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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-85 信頼と信仰

 揚陸艦に乗り、僅かな睡眠時間を経て、日が変わった頃にルミエール・オキュレ基地へと到着したエルヴィン達は、味方の歓迎を受けたものの、細やかなものであった。


 基地内の兵の多くは脱出準備に駆り出され、各兵士の船への振り分けや資材運びを行い、残りの兵士は、少数が敵の警戒に当たったが、多数は銃声が轟かない比較的安全で静かな夜に、上空に浮かぶ幻想的な光の数々には目もくれず、疲労と心労を回復する為の眠りに就いていたのだ。



「フライブルク中佐、今回も本当に助かった! これで無事に逃げられそうだ!」



 司令官として基地脱出の下準備、その指揮を()っていたマインツ准将は、司令部に報告に来たエルヴィンとガンリュウ少佐へ感謝の握手を交わした。



「今回、敵は一時的だが退いてくれた。前線の再編も含めて明後日……いや、明日だな。それ迄は動けんだろう。これならば基地からの全兵士の脱出は完了できる。流石は《霧の軍師》と言った所か」


「流石に閣下は《霧の軍師》と御存知なんですね……」


「あからさまに嫌そうな顔をするなぁ……。仕方ないだろう。エッセン大将との作戦会議に俺も同席しとったんだからな。嫌でも分かる」


「本当に買い被り過ぎだと思うんですけどね……実際、今回はペサック大将捕縛という戦果をみすみす逃した訳ですから」


「余り欲をかき過ぎるのも良くはない。確かに惜しい結果だが、退き際を見定められる分、貴官はやはり有能なのだろう」


「持ち上げるのは止めて下さい……」


「あははは! 貴官は謙遜家だったな!」



 価値ある功績を挙げながら威張らず、物腰柔らかいエルヴィンに、マインツ准将は性格まで賞賛に値すると彼を心の中で評したが、当のエルヴィンとしては、謙遜もあるにはあるが、それより、持ち上げられ過ぎて部不相応な仕事を押し付けられる、という面倒臭そうな匂いが嫌だった。



「閣下……いつ頃迄に撤退は完了しそうですか?」


「明日の昼ぐらい、だろうな……遅くて12時、13時といった所だろう。敵は明日には動くと言ったが、夜ぐらいになると我々は読んでいる。問題はない筈だ。もしや……何か心配事があるのか?」


「最悪、敵はまた今日中に攻めて来る可能性があります。出来ればそれ迄に撤退出来たら、という思いがありまして……」



 苦笑し頭を掻くエルヴィン。戦争に絶対が無い以上、警戒するのは必定だが、敵の再編にも時間が掛かり、士気回復にも時間が掛かると考えられる。ワザワザ指摘する必要性も無い発言だったのだが、事前に敵司令官の性格予測を聞いていたガンリュウ少佐は、腕を組み、眉をしかめ、真剣な面立ちで考え込む。



「お前の言う通りなら、敵司令官は功績を欲する執念深い人物、だったな……確かにそれなら、陣形が軟弱のままだろうと攻めてくる可能性は高い」


「そういえば……ルミエール・オキュレ基地攻略の作戦立案時にもそんな事を言ってな。その予測が当たったからこそ、基地も()れたのだった」



 マインツ准将も手を口に当て、エルヴィンの言葉を吟味(ぎんみ)し、頷く。



「わかった……動ける兵士を集め、朝になり次第総員で警戒させよう。重傷兵は先に本陣へ送らせれば憂いも減るだろう」


「すいません……明確な根拠は何も無いにも関わらず……」


「いや、構わんよ。貴官等が時間を稼いでくれたお陰で重傷兵は帰せるし、兵士達に休む時間も与えられた。休息を与えられただけでも格段に違うだろう」



 これは本当にフライブルク中佐達に感謝すべきだと、マインツ准将は朗らかに笑った。



「それに、根拠は確かに無いが、貴官のこれまでの功績だけで信じるに値する言葉だと分かる」


「個人を見て判断しない方が良いですよ。発言の内容で判断して頂かないと」


「肝に命じておくよ」



 笑みを絶やさないマインツ准将。これはフライブルク中佐への信頼だけは別なのだと高らかに示す様な笑みだった。



「この笑みが、仕事増加に直結しないと良いんだけど……」



 切実にそう願いたいエルヴィンだった。




 これからの方針も雑多ではあるが決定し、それに関する命令をマインツ准将が兵士達に下すのだが、暫くして士官の1人アクセル・レック・リックハウゼン中佐が困り顔で准将の下を訪れた。



「閣下……」


「ん? リックハウゼン中佐じゃないか! どうした? 貴官には重傷兵の輸送統括、準備を命じていた筈だが……」


「その事で御話が……」



 大して深刻さは感じられないが、何処(どこ)か強い困惑が感じられるリックハウゼン中佐。不測の事態である事は間違いなく、彼は額に流れた冷や汗を袖で拭うと、告げる。



「負傷兵達の1部が……その……()()()()()()()()()()()()()()()


「なに⁈」



 驚愕するマインツ准将。それ等は明らかな命令違反であったからだ。



「拒否しているという事は……身勝手に本国への帰還を要求しているのか⁈ 他の味方が血を流そうという中で‼︎」


「いえ、そういう訳では無く……」


「ならば何故だ?」



 言葉が詰まるリックハウゼン中佐。彼自身、頭の整理が出来ておらず、口にし辛いらしかったが、何とか伝える迄に話の形成へと至らせる。



「負傷兵達は()()()()()()()()()()しているのです。自分達も戦うから、と……」



 リックハウゼン中佐の口から漏れた事実に、マインツ准将どころかエルヴィンすらも唖然とした。


 戦場とは地獄である。いつ死ぬか分からず、人を殺し、命の価値が下がる場所。


 そんな場所から1日でも早く立ち去りたい、というのが戦場に来た兵士の大多数が思う感情である。


 極一部の戦闘狂いや死にたがりは存在するが、極一部であり、ルミエール・オキュレ基地内の帝国軍戦力から見れば多くて数人程度。その比率で見ると、負傷兵内のそれ等は皆無に近い。


 危険な敵に囲まれたルミエール・オキュレ基地から多少は安全な本陣へ戻れる事は、負傷したためであろうと、後方に退()がれる正当な理由を手に入れたとして、手放しで喜ぶ筈なのだ。それを、自ら安全地帯への切符を捨てようとするなど、驚いて当然なのである。


 これ等の事と照らし合わせ、マインツ准将は本隊への合流を拒否する兵士達の心理を計りかね、リックハウゼン中佐と同じく困惑した。



「どうしてだ……? 仲間を(おもんばか)っての行為など夢物語が存在しているとは思えない。しかも、負傷という正当な理由がある中、勝ちではなく敗北が濃厚な戦いに残ろうとする理由が分からん」



 唸るマインツ准将。その横でエルヴィンは、2人より困惑が薄かったので、直ぐに平静に戻り、疑問を浮き彫りにする。



「リックハウゼン中佐。彼等は何故、残って戦おうとしているんでしょうか……?」


「そうだ! それを聞かねばな! どうしてなんだ?」



 問われたリックハウゼン中佐は、これまた困惑気味に、更に理解出来ていない事を無理矢理言葉にして、話す。



「えっとですね……彼等曰く、"《天使》の為"、らしいです……」


「《天使》の為? なんだ、その宗教染みた理由は……彼等全員、何かしらの宗教に心酔しているのか?」


「閣下……まぁ、確かに心酔はしているらしいのですが……どうやら《天使》というのは個人の事らしく、自分達を助けてくれた衛生兵の事なのだとか」


「それにしても《天使》とは……大袈裟な表現だな。なぁ、フライブルク中佐?」



 話を振られたエルヴィン。しかし、彼は口元を引きつらせながら固まっていた。


 それもその筈。《天使》と呼ばれているであろう衛生兵に心当たりがあったのだ。



「中佐、どうした……?」


「いえ……多分、その衛生兵……小官の部隊の兵士です」


「その《天使》がか?」


「はい……」



 反応に困り、苦笑で誤魔化しながら頭を掻くエルヴィン。元々シャルは《天使》と呼ばれるに足る魅力を持った子ではあったが、まさかこれ程とは彼も考えもしていなかったのだ。


 下手したら、本当に宗教に於ける聖人みたいな求心力があるのでは? と軽い非現実染みた印象を、エルヴィンが彼女に抱いた瞬間だった。

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