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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-87 暴走車

 日が昇り、(ようや)く一日の始まりを本格的に迎えた朝。眠りから覚めたペサック大将の口から、ある命令が下される。



「これよりルミエール・オキュレ基地への()()()を開始する‼︎」



 陣形の再編、前線部隊の補充、ありとあらゆる未解決の問題を無視しての攻撃命令に、幕僚達は一瞬、言葉を失った。



「閣下……まだ基地攻撃の準備は出来ておりません。早くとも明日の夕方まではお待ち下さい」


「ならん‼︎ 今直ぐ奴等を殲滅せねば、俺の怒りが収まらんのだ‼︎」



 最早、私情での命令である事を隠そうともしなくなったペサック大将に、幕僚達にも流石の呆れが見え始める。



「閣下……司令官が戦いに感情を挟み込むのは如何(いかが)なものかと。第一、このまま基地を攻撃すれば、要らぬ犠牲を被るのは目に見えております。此処(ここ)は機を待つべきと具申します」


「多少の犠牲は覚悟の上だ! このまま時間を掛ける事こそ危険だとは思わんのか⁈ いずれは敵も此方(こちら)の様子に勘付き、本隊をオリヴィエへと向けるかもしれん。そうなれば、我々は撤退を余儀無くされ、基地を恒久的に支配されるかもしれないんだぞ‼︎」



 ペサック大将の言い分も分かる。確かに、この時オリヴィエ要塞に敵本隊が攻め込んだ場合、基地の奪還を一時諦め、大部分の兵を引き上げさせなければならない。包囲する兵力ぐらいは残せるだろうが、攻めるのは難しく、手をこまねいている間に恒久的基地化用の整備が成される事だろう。そうなれば、うざったい(はえ)の巣を腹部に飼う事になる。


 これ等の未来を予知出来るだけでペサック大将の戦略家としての能力が損なわれてはいない事が示唆された訳だが、戦術的視点は曇っていたと言えた。



「閣下、敵は度重なる戦いで兵力を損なっております。基地維持に足る兵力はおそらくもう無いでしょう。要塞攻略用に兵力を温存せねばならぬ以上、本隊からの補充は難しく、撤退すべきというのが敵の最善手の筈です」



 総司令官が不在のままであれば、敵に基地を要塞化される暇を与えてしまった事だろう。共和国軍の一本化された指揮系統が崩される訳だがら、連携が上手く取れず、容易な身動きが取れなくなるからだ。


 しかし、それも無くなった今となっては、敵は続出させられた犠牲が痛く、残存兵力に於ける精神的、身体的疲労も無視出来ない。最早、基地内の帝国軍の戦い継続は困難だと言える。



「このまま基地を包囲し続けていれば、明日中にも敵は撤退を始めるでしょう。そうなれば、労せずして基地奪還が叶う筈です。オリヴィエ要塞から何ら緊急の通信が入っていない以上、慌てる必要もありませんし、これまで通り堅実な戦い方をすれば……」


「ならん! 絶対にならん‼︎」



 声を荒げるペサック大将。それもその筈である。本来この戦いは、ペサック大将が、華麗に勝つことにより、今迄の失態を清算する事が目的だった。大軍を此方(こちら)に送った時点で敵も無交戦で撤退しただろう結果を潰し、速攻で基地へと攻め込んだのも勝ち方の華麗さを増幅させる為であった。


 しかし、誘拐されるという醜態を晒してしまった事で、それ等では補えるか如何(どう)かという名声の低下をペサック大将は招いてしまい、基地内の敵の全滅でやっと誤魔化せるかといった所であった。いち早く、撤退される前に潰したい、というのが彼の思いなのだ。



「みすみす俺に恥をかかせた奴等を逃してたまるか‼︎ 四肢を引き裂き、内臓を引きずり出して、食肉龍の餌にしてやるぞ‼︎」



 完全に私怨でしか思考を動かしていない総司令官に、幕僚達は呆れながらも、いつものごとくマシー少佐が(なだ)めてくれるのを期待し、鎮静化を黙って待ち続けた。


 しかし、今回に限って、大将の制御装置は怒りの熱で融解し、十全な機能を果たしはしなかった。



「閣下! 今直ぐにでも兵を送り、基地を帝国人共の肉片で埋め尽くしてやりましょう! 全軍で攻めれば容易く落ちる筈です!」



 ペサック大将の制御装置たるマシー少佐。彼も、自分の悪評が広まった事による危機感で冷静さを失い、それ等を挽回する功績に飢えていたのだ。



「当然だ! 全軍、準備が出来次第……いや、準備が出来ておらずとも今直ぐ基地へと攻め入るのだ‼︎ 一兵たりとも逃す事は許さん‼︎ 帝国兵共の血で我等の慰めとせよぉおっ‼︎」



 冷却剤である筈のマシー少佐が逆にペサック大将へ好可燃性の薪を投下した事で、大将の狂いが悪化。完全に正気ではない命令が下される羽目となった。


 しかし、正気ではない作戦とは言い切れず、幕僚達は渋々、黙って命令に従いながら、兵士達に攻撃準備を命じるのだった。




 辛くもエルヴィンの予測は的中する事となった。


 昼時、最低限の準備しかせぬまま、共和国軍が基地への総攻撃に動き出したのだ。


 陣形は見た通り精彩を欠いた無骨も良い所で、明らかに数だけで押し切るという単純かつ、より厄介な形状となっていた。



「予想はしてたけど……あれが一番面倒なんだよな……」



 基地の監視塔から双眼鏡で確認した敵の姿に、エルヴィンから苦笑が(こぼ)された。


 確かに陣形を整えないという戦いは、無価値で多量の味方の死傷者という悲惨な結果を生みはするが、兵力差が圧倒的な場合は、敵を時間を掛ける事無く簡単に捻り潰す事が可能となる傾向がある。

 これは、単純な作戦無しの力押しにより、最低限敵の作戦を利用しなければならない大多数の戦術が封じられ、逆転する為の案が使えなくなるという危機的状況を作り出す為だと言える。

 作戦というのは勝率を微調整するという目的の代物で、純粋な強大な力に対しては多少の勝率調整は無力に等しいのだ。



「これで奇策を講ずる隙は無くなってしまった訳だ。これじゃあ、本当に消耗戦だね。多少の地理的優位はあるけど……不味いかもしれない」



 自分で自分の首を絞めたかもしれないと、ふと後悔が過ぎったが、今更考えても仕方ないと(かぶり)を振る。



「どの道、あのまま戦っても全滅は免れなかったかもしれない。重傷者を逃がせただけでも儲け物だ。最悪、多数の犠牲覚悟で逃げ出せば良い」



 幸い退路はある。逃げる隙は無くなったが、退路さえあれば如何(どう)にかなると、悲観的視点から楽観的視点に切り替え、エルヴィンは監視塔から降りて、整列する部下達の下へと戻り、彼等の敬礼を受けながら前に立った。



「さて……最初に残念なお話しから。我々は貧乏くじを引いてしまったようだ。この基地へ送られた時点でね」



 苦笑し肩をすくめるエルヴィンに、兵士達から軽く笑いが漏れる。



「幸い、退路はあるから逃げる事は可能だろう。だから多少は安心して貰って良いけど……まぁ、運が悪ければ死んでしまうからね。安心し過ぎて貰っては困るかな?」



 また兵士達から軽く笑いが漏れる中、兵士の一人が皮肉気味に口を開く。



「大隊長、運が悪ければと仰いましたが、運が悪くなりそうな奴は、この中の何割ぐらいでしょうか?」


「予想で良いなら……5割」


「フィフティフィフティじゃないっすか‼︎ 」


「そいつは酷い」


「運が悪いだけのレベルじゃねぇ! 良くもなけりゃ駄目じゃん!」



 口々に散々な感想を吐くが、兵士達の笑顔が崩れる事はなかった。



「まぁ……余り良い状況では無いね。幸い、最低半分は生き残れると思うけど……実は、これも希望的観測なんだ。だから今回、私の命令は一つだけ……」



 笑みはそのまま、しかし、エルヴィンの瞳に冷然とした指揮官としての威厳が灯る。



「死ぬな。なんとしても死ぬな! 敵に媚び(へつら)っても良い。尻尾巻いて逃げても良い。仲間を売るような真似以外なら何をしても良い。だから生きろ!」



 エルヴィンの命令に兵士達は笑みを消し、凛々しく姿勢を正す。



「幸い、我々には《剣鬼》が居る! だから他の部隊より死亡率は低いし、退路は私が確保し続ける。だから、背後は気にするな! 敵を睨み、己を見て、仲間を意識しろ! 一人でも多くの生を! 一人でも少ない死を持って、故郷への帰還を果たそう‼︎」


「「「オオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」



 奮い立ち、雄叫びを上げる部下達を眺めながら、エルヴィンはふと自嘲する。


 口先だけは上手くなったものだ……。


 これから始まるのは泥沼必死の兵力差も絶望感な消耗戦である。最早、自分に作戦などなく、本陣防衛の時より更に悲惨な殴り合いが始まるのは明白だろう。それを誤魔化すように演説をし、兵士達の士気を維持させたのだ。


 本来ならこれは指揮官ではなく司令官の務めだ。司令官が演説する暇すら無い程に窮地が迫っている。


 これ等を隠しつつ、勝算低い戦いから勝手に逃げ出さないよう、言葉の手綱を兵士達に括り付けたのだ。


 なんと滑稽な話だろうと、再びエルヴィンは自嘲するのだが、兵士達にしてもそれは分かっている。


 上官が口八丁なだけの者なら彼等は今直ぐに逃げるか降伏旗を掲げていただろう。だけど、そうではない。


 我等が隊長は命を賭けるに値するのだと、エルヴィン・フライブルクとは命を預けるに足る指揮官なのだと、彼等は確信していたのだ。


 だからこそ、この戦いでも最後まで彼の下で戦おうと、彼等は誓っていたのだ。



「じゃあ、そろそろ配置に着いてくれ!」



 エルヴィンの指示の下、兵士達は他の部隊の者達と共に移動を開始する。


 基地南方に設置された未完成の塹壕に身を潜め、一部の兵士を基地に残し、他の部隊もそれに紛れつつ、塹壕に入れなかった他部隊の大多数の兵士は積まれた土嚢に身を隠し、大砲、艦砲が、迫る敵に狙いを定める。


 北側を除いた三方から敵の軍靴と雄叫びの組曲が迫り、一つの砲声が開戦の合図を告げた。

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