれやれと思いながら苦笑し。肩をすくめる。
「ところで、君も風呂に入りに来たのかい?」
「あぁ、今上がった所だ。これから女の子達と遊ぶんでね」
「女遊びも程々にしなよ。君の素行が軍で問題になってるんだ。このままじゃ、君を推薦した私の信用にも影響してしまうよ」
「わかりましたよ、領主殿」
ルートヴィッヒの笑みを伴ったなんとも軽い返事で、彼に決して直す気が無い事をエルヴィンは察してしまうのだった。
ルートヴィッヒの素行不良に呆れながら、エルヴィンは彼と別れると、ゲルマン語で男湯と書かれた暖簾をくぐり、脱衣所に入っていった。
一方、エルヴィンと別れたルートヴィッヒは、約束の女性と会うべく建物から出ようとして、足を止める。
「お⁈」
出口にて、ルートヴィッヒは在る人物と出くわしたのだ。
そして、この瞬間、彼はとある悪巧みを思い付くのだった。
脱衣所に入ったエルヴィンは、身に纏った物を全て脱ぎ、タオル1枚持って風呂場へと入った。そこには、数人分が座れるシャワーと、満天の星空に見下ろされた露天風呂があった。
エルヴィンはシャワーで体を洗うと、お湯へと入り、タオルを頭に乗せ、肩まで浸かった。そして、気持ち良さそうな声を出しながら、気持ち良さそうな顔をする。
「やっぱり、日本人はお風呂だよね〜、元だけど……」
温泉には他に誰も居らず、エルヴィンは1人ゆったりと日頃の疲れを癒した。そして、ふと、この世界から転生してからの事を考え始める。
ファンタジーの様な世界。魔法や森人が存在する世界。この様な世界に転生して20年ぐらい経ったけど……やはり不満だなぁ……。
アニメや漫画などを趣味にする、趣味にした人間にとって、異世界転生は夢のような出来事ではあった。
しかし、
魔法は使えないし、特殊な能力もない、極め付けは第1次世界大戦前のヨーロッパの様な地獄の戦間期。何だろう、この地獄。 もう少し夢のある転生にしてくれても良かったんじゃないかな?
ファンダジー要素が遥かに低い世界。胸を弾ませる要素より落胆する要素の方が、圧倒的に多かったのだ。
特殊な能力やスキルを与えられ、魔法と剣の世界に転生し、勇者として活躍する。異世界転生とはそういう物だと思うんだけど……。
確かに、前世の記憶が役に立っている部分はある。歴史や現状は、前世と酷似している部分があるから。
しかし、私が持っている知識は一般人に毛が生えた程度だ、歴史にしてもそう。
本当なら、大学でもっと歴史を詳しく、細かく学ぶ筈だったのになぁ……。
エルヴィンは大きな溜め息を吐く。
まさか自分が、歴史上に記録さた近代戦真っ只中の様な時代に飛ばされるとは……平和な国で育った自分には辛過ぎる。
あ〜っ! アニメが観たい! 漫画が読みたい! 平和な世でダラダラ過ごしたい‼︎
エルヴィンは遥か遠くの空を見詰めながら、もう遠い前世の生活を思い出しながら、そう考えずにはいられなかった。
世界や自分の人生への不満を零し続けたエルヴィン。そんな時、1人の人物が脱衣所から入って来た。
「そろそろ上がるかな」
誰かが来たからという理由ではなく、それでふと我に帰ったからという理由でエルヴィンは立ち上がり、頭の上からタオルを取って手に持つと、出口に向かって歩く。
お湯を足でかき分けて歩き、お湯から上がろうとした時、先程入って来た人物と自然と目が合った。
「……へ?」
エルヴィンはその人物の顔を見た途端、目を丸くし、立ち尽くし、思わず間抜けな声を上げた。
そして、それは相手も同じだった。
「……エルヴィン?」
エルヴィンの名を呼ぶ声。それは聞き慣れた綺麗な高い声だった。
目に前に居た人物は、スラリと伸びた細い足、適度に鍛えられたクビレ、膨らみはあまり無いが綺麗な型をした腹部、金髪ブロンドの髪を肩に掛け、森人特有の長い耳を覗かせる。
そう、エルヴィンの目の前には、一糸纏わぬ姿のアンナが居たのだ。




