2-16 過去の夢
世暦1912年6月3日
オイゲン・フライブルク大将、二階級特進して元帥の葬儀が帝都で盛大に行われた。
オイゲンは5月20日に起きた共和国との戦闘で、独断行動をとった味方を救う為、敵に攻勢をかけた。その結果、味方の救出に成功し、戦い自体にも勝利する事となり、彼等は喜びと安堵に包まれながら帰路に着く事になる。
しかし、軍が撤退を開始した直後、敵狙撃兵の撃った銃弾がオイゲンの心臓を貫通。そのまま、オイゲンは息を引き取り、還らぬ人となった。
名将オイゲンの死。それに帝国内は悲しみに包まれ、帝国貴族達はオイゲンを英雄と称えたながら国民の前で演説する。
「共和国は巨悪であり、憎むべき敵である! 平和を目指した大陸統一を阻み続けた挙句、統一の夢実現に心血を注いだ英雄フライブルク大将を殺したのだ! そんな奴らを巨悪と呼ばず何と呼ぶ‼︎ 我々はその巨悪を滅ぼさねばならない! そして、ライヒス大帝の掲げた夢を実現し、大陸を平穏へと導くのだ‼︎ 勇敢な国民諸君、亡き英雄フライブルク大将の死を無駄にせぬ為に、邪悪たる共和国の奴等を、この世から消し去ろうではないかっ‼︎」
それを聞いた国民は奮い立ち、雄叫びを上げた。そして、心打たれた多くの男達が軍へと志願していった。
オイゲンは人格者であり、平民出身の兵士からの信頼も厚く、国民からの人気も高かった。
そんな人物が共和国の戦いで亡くなった事は、国民を反共和国を掲げさせ、男達を軍へ志願させる大きな宣伝となったのだ。
しかし、エルヴィンは知っている。
こんなものは幻想であり、今は盛大に嘆き悲しまれた英雄など、国民は直ぐに忘れさるだろう。そして、帝国により新たな英雄が祭り上げられた時、其方にもまた同じ反応を示すのだ。
例えそれが、真意では英雄とは一切思っていないにも関わらず、英雄の死を利用し兵士を集める為の、貴族達のプロパガンダであったとしても。
貴族達は自分達が得る戦争に於ける利益の為、軍需産業からのリベートや戦争需要の為に、平民の命を使って戦争をしている。
自分達が戦争を引き起こし、長引かせ、兵士達を戦場に送っているにも関わらず、彼らは安全な場所で、まるで他人事の様に、戦争を娯楽劇の様に観戦しているのだ。
貴族達は共和国を悪と言うが、そう言って国民を死地へ追いやる貴族の方が悪ではないのか?
エルヴィンは、この国がどれほど腐っているのか改めて実感する事となった。
盛大な葬式が行われた夜、貴族達主催の「フライブルク大将の為に」という名目の晩餐会が開かれた。勿論、参加できるのは貴族だけである。
これを知らされた時、エルヴィンは吐き気が出そうだった。
只パーティーをしたいが為に、その名目として、死んだ人間の名を使ったのである。しかも、自分の父親の名を。
エルヴィンは貴族と元帥の息子という肩書き上パーティには参加せざるを得なかったが、流石に気分を害し、晩餐会場の隅に居た。
すると、近くの貴族達の笑い声が彼の耳に入ってきた。
「あの変人貴族、最後になんて言ったと思う? 兵士達を守ることが出来て良かった……だと! 兵士なんて使い捨ての道具なのにな〜」
「全く、愚かな男ですな! あれが、我々と同じ貴族とは……貴族の名誉を傷付けかねません」
「そういえば奴の息子も、下賎な獣人に肩入れしたとか聞いたな……父親が愚かなら、その息子も愚かということか……」
エルヴィンはその会話を聞き、怒りで手を強く握り締めた。
彼自身が侮辱されたからでは無い。父が侮辱されたからではない。
その貴族達の中に、父が命がけで助けた部隊の指揮官が居り、その男までもが、事もあろうに助けてくれた筈のオイゲンを、恩知らずにも嘲笑っていたのである。
エルヴィンは怒りの湧き上がりが止まらず、その貴族に殴り掛かりたい願望で支配され始めていた。
しかし、それを必死で抑えていた。
自分にはまだヴンダーの町に守るべき者達が居る。ここで殴ってしまえば、その者達にも被害が及んでしまいかねなかったのだ。
エルヴィンは収まらぬ怒りを我慢しながら、無理矢理、拳をしまうと、胸苦しい晩餐会場を速足で後にするのだった。
世暦1912年6月8日
オイゲンの葬儀から5日後。士官学校に残ったエルヴィンは、あれから何故かルートヴィッヒと会えていなかった。
漫然とした不安に襲われた彼が教官に話を聞いてみると、驚くべき返事が返ってくる。
「ルートヴィッヒなら退学したよ」
「……えっ?」
エルヴィンはなんとも言えない喪失感を感じつつ耳を疑った。
「どうして……! 理由は……⁈」
教官がエルヴィンに話した内容はこうだった。
ルートヴィッヒは4日程前に傷害事件を起こし、しかも、その相手がある貴族の子弟であったらしい。
幸い、貴族の子弟が騒ぎになる事を嫌い、警察沙汰にはならなかったが、お咎め無しとは出来ず、士官学校退学は免れなかった。
話を聞いたエルヴィンは驚いていた。その貴族の子弟というのが、晩餐会で父を侮辱していた貴族だったからだ。
だからこそ、察するのに時間は必要無かった。ルートヴィッヒは何らかの方法で晩餐会での出来事を聞き、自分の代わりにその貴族を殴ってくれたのだと。
そして、ルートヴィッヒに申し訳ないという気持ちが生まれながらも、友人が自分の為にやってくれた事自体を、エルヴィンは嬉しく思ってしまうのだった。
世暦1912年7月4日
士官学校の卒業式が行われ無事卒業出来るエルヴィンだったが、その頭はある別の楽しみに支配されていた。
卒業式の後、エルヴィンは直ぐに校門を出ると、その前では、約1ヶ月ぶりに会う親友ルートヴィッヒが笑みを浮かべながら立っていた。
「男爵殿、約束、忘れてませんよね?」
ルートヴィッヒに会えたエルヴィンは、ふと笑みを浮かべる。
「残念ながら覚えてるよ」
「残念とは失礼な! 俺の成績知ってるでしょう? 損はさせませんぜ」
軽口を言いながら笑う2人。そう、ルートヴィッヒをフライブルク軍に入れる約束、それを2人は覚えていたのだ。
再会の余韻に浸りながら、2人は親友と早速駅へと向かう。
エルヴィンの故郷、ヴンダーへと向かう為に。
世暦1914年5月5日
「兄さん…………兄さん……起きて下さい!」
エルヴィンはテレジアの揺すりと声で目が覚めた。いつの間にか、ソファーに座りながら肘置きで頬杖を付いて眠っていたのだ。
「ん? 寝てたのか……?」
エルヴィンは少し寝ぼけながらふと時計を確認した。そして、時計の針が昼の1時を回っている事に気付き、完全に眠気が飛ばされる。
「あ⁈ 昼飯!」
昼飯の時間を1時間もオーバーしたエルヴィンは、少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「テレジア、すまない……昼飯に遅れてしまったね……」
「次から気をつけて下さいね。今回は兄さんの分ちゃんと残してありますけど、次は残しておきませんから」
テレジアは少し不機嫌そうにプウッと頬を膨らませたが、直ぐに「しょうがない兄さん」と微笑みに変え、部屋を後にしていった。
そんな彼女の背中を見送りながら、エルヴィンはさっきまで見ていた夢の余韻に浸っていた。
「懐かしい夢を見たなぁ……」
過去の追体験。本当に妙な夢を見たと、エルヴィンは微笑を浮かべた後、ソファー立ち上がり、背筋を伸ばし、不思議な気分を味わいながら、食堂へと向かうのだった。




