2-17 領主の仕事
世暦1914年5月6日
エルヴィンは使用人に掃除された書斎にて仕事に追われていた。その表情は暗く、明らかに意欲的に仕事をしている様には見えない。
目前の机の上には大量の書類が山のように積んであり、彼はそれを1枚1枚に目を通しつつ、サインしていった。
「なんか……正規軍にいる時より、書類が多く感じるんだけど……気の所為かな?」
「気の所為じゃ無いですよ。間違いなく多いです」
アンナは、書斎中央にある2人様ソファーに座り、目の前の机に置かれた書類に目を通しながら、然りげなく返事をした。
「命がけの職場より、安全で穏やかな職場での仕事量の方が多いって異常だよ? まさか、君が無駄に増やしてたりしないよね?」
「するわけないでしょう? そんな馬鹿な話ししていないで、早く仕事を進めては如何ですか?」
抵抗が軽く流されたエルヴィン。心底、書類仕事から解放されたかった彼は、アンナが資料の確認に集中しているのを確認すると、席をそっと離れ、彼女に気付かれない様に恐る恐る書斎出口に向かった。
「よし!」
アンナに気付かれないまま出口に差し掛かったエルヴィンは、軽くガッツポーズし、出口のドアノブに手を掛ける。
「何、しているんですか?」
背後から聴こえて来た声と共に襲った悪寒。エルヴィンの背後で、アンナが冷たい眼差しを此方に向け立っていのだ。
それに、エルヴィンは冷や汗がダラダラと流す。
「アンナさん……これは、ですね……」
逆鱗に触れないよう丁寧語になるエルヴィン。しかし、アンナは無情に、彼の後ろ襟を掴むと、書類の山が積まれたデスクへと引きずっていく。
「働きたくない……仕事したくない……何故、私が書類仕事なんてやらなければならないんだ? 領主だよ? 貴族だよ? もっと楽が出来て然るべきだろうだと思わないかい?」
「領主で貴族だからでしょう。諦めて仕事して下さい!」
「私がワザワザ書類を片付ける必要ないよね? アンリさんに任せれば良いじゃないか!」
「父だって忙しいんです。この書類だって、元々あった分の半分なんですよ?」
エルヴィンの最後の悪足掻きもアンナに軽くあしらわれ、彼は渋々椅子に座り、山の様に積まれた書類を片付けた。
その後、3時間程で書類仕事を全て終わらせたエルヴィン。その時には、彼は机に顔を突っ伏し、廃人の様に燃え尽きていた。
「お疲れ様でした。少し休憩しましょう」
アンナが、決済し終わった書類を纏めながらそう告げると、それを予測していたかの様に、テレジアがコーヒーを持って書斎に入って来た。
「兄さん、アンナさん、お疲れ様です」
テレジアは、コーヒーが入ったカップをエルヴィンとアンナに手渡した。
「ありがとうございます」
「ありがとう……置けるスペースにでも置いといて」
エルヴィンが顔を机に突っ伏しながら言う姿を見て、テレジアは可笑しかったのか、微笑みを見せながらコーヒーをデスクの空いた所に置くと、部屋を後にした。
テレジアが去り、エルヴィンはまだ疲労を見せながらも顔を上げ椅子に座り直すと、彼女の淹れたコーヒーを口にし、心と体を休ませるのだった。




