7-88 泥に塗れて
大挙して基地へと迫る共和国軍。陣形という概念の感じられない蛮族の群れへと、基地内軍港に待機中の戦艦から砲撃が飛来する。次いで、基地内に設置された大砲からも砲弾が飛び、共和国兵達を肉塊、塵芥へと変貌させていった。
陣形を組んでいない分、密集による被害は軽微だったが、陣形を組んでいない分と全兵力の投入による動きの乱れにより、無様に躓いた所を踏まれる者や他の兵士とぶつかり軽い口論すら始めるという者まで現れる始末。
兵士の動きに於ける体裁など消え失せ、暴力のみに力を注ぎ混んで墓穴を掘っている、というのが共和国軍の有様だろう。
実際、当初は犠牲が少なくて済んだが、徐々に無駄な密集地を作り出し、そこに砲撃を食らい一網打尽などという無様が続出し、今迄の攻撃では有り得ない死者数を算出し始めていた。
それでも、兵士を有りっ丈投入した甲斐はあり、これも今迄では有り得ない数の味方の、敵との接近戦を成功させた。
最初は当然、魔術兵同士の斬り合いが始まり、それを通常兵が援護する形での射撃と敵通常兵の数減らし。魔導兵は密集した敵に対して炎魔法を中心とした掃討を行っていく。
剣戟、銃声、砲声、炸裂、様々な種類の暴力に関する合唱が披露される中、ガンリュウ少佐の猛撃は相変わらずであった。
味方を率い、敵指揮官の1人を目指し、雑兵を次々と血祭りに上げ、悲鳴をあげる瞬間すら与えずその指揮官の首を飛ばす。
その他、兵士、下士官、仕官関係無く血飛沫を上げさせて己が身体に降り掛かけ、全身を紅色に染まりながら、余った血で大地も紅く塗装する。
「また、軍服を洗わねばならんな……面倒だ……」
軍服に付着した鉄臭い液体。それを後で処理しなければならないと思い、ガンリュウ少佐はまた嘆息する。
こんな下らぬ感想を零せる程に、彼は武人として恐るべき強さを保持しているのだが、今回に限っては敵も弱過ぎた。
陣形がバラバラ、連携もバラバラ、初歩的ミスや幼稚なミスの続出。個々の部隊内での動きは見事なのだが、各部隊間の連動した動きなどは最早見るに耐えない。
急拵えで集められたのが一目で分かる悲惨さであり、敵にもかかわらず同情してしまう程だ。
しかし、その優位も着々と損なわれ始める。
三時間程経過して、共和国軍の後続部隊も乱戦に参加し始めたからだ。
前衛部隊は、ペサック大将誘拐に於ける混乱により無視できぬ被害を被ったにもかかわらずの十全な準備とは懸け離れた兵力補充によって、部隊間の連携が真面ではなかったが、後続部隊に関しては混乱に於ける犠牲が少なく、兵も大体そのままであったため、連携の乱れが誤差程度で済んでいたのである。
更に、長時間の戦闘によって、前衛部隊の連携も改善されていき、単純な戦力的優位が生き始めていた。
「これは、ちょっと不味いな……」
塹壕内に隠れながら、双眼鏡で敵の様子を確認し、エルヴィンは眉をしかめる。
「暫くの戦闘で敵の兵力はかなり削れたけど、此方は疲労が溜まり、犠牲も少ない訳じゃない。此処は塹壕がある分、大分保つけど……他2箇所が危ないな」
実際、エルヴィン達が戦う南防衛線は第11独立遊撃大隊を中心に味方の戦果がかなり大きく、戦線が崩れる様子は無い。
ガンリュウ少佐を含む魔術兵達が、通常兵の援護射程内で、敵兵の突破を余り許していないのが大きいだろう。
やはり、塹壕に飛び込む怖さが敵に存在し、多少は怯ませているらしい。最初に飛び込んだ者の生存率がかなり低いからだが。
何より、《剣鬼》に加え、絶賛上半身裸で重機関銃を乱射する巨漢獣人に、エグい箇所に的確に魔法を放つ(変態我慢中)の魔導兵。
戦いたくない要素しかない部隊が紛れているので、共和国軍の士気はかなり落ちるのだ。
「私でも、此方は諦めて、他の方面から突破する」
塹壕があるというだけでも防御力は高い。ならば、より防御力が低い場所を攻めるのは当然の戦術だ。
そして、またしても嫌な形で、彼の予測は現実のものとなる。
「西防衛線、突破されました! 現在、基地に残った兵力で押し返しを図っております!」
伝令を介し、各部隊に伝達された報告に、大多数の指揮官は舌打ちを零す。
少数の1人であったエルヴィンは、銃声と雄叫びが轟く中、地面に広げた地図を眺め、状況を整理した。
「西は突破された……だが、基地の予備戦力を全て投入して、おそらく1度は押し返せるだろう。それで西の戦線は当分保つけど……その分、東が危険か」
エルヴィンは顎を摘み思案すると、近くにあった有線通信の受話器を取り、司令部へと繋ぐ。
「此方南防衛線、第11独立遊撃大隊のフライブルク中佐です! 兵力に余裕があるため、東方への援軍の許可を頂きたい!」
『援軍を許可する! 他の部隊にも、貴官の裁量に従い、援軍要請を御願いしたい!』
「了解!」
プツリッと切れた通信により、エルヴィンは受話器を戻すと、近くの5、6人の兵士を呼び止める。
「君はガンリュウ少佐へこの場の指揮権を与える旨を伝えてくれ。君はフュルト大尉に、君はジーゲン大尉に、少佐の指揮下に入るよう。君はロストック中尉に中隊を率いて来るよう伝えてくれ。第4中隊と共に東への援護に向かうからと。他の者達は別の部隊に援軍要請を」
エルヴィンの指示に従い、兵士達が伝令として散らばった後、ロストック中尉率いる第4中隊と他の部隊から引き抜かれた小隊合わせて200の兵が集まった。
そうして、東防衛線の部隊と合流すべく基地東へと向かったエルヴィン達だったが、到着直前にある一報が彼等の耳へと到達した。
「東防衛線、突破されました‼︎」
今向かおうとしている先から直接聞えた情報に、エルヴィン達は眉をしかめ、緊張感を混ぜた面立ちへと変わる。
「総員、警戒を怠るな! 敵が近くまで来ているかもしれない!」
周りは倉庫などの建築物に囲まれており、道は大分入り組んでいる。もし敵が侵入したならば、いつ遭遇戦が起きてもおかしくはない。
兵士達全員、いつ敵と出会っても良い様に、緊張感を携え、指示通り銃を構え始める。
その時だった。
曲がり角に入ろうとした瞬間、その角から突如として別の部隊が現れた。
それは帝国軍の軍服に彩られた部隊ではなく、共和国軍の軍服で装飾された部隊。
つまり、予測して間も置かずに、突破した敵の一団と遭遇してしまったのである。
「「「シャイセッ‼︎ 」」」「「「メルドッ‼︎」」」
互いに予期せぬ遭遇により、同時に銃口を向け合い膠着する両部隊。
それはエルヴィンも同じであり、彼も拳銃を敵兵へと向けたのだが、その先に居た共和国兵に彼は苦笑を浮かべる事となった。
「また、お会いするとは思いませんでしたよ……」
「これは此方の台詞だ」
敵部隊の指揮官。それは、ペサック大将を誘拐した際に戦ったサディ・トゥール少佐だった。
この時、エルヴィンとトゥールは偶然にも、互いの指揮官に銃口を向け合っていたのである。




