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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
421/450

7-104 急転

 共和国二要塞の一つが(おと)された事によって終結したオリヴィエ要塞攻防戦。数多の死者を生み出し、互いに大きな爪痕を残しながら、少しずつ変化を余儀なくされる時代の波を、幾人かの兵士達は敏感に感じ取っていた。


 少なくとも、先を読む能力を持つものなら誰でも、帝国軍による大侵攻が計画され、共和国の都市の幾らかを炎で包むだろうという未来を、貴族達の性分から簡単に予期した事だろう。


 そんな者達ですら、()()()()()を予測は出来なかったが。




 世暦(せいれき)1914年11月25日


 オリヴィエ要塞陥落から六日経ち、未だに共和国軍に睨まれはしながらも、残存兵力は互角。最早、奪還される可能性は低い以上、敵が退くのは時間の問題であり、要塞が恒久的に帝国のものとなるのは確実であったと言える。


 "ある通信が(もたら)される迄は"



「ふざけるなぁあっ‼︎ いったいどれだけの屍を積み上げて奪い取ったと思っている‼︎」



 オリヴィエ要塞通信室。本国からの有線ケーブルが繋げられた事で方面軍司令部との密接な通信が可能となったのだが、それにより告げられた最初の命令に、エッセン大将は激怒した。


 年老いて短気になっている、というのも無い訳ではないが、今回ばかりは、彼の怒りへ投下された燃料を誰もが可視化出来た。



「"オリヴィエ要塞を即座に放棄し、本国に帰還しろ"だと⁈ 俺達を舐めているのか貴様ぁあっ‼︎」



 受話器越しに、グラートバッハ上級大将の首席副官ヘニッヒ・ノイス少佐へ、老練将帥の怒号が放たれる。



『閣下の御怒りは御尤もですが、これは本国総司令部の命令です』


「どうせ、また貴族共の足の引っ張り合いによるものだろうが‼︎ 俺達がそれを聞く必要は無い筈だ! グラートバッハ閣下がそんな兵士達の死を嘲笑う様な命令を承諾するとは思わなんだ‼︎」


『閣下も苦渋の決断だったのです! 今回はそれ程までの重大な事態が起きたのです!』


「何を言われようとオリヴィエは手放さん! 本国に戻るのは、敵が撤退し、要塞の恒久的維持が確約された時だ! 部下達の死を無駄になど出来ん‼︎」


『エッセン閣下、どうか御話を……』


「口説い! 何と言われようと我々は此処(ここ)から動かんぞ‼︎」



 エッセン大将の頑固さに、受話器越しにノイス少佐の悩み声が聞こえて来る。

 ノイス少佐自身、エッセン大将の怒りは当然だと思っていたし、説得するのが困難であろう事は予想していた。しかし、此処(ここ)まで聞く耳持たずでは話自体が成立しないため、最早悩むしかない。



「話はそれだけか! 下らぬ用だけなら切るぞ!」


『御待ち下さい! まだ話は……ん? はい……え? いえ……わかりました……』



 突然、訳のわからない言葉を連ねたノイス少佐に、エッセン大将の眉がひそめられると、受話器越しの声が重厚なものへと変わった。



『エッセン大将、すまんな。私自ら伝えるべきだった』


「グラートバッハ閣下⁈」



 受話器越しに聞こえた上官の声に、エッセン大将の背筋が伸ばされる。



「閣下自らとは恐縮ですが、例え直接的命令であろうと、部下達の死を無駄にするがごとき行為を行う気は御座いません!」


『兵士達を犠牲にして手に入れた物を手放せというのだ……怒って当然だ。貴官の気持ちは分かる。何せ……貴官の部下は、私の部下でもあるのだからな』



 グラートバッハ上級大将の言葉にハッと気付かされたエッセン大将は、激怒の炎を鎮めると、簡単に怒声を発した己の短慮を恥じた。



「申し訳ありません……少々短気に過ぎた様です。数々の無礼、御容赦を。ノイス少佐にも小官が謝っていたと御伝え下さい」


『わかった。しかと伝えておく』



 気を取り直し、グラートバッハ上級大将の口調が本題へと入るため重苦しいものへと変えられる。



『エッセン大将、そこにはクレーフェルト大将も()るのか?』


「いえ、小官の代わりに兵士達の指揮を()っております!」


『そうか……出来れば早く伝えておきたかったが……仕方がない。(こと)は貴官が思うより深刻であり重大だ』



 一息入れ、まだグラートバッハ上級大将自身に残る困惑が薄まり冷静に戻された(のち)、告げられる。



『早朝……外務省にある手紙が届けられた』


「手紙、ですか……?」


『内容を抜粋するとこうだ。「近年の貴国の蛮行は余りある。私利私欲に走る権力者が跋扈(ばっこ)し、民を疲弊させるがごとき悪業を看過すること最早出来ず。よって、此処(ここ)に宣言する」』



 此処(ここ)まで来て、内容の続きを察したエッセン大将の額から冷や汗が流れ落ちた。



『「世暦(せいれき)1914年11月25日をもって、貴国との条約は破棄、此処(ここ)に宣戦布告を宣言するものである。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」』



 場を沈黙が支配した。信じられない。いや、信じたくない現実が、光を遮り、巨大な影となって現れたのだ。


 世界で最も多くの植民地を有し、魔導工学の発端となり、近代文明の中心地となった大国。


 沈む事なき太陽を頂く怪物が、静かに研がれた牙をちらつかせ、ゲルマン帝国を飲み込もうと、その大きな口を開いたのである。




 この日を持って、ゲルマン帝国とジョンブル王国の戦い、"リーズスティーンツ戦役"が幕を開ける事となった。


 帝国の病を促進し、滅びへと誘う事になる大戦は、後世歴史の転換期として知られる事となる。


 しかし、それはジョンブル王国が動いた事ではなく、この戦いである出会いが(もたら)された事による。


 エルヴィン・フライブルク。彼が()()()()()宿()()()()()()()に邂逅する事となるのだから。

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