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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-96 惨めな結果

 オリヴィエ要塞の陥落。事実上の大敗に対し、最も心穏やかで居られなかったのが総司令官ペサック大将であっただろう。



「この愚図共がぉあああああああああっ‼︎ 何故みすみすオリヴィエを落される様な無様を晒したのだ! これで俺の地位は最早、失墜確定だ! どうしてくれる‼︎」



 幕僚達へ怒鳴り散らすペサック大将。オリヴィエ要塞の陥落により彼の名声は消失した。階級降格、左遷、更迭、ありとあらゆる敗戦の責を彼は取らねばならなくなったのだ。


 苦労して、媚びを売って、頭を下げて手に入れた地位が崩れる音が脳内に響く(たび)に、彼の冷静さも失われていく。



「貴様等が愚図な所為で、愚図な所為で、貴様等が悪いのに、何故俺が降格させられなければならんのだ!  責任を取るべきは貴様等だ! 俺が取るべき筈が無い‼︎」



 今回の戦い、敗戦の理由は彼等が無能であったからではない。敵の在り方が異質だった故である。


 そもそも、今回の戦いに於ける第一功はエルヴィンであるが、彼は幕僚でも司令官でもない只の前線指揮官である。通常、前線指揮官に戦場一帯を動かす権限も無ければ、司令官に口を挟む機会もない。


 ところが、ヒルデブラント要塞攻防戦による彼の活躍により、今回の遠征軍の実質的総司令官たるエッセン大将とのパイプラインが構築され、窮地の際の知恵袋として活用された。


 もし、エルヴィンが戦略に口出し出来なければ、この戦いは共和国軍の圧勝で終わったに違いない。


 つまりは、たった1人の存在によって、戦局を見事にひっくり返されたのである。


 そんな事が知れ渡れば帝国民全員が歓喜し、共和国民全員が畏怖する事だろう。


 当然、こんな事実が明るみになる事は無いため、ペサック大将は自尊心に基づき、汚名の払拭に他者への責任の擦り付けを続けるしかない。



「何故、こうも俺の言う事を聞かない無能しか手元には()らんのだ! 崇高なる人間族しか置いておらんというのに……」



 能力に種族は関係無いと、幕僚の数人は考えたが、罵声の声量が上がっても堪らないと、口に出す事はなかった。



「クソクソクソクソ‼︎ 全て無能な幕僚や兵士共が悪い……そうだ! 兵士にも穢らわしい亜人共が居たな。そうだ、其奴(そいつ)等が足を引っ張ったに違いない! 元奴隷階級だった奴等が我々人間と同じ扱いだから駄目なのだ! 帝国の様に惨めな教育の受けられない貧民階級として扱えば良かったのだ‼︎ だから俺が負けたのだ! そうだ、国の制度に問題がある! そうに違いない‼︎」



 「あぁ、もう此奴(こいつ)は駄目だ」と、この場の全員が心の中で嘆息した。


 軍とは国に(つか)え、矛として敵と戦い、盾として国を守る義務を負っている。それを司令官が堂々と国の非難を始めたとあっては、最早、軍人としての義務を放棄したも同然だ。完全に泥舟とペサック大将は化したのである。


 あと何時間、こんな沈み行く船の中、音程が外れた楽器音を聞かねばならないのかと、幕僚達が辟易(へきえき)していた時、通信兵が現れ、報告を始めた。



「敵から通信です! 「現在、我々は貴国の兵一万人余りを捕虜としている。これを解放する代わりに基地内味方の脱出を黙認されたし! 第十軍団司令官アウグスト・エッセン大将」……以上です!」



 それに、ペサック大将の逆鱗が臨界点に達した。



「そんな交渉になど応じるかぁあっ‼︎ 見せしめに基地の敵は皆殺しだ! 女も子供も関係無く、捕虜すらも全て殺せぇえっ‼︎ この俺に無様を晒した事を帝国軍に後悔させてやる‼︎」



 最早、正気かどうかの話ではない。ペサック大将は完全に狂っている。これには幕僚達も危機感が湧き出し、先程から黙っていたマシー少佐が口を開いた。



「皆殺しなどいけません‼︎ もし、そんな事をすれば捕虜となった一万の味方が同じ目に遭う結果となります!  交渉に応じれば基地奪還も叶いますし、黙って応じ、更なる汚名を被らず事無きを得るべきです‼︎」


「ふざけるぁあっ‼︎  最早、汚れきった名などに価値ちなどあるかぁあっ‼︎ 汚れたものを更に汚しても意味などない。どうせ汚すなら、最後は敵の血によってであるべきだ‼︎ 全軍、基地への攻撃を再開せよ! 今直ぐにだ‼︎」


「閣下!」


「五月蝿い‼︎ 口を閉じろ‼︎ そもそも、貴様が無用な意見具申などしなければこんな無様にはなっていないのだぞ‼︎ 誘拐の時も貴様が判断を誤らなければ起きなかった筈だ‼︎ 目障りだ! 消え失せろ‼︎」



 ペサック大将の狂った罵声に対し、何と惨めだろうと、マシー少佐は苦虫を噛み潰した。


 自分でもロクでもない事をして来たのは分かっているし、出世欲に従ってペサック大将に寄生し、利用して来た自覚もある。


 その結果がこれである。積み重ねたのは功績ではなく汚名のみ。挙げ句の果てに、この状況を他の幕僚達から非難の目で見られる始末。


 何処(どこ)で自分は間違えたのだろうかと、悔しさが湧いてくる。


 出世したかった。どんな手を使っても出世したかった。


 出世して、コネと口八丁のみで能も無く権力を握る奴等を蹴落としてやりたかった。



「よく考えれば……俺も嫌悪する奴等と似た様な事をしていたのだな……」



 嫌悪する存在と同じ事をしていた。それを実感した瞬間、マシー少佐の口元に自虐的笑みが浮かび、最早、何をしようと目標は達し得ないと察した。


 そして、最後ぐらいは他者を守るために働こうと、彼は口を開く。



「閣下、お考え直し下さい!」


「チッ、まだ言うか‼︎」


「汚名は何も国内において響くものではなく、国外……いえ、歴史においても響くものです! 後世、世界中の歴史書に非道な虐殺者として記録される御つもりですか⁈」


「俺が死んだ後の未来など知った事か‼︎ 重要なのは今だ! 今、俺の怒りを発散させる事こそ重要なのだ‼︎」


「お考え直し下さい‼︎」


「ええい、耳障りだ‼︎」



 気付いた時、ペサック大将の拳が顔に迫っている事にマシー少佐は気付いた。


 まぁ、当然の結果だろうと、彼は納得しながら甘んじてこれぐらいは受けようと身構える。


 他者を利用し、失敗し、最後はと思ってペサック大将の怒りに立ち向かった。


 なら、殴られても当然だろうと、殴られる義務ぐらいはあるだろうと、自分の浅はかさを嘲笑いながら、鼻が潰れる未来を予想し、予想が現実となる瞬間を待った。


 そして、骨が砕ける音と共に、マシー少佐に()()()()()()()()()


 そう、別の誰かの骨が砕けたのだ。


 何が起こったのかと、自分を殴る筈だったペサック大将を眺めた彼だったか、目の前の光景に驚愕する事となった。


 目の前を、鼻が折れ、顔から血を流す()()()()()()が倒れていたのである。


 正確には眼前に立ち、此方(こちら)に背を向ける男に殴られ、ペサック大将は鼻を抑えて、痛みで床を這いずり回る羽目となっていた。



「誰だ……⁈」



 殴った人物の正体が気になり眉をひそめたマシー少佐だったが、考える必要すら無く直ぐに分かった。


 燃える様な赤い髪、燃える様な赤い瞳。何より、二メートルを越す長身と、鍛え抜かれ圧を放つ佇まい。


 言われなくとも分かる。それぐらいに彼は有名だった。



「"《武神》ラヴァル"……⁉︎」



 マシー少佐の目の前を、ペサック大将の鼻血で拳を濡らしたシャルルが立っていたのである。

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