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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第8章 リーズスティーンツ戦役
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8-18 謎多き同行者

 世暦(せいれき)1915年1月17日


 シュテルン海岸周辺の勢力圏を確保すべく、近隣の拠点奪還に向けて、帝国軍は作戦を開始する。


 エルヴィン達第十一独立遊撃大隊とアベリーン大尉率いる第三三二砲兵大隊は、リーズスティーツ地方の都市の一つグーラスを目指し、足を進めていた。



「市街地か……これはなかなかに面倒臭そうだよね」



 雪を踏み、白い息を吐いて、軽く寒さで肩を震わせながら、エルヴィンは視界の奥に見える建物群を眺めた。



「市街地戦ともなれば、当然に敵はゲリラ戦術を適用とする。防衛戦に特化した厄介な戦術だ」


「にもかかわらず、そこを最初の攻撃地点に選んだのですね。面倒臭がりな貴方が……」



 隣に並び歩くアンナに、怪訝な視線を向けられたエルヴィンは、苦笑を浮かべて肩をすくめる。



「私が決めた、というより、押し付けられたが正確かな……? 誰もこの地を担当しようとしなかったから、私達の手に仕事が回って来たという訳さ。結構、重要な拠点でありながらね」



 グラース市はサンリガル地方に隣接する行政区であり、この地を確保しているかしていないかで敵背後を突く侵攻ルートが限定され、何より敵攻撃中の背後を取られる危険度を大きく左右する。


 その中心地たる市街地の確保はいわば急務であったが、障害物と遮蔽物が点在する地形上、泥沼の戦闘となる可能性が高かった。



「グーラス市街地だけに戦力を集中する訳にもいかないから、結局何処(どこ)かの部隊が担当せざるを得ない。結果、まだ攻撃先を明確にしてなかった、この部隊に巡り巡って押し付けられたという訳さ」


「貧乏くじですね……」


「そうだね。……まぁ、でも誰かがやらなきゃいけないから、仕事を任せられた以上、完遂はするさ」



 おそらく、尋常ならざる苦労は強いられるだろうが、完遂しなければ上陸作戦で死んだ兵士達は浮かばれなくなるだろう。そこまで責任を負う義務は無いが、義理はある筈だ。同じ帝国軍に属する仲間なのだから。



「確かに、市街地を攻略するには、この大隊だけでは足りませんから、他の部隊と合同になるのは当然です。しかし……」



 アンナは懐疑的に、少し離れた位置に居る、同伴部隊の"謎多き大隊長代理"へと視線を向ける。



「アベリーン大尉……彼は少し不気味です。大隊長代理、というのがそもそも気掛かりです。本当の大隊長はどうしたのでしょうか……?」


「一応、さっきその事を彼の仲間に聞いてみたんだけど……どうやら戦い直前に左遷されて空席らしい。だから今、副隊長だった大尉が指揮を代行しているんだそうだ」


「左遷、ですか……」


「そう、左遷」



 大隊長が死んでいない、というだけ幾らか安心材料ではある。死んでいた場合、謀略で殺された可能性を孕んでいたからだ。


 しかし、左遷というのも気掛かりだ。好都合良く、指揮官が左遷などされるだろうか? 指揮官という地位自体、命の危険上、司令部所属士官の左遷先になっている様なものである。少々、不気味さが見え隠れしてしまう。



「確かにアベリーン大尉は油断ならない人物だけど、だからこそ余り視界から離れた場所に居させたく無い。どうやら私に興味がある様だし……最悪、背後からグサリッ、など御免だからね」


「比喩的にも、現実的にも……ですか」


「まぁ、何にせよ……グラートバッハ閣下を介した繋がりがあるとはいえ、()()()使()()()()()を信用も信頼もする気にはなれないさ」


「やはり、貴族なのでしょうか?」


「おそらくね……」



 アベリーンという姓に心当たりが無いエルヴィンだったが、アベリーン大尉の立ち振る舞いは少なくとも一般市民などでは無いだろう。大手商会の血縁者か、貴族の子弟だと言われた方が納得出来る。


 何より、前に彼を見て連想した固有名詞。今は忘れてしまったが、その名が貴族に繋がるものであったのだという事は覚えていた。


 わざわざ貴族として優遇される事を拒んで偽名を使っているのは何故か? 


 何故、多少の名声はあれど、辺境の小さな地域の領主でしかないエルヴィンに接触してきたのか?


 彼は一体何者なのか?


 謎が解けぬ限り、アベリーン大尉を仲間として扱う事は出来そうになかった。



「この戦いが終わるまで、彼の動向を見守っておくとして……差し詰めはグーラス市の奪還についてだね。これぐらいはアベリーン大尉も協力してくれるだろう。貴族達にしても、目と鼻の先に敵対的な肉食獣の巣があって、心穏やかでは居られないだろうしね」



 不安要素は多い。アベリーン大尉についてもそうだが、グーラス市攻略自体も無視出来ぬ難関が点在している。


 如何(いか)に味方の犠牲少なく、街を無傷に近い型で、残された市民の犠牲を最小限に攻略するか、無理難題に等しい課題を、エルヴィンは解かねばならないのだ。



「街に着き次第、先ずは敵兵力、配置、地形を確認した後、兵を分散させているだろうから各個撃破を旨とし、合流を阻止しつつ、兵力を地道に削っていく。これしかないかな……」



 複雑な地形では、下手に兵力を集中するのは得策ではないが、部隊を分け、然るべき時に合流しての包囲を念頭にすればまだ動き易く、一部を敵他部隊の足止めに使っている間に敵を各個撃破すれば良い。敵が此方(こちら)より少ないと楽だが、多かった場合は、どの道この作戦しかないだろう。



「やれやれ……これは引き受けるんじゃなかったかな……」



 貧乏くじを引いたと覚悟はしていたが、これは凶ではなく大凶になりそうだと、エルヴィンから嘆息が(こぼ)される。


 こうして、憂うべき理由を痛感させられながら、エルヴィン達はグーラス市街地を目前に捉えるのだった。

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