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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
416/450

7-99 半分以下

 気絶したペサック大将の代わりに幕僚達から交渉に応じる旨が知らされたルミエール・オキュレ基地では、兵士達に武装解除が言い渡され、緊張感からの解放と共に、一様が腰を床に着け始める事が出来た。


 それは、東防衛線に居たエルヴィンも同様であり、ガンリュウ少佐だけは壁に背を預けるだけだった。



「やっと終わった〜……」


「御苦労だったな」


「君もね。君は座らないのかい?」


「それぐらいの体力は残してある。これ程度の疲労で立てなくなる様では、《武神》には一生勝てん」



 《武神》の足下にも及ばなかったのが余程に悔しいらしく、雪辱の機会をガンリュウ少佐は待っている様だった。



「《武神》か……今回はどうやら居なかった様だけど、居たら負けていたかもしれないね」


「奴は単騎で戦況を覆せるからな。今回が瀬戸際での戦いだった以上、間違いなく負けていただろう」


「また運に救われたね」



 エルヴィンの過去の戦歴は結果だけ見れば確かに輝かしいものばかりだ。しかし、過程を見れば紙一重の勝利ばかりでもあり、犠牲も多く、手放しで喜べるものでもない。運が良くなければ負けていた、というのも間違いではないのだ。


 かといって彼が運だけの人物かと言えば否であろう。


 彼の主な戦いは全て不利な状況からの逆転劇だった。運程度の微調整ごときで覆せる戦況では無かった筈だ。


 それでも勝ち続けられたのは、(ひとえ)に彼が運による微調整を加えて勝てる迄に戦況を回復させて来たからである。


 たからこそ、ガンリュウ少佐にしても、性格や多くの能力に問題があるエルヴィンを、策略家として尊敬に値すると判断して来たのだ。


 それ等の事実を告げてやっても良かったが、言った所で謙遜されて終わるからと、何よりサボり癖のある奴を褒めるのに嫌悪感があったからとで、口に出す事はしなかった。



「報告が遅れたが……先程、プフォルツハイム伍長から報告が来た」


「珍しいな……いつもは伝令でなければ、ビーレフェルト軍曹が伝えに来るのに……そういえば、東防衛線の戦いに参加してから会ってないな」


「戦闘開始後直ぐに重傷を負って、今は野戦病院だからな」


「本当に⁈ しかもそれ、聞いてないんだけど⁈ 大丈夫なのかい⁈」


「重傷と言っても瀕死ではなく、右足の骨折程度だ。それ程複雑ではないから数週間で治る」


「そうか……なら良かった……。でも、何で誰もその事を知らせてくれなかったんだろう?」


「伝えられなかったのは、そんな暇が無かったからだろう。一歩も間違えられない戦いだったのだから当然だな。そもそも……何故、自分の副官の事情ぐらい把握してないんだ、お前は……」


「それは……面目次第も御座いません……」



 「此奴(こいつ)は色々と詰めが甘過ぎる」と、ガンリュウ少佐から嘆息が(こぼ)される。



「話が脱線したな……プフォルツハイム伍長からの報告だが、この戦いのこの部隊における総死者数が分かったそうだ。死者の数は百三十……およそ三割程度だな」


「三割、か……」



 エルヴィンの表情に陰りが落ちる。



「君は……私の戦歴を知ってるんだったよね?」


「ああ……グラートバッハ閣下に聞かされている」


「なら知っていると思うけど……私が指揮した今までの戦いほぼ全てにおいて、最後に残った仲間の数は半分以下だったんだ」


「敵との兵力差を考えれば、妥当より少ない数だと思うがな」


「そうだろうか……? 私にはそうは思えない。犠牲を出してしまっている時点で、とてもでは無いけど、褒められた勝利じゃないよ」



 エルヴィンには理想家な部分がある。戦争において誰も死ぬ事がなく勝利を得たいと本気で考えているのだから、現実家とは言えないだろう。


 しかし、それは妄言と言う程の実行困難性はなく、ある程度は現実的だ。実際、孫子の兵法にも戦わずして勝つのが良いと書かれおり、手が届かない訳じゃない。


 それでも、遥か先にしか存在しないというのもまた事実で、彼自身、現実も見えるため、理想なのだと割り切っている部分もあった。これだけ見れば完全な理想家なのだとも言えない。



「犠牲無しで勝つ、なんて……妄想なのは分かってるさ。まぁ、分かってしまっている時点で、理想を追い求める事など出来ないんだけどね。途中で挫折して、諦めてしまうから。そんな中、また立ち上がって目指そうと言うんだから……滑稽なんだろうね」


「それが悪い事とは思えんがな。その理想を諦めないお前の姿勢が、部下達の犠牲低下に繋がっている。現実を見ない者には破滅しかないが、理想を見ない者には進歩もない。理想を抱きながら、現実である程度ブレーキを掛けられるお前は、或いは理想的な在り方なのかもしれん」


「それ……別の言い方をすれば中途半端って事だよね……?」


「そうだな、中途半端は良くない」


「褒めているのか、改善を要求しているのか、どっちなんだい?」


「俺も分からん」



 結局何が言いたかったのだろうと首を傾げるエルヴィンだったが、ガンリュウ少佐自身も結論を導き出せてはいなかった。


 エルヴィンには弱点が多過ぎる。その理由は彼の性格が中途半端だからというのもあるだろう。だからこそ、変えた方が良いのかもしれないが、首を横に振れる。


 理想的考えと、それを無理だと割り切れる現実的な考えを持つからこそ、エルヴィンを尊敬するに足る策略家足らしめている面があるからだ。


 理想的な面とそれに準ずる行動に兵士達は惹かれているが、現実的価値観が無謀を抑制して兵士達を生かし続けてもいる。


 矛盾した性格同士が歪ながら噛み合っている、というのがエルヴィンなのだ。


 だからこそ、どちらにも傾いて欲しくないのだが、先程も言及した通り中途半端は身を滅ぼす。


 なら、どうするべきかと考えた瞬間、自分は何が言いたかったのか、ガンリュウ少佐は(ようや)く腑に落ちた。


 (もう少し頼らせたいのか……)


 エルヴィンは仲間達に仕事を丸投げして、上手くサボっている様に見えるが、策略家として彼はより一層の苦労を強いられている。当然だ、毎度訪れてきた窮地を簡単にいなしてきた訳ではない。ただでさえ優しい精神で仲間達の死を耐えながら、現実を見ながら脳が焼き切れそうな思考を続けてきたのだ。


 仲間を安心させて存分に戦わせるために、彼等が使うべき頭脳と背負うべき心労を彼が一手に引き受けていたのである。


 それ等を気付かずに任せっきりにしていた自分達にも責任はあるし、任せるしかなかった自分達の不甲斐無さを痛感させられる。


 だからこそ、任せられる部分は出来るだけ自分達に委託して欲しいのだと、ガンリュウ少佐は思ったのだ。


 (こんな事、言える筈も無いがな……)


 言った所でエルヴィンは、「自分も君達を頼り過ぎているのだから、元々おあいこだよ」などと(かわ)されて終わるだろう。


 実際、自分も含めた全員、肉体的に彼よりキャパシティーを超えた仕事をさせられている。それ以上にエルヴィンの方が精神的に過剰なキャパシティー超えをしてしまっているのだが、精神的なものは分かり辛い。肉体的な方が分かり易く、肉体的に最も疲労を強いられる自分では、彼に何を言っても心には響かないのだとわかる。


 此処(ここ)まで来れば、容易く彼にモノを言えるアンナ・フェルデンという存在は貴重であったのだろう。



「日に日に、フェルデン中尉の存在が大きくなっていくな……」



 おもわず皮肉気に口に出してしまったガンリュウ少佐。結局、副官の代わりに誰を付けても彼女の代わりにはなれないのだと、一周回った結論を導き出してしまったのだ。



「回復役を欠いてしまっていた以上、今回は此奴(こいつ)に大分無理をさせてしまっていたか」



 今更になって気付いたのに情け無さも湧いてくる。エルヴィンは容易に悲鳴をあげられない奴なのだと薄々気付いていながら、大して彼の感情を探ろうともしていなかったのだ。



「本当に……此奴(こいつ)にとって彼女は、もう一つの命なのだな」



 彼女なら此奴(こいつ)の変化にも気付けた筈だ。彼女なら此奴(こいつ)の悲鳴も聞こえた筈だ。彼女なら筈だった、と考えてしまう時点で、アンナの重要性が高いのだと証明される。



「せめて……代わりの副官……いや、メールス一等兵が多少の心の支えになってくれていれば良いんだがな……」



 そう思ったガンリュウ少佐は、後は全てフェルデン中尉に任せる事にし、無駄な物思いは止めようと、嘲笑を心の中に留めつつ、エルヴィンへと再び視線を向ける。



「取り敢えずは勝利した。オリヴィエ要塞攻防戦は帝国軍の勝利に終わる。オリヴィエ要塞が落ちた以上、大戦が帝国軍優勢で動き出すな」


「だろうね。これからは帝国軍が共和国の市街地にも手を出し、悲惨な死を振り撒くだろう。それに拍車をかけてしまったと考えると……余り考えたくもないね」


「同感だな。それに、お前は大分点数稼いだ。大佐に出世は確実だろう」


「うっわ! それもあったよ! 嫌だなぁ〜……」


「オリヴィエ要塞を落とすのに貢献したのだから当然だ」


「断れないかなぁ……」


「無理だな。出世したくても出来ない奴の事を考えれば、容易く承諾など出来んだろう」


「だよね……」



 心底、嫌そうな顔をするエルヴィン。21歳で大佐など、現最年少記録を優に超える出世の速さである。褒められるべき記録だが、だからこそ妬みの対象になり易く、貴族社会では妬みは顕著である。これ等の背景によって彼は出世が嫌なのだな、と簡単に予想が出来るだろう。出世に比例して仕事が増えるという理由も過分に含まれているだろうが。



「まぁ……出世してしまうのは仕方がない。幸い、当分は共和国軍も動けないし、帝国軍も流石に中央を動かすしかないだろうからね。当分は欲しくても出世の機会は無いさ」


「それに関しては俺も喜ばしい。当分、休める。仲間の死を見ずに済む」


「君もそう思う時があるんだね?」


「当然だ。何せ……」



 微かに此方(こちら)を呼ぶ声が聞こえた二人は、背後を振り返った。



「大隊長〜っ! 副隊長〜っ!」



 少し先にて此方(こちら)へ大きく手を振る少女シャルと、それの背後で佇むジーゲン、フュルト両大尉率いる仲間達。


 自分達を迎えに来た彼等を見て、ガンリュウ少佐の口元が綻んだ。



「俺自身、この部隊を気に入っているのだ。それか欠けていく姿を見るのは、嫌だろう」



 珍しく素直な感想を吐いた彼に、エルヴィンも同じく口元を綻ばせ、二人は仲間達の下へ歩いていった。


 今回も無事生き残った事に感謝しながら精一杯の感動を、消えていった戦友達を惜しみながら精一杯の悲しみを、仲間達と分かち合う為に。

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