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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-84 言われ無き罵声

 ペサック大将を無事に救出し、去り行く敵上陸用船艇、揚陸艦を眺めたトゥール達。彼等は、本陣に大将奪還の報を伝えた後、日も完全に沈んで大分経ちながら本陣への行軍を開始した。


 しかし、此処(ここ)で黙っていない人物が居た。ペサック大将である。



「おい! 貴様! 何故、奴等の交渉になぞ黙って応じたのだ‼︎ 逃げ行く奴等の背に魔法をぶっ放せば、敵兵の数人ぐらい葬れただろう‼︎」



 敵の手から救った恩すら忘れ、道理も弁えず、自分の怒りの矛を収めようという冷静さすら欠けるペサック大将。またも聞くに耐えぬ野蛮さに呆れるトゥール達だったが、このまま(わめ)かれても迷惑なので、隣を歩いていたジャンが(なだ)め始める。



「閣下、残念ながら我々には魔導兵が()りません。第1、交渉を反故にしてしまった場合、(のち)に、我々の言葉の価値を下げる結果となり、()いては共和国軍自体の品位が疑われます。一時の憂さ晴らしをするにはデメリットの方が目立ってしまうでしょう」


「俺の鬱憤は晴れる! 最後には滅ぼす帝国なぞ、そもそも交渉するに(あたい)せん野蛮人共だ! ここで信頼を失った所で如何様(いかよう)な不利益も被むらん!」


「帝国も共和国と同じ国家であり、対等に交渉せねばならぬ相手です。確かに敵対国ではありますし、(いず)れは滅ぼさねばならぬでしょうが、今現在、我々には彼等を滅ぼす算段がありません。正当性無き不名誉な行為は極力控えるべきと存じます」


「何を馬鹿な……我々は民主主義、奴等は独裁国家だぞ? つまり、我々が正義で奴等は悪だ! 正義が必ず勝つと決まっている以上、我々が何をしようと滅せぬ訳がない! 未来が確定しているのに過程を考える必要もあるまい!」



 何とも幻想的妄想に取り憑かれた妄言だと、ジャンはふと思った。確かに歴史上正義の国家が繁栄し、悪の国家が滅んで来たのは事実だが、これは過程が逆なのだ。


 "勝った国家が己を正義とし、負けた国家を悪として、後世に語り継がせただけに過ぎない"


 滅んだ国家は既に存在が消失しているのだから、ペンを持つ手すらなく自国を美化出来ないのに対し、存続した国家は当然、ペンを持つ手も存在するのだから自国を美化出来る。


 そうやって歴史が書き換えられた結果、正義が勝ち、悪が負けるという物語が完成した訳である。


 実際、この様な原理が成立したとして、200年以上存続したゲルマン帝国とは何なのか。存続し続けているのだから正義なのかと言えば、ハインリッヒ1世の亜種劣等人種法に代表される様に、人道に(もと)る理念を掲げて来た以上、否定出来る。だからこそ、共和国は帝国を悪として断罪し続けてきたのだ。


 しかし、ジャン自身、帝国が近々滅びるだろうとは思っていた。


 国民を蔑ろにし、貴族という特権階級が自分勝手に政治を引っ掻き回し、文句を言う奴は有能な者でも粛清、そうでなくとも目障りでも粛清する。


 全ては暴力で押さえ込めば解決すると慢心し、結果としてその暴力に無駄な労力を使わせ、国が疲弊していく。


 何も変わらず、何も変えようとせず、堕ちているという自覚すらなく、ただ老い行く国家。それが200年近くも続いているのだ。生存し続ける訳がない。


 帝国は確実に滅ぶだろう……だが、共和国は違うなどと如何(どう)して言えようか。


 民主主義と言いながら、結局は政治家の子息しか政治を動かせず、血統主義に近しい思想が蔓延し、利己的欲のみにしか目を向けない。有能な新参者が現れれば、同じく腐敗を押し付けるか、邪魔だとして排除する。政府だけ見れば、最早、帝国と大差が無い。国民に言論の自由が保障されている分、(いく)らかはマシではあるが。



「マシだから共和国として誇りを持って戦わねばならない、とは……何とも嫌な理論だな……」



 つい呟いてしまった皮肉だったが、ペサック大将には聞こえていなかったらしく、そのまま気付かれぬうちにジャンは苦笑を(こぼ)した。


 ふと見えた共和国の未来に差し込む影を、見なかった事にしながら。




 世暦(せいれき)1914年11月19日


 日が変わり、文句を垂れ流し続けたペサック大将との行動も、本陣に着いた事で(ようや)く終わりを迎えた。


 時間は最早深夜。先の戦闘による疲労も合わせ、彼等を眠気が襲い、各々のテントに戻った瞬間、仮設ベットへ死ぬ様に倒れ込んでいく。


 しかし、トゥールとジャンに関しては、司令部に直接報告に向かわねばならず、眠気を消す最大の薬品たる睡眠を取れなかった。


 尤も、嫌な形で眠気を発散する羽目にはなったが。



「遅い! 遅過ぎる! 貴様等がここまで愚図だと思いもしなかったぞ‼︎」



 ペサック大将の罵声の次はマシー少佐の罵倒が始まった。大将は疲労から助けた者達より先に寝るという恩知らずさを示していたが、彼がこの場に居たら2倍の口撃に見舞われていたため、2人からすれば逆に良かった。



「貴様等がもっと早く閣下を救っていればこんな事にはならなかった‼︎ 軍が混乱する事も、前線を後退させる事も、俺の悪評が広まる事も無かったのだ‼︎ その所為で俺は、言われもない罪で軍法会議に掛けられる所だったんだぞ! どう責任を取るつもりだ‼︎」



 (あなが)ち彼の言い分も間違いではないが、そもそも、敵に騙されたのはマシー少佐達であり、彼等が敵の間者に乗せられペサック大将の下から離れなければ、誘拐などという事態にはならなかった。それ等を無視しながら文句を言う権利は、彼には無い筈である。


 これ等の事を踏まえ、ジャンはズレた眼鏡を直し嘆息を(こぼ)すと、マシー少佐の話に割って入った。



「マシー少佐、過ぎた事を怒った所で何ら益は無いでしょう。怒号は反省していない者に対しては有効ですが、既に反省している者に対しては行動を抑圧する害にしかなりません。我々も反省しておりますので、此処(ここ)は矛を収めて頂きたい」


「ならん‼︎」



 オブラートに包んだつもりだったが、マシー少佐から先程よりも強い憤怒が感じられた。



「部隊の指揮権が無い貴様は良いとしても、トゥールの無能振りの所為で我々が窮地に立たされたのは変わらんのだぞ⁈ 矛を収めて、如何(いか)にして怒りを収めれば良いのだ‼︎」


「個人的怒りを鎮火する為に他者を潰しかねない発言をするのは如何(いかが)なものでしょうか?」


此奴(こいつ)の所為なのだから自業自得だ‼︎ それに、"此奴(こいつ)が部下達の口封じを失敗した所為で、俺の悪評まで漏れた"のだぞ‼︎」



 これこそ言われも無い罪である。流石のトゥールも聞き捨てならなかった。



「俺の部下が口を滑らせたと言うのか⁈」


「そうだ! 違うと言うなら誰がペサック大将の誘拐を俺の悪評混じりで漏らしたと言うのだ‼︎」



 マシー少佐の意見は支離滅裂だった。実は、この時点で、他にも敵の間者が混じっており、彼等が悪評を広めたらしい事は司令部の周知であったのだ。


 此処(ここ)で再びジャンが会話に割って入る。



「少佐、流言を広めたのは敵であるというのは皆に知れ渡った事実です。トゥール少佐を責めるのは御門違いでしょう」


此奴(こいつ)等がミスを犯していない根拠が無いと如何(どう)して言い切れる‼︎」



 此処(ここ)に来て、この発言で、トゥールとジャンは(ようや)くマシー少佐の心理状態を理解した。


 "彼は、怒りをぶつけるべき敵を失い、代わりに自分達を別の敵と定義し、不満の捌け口にしているだけなのだ"


 帝国軍は確かに言われの無いマシー少佐の悪評を広めたが、(あなが)ち全て間違いとまでは行かず、日々の兵士達が抱く彼への不快感により、今でも更なる有らぬ噂が流れ続けていた。


 マシー少佐からすれば名誉と名声が現在進行形で失墜し続けてしまっていることになり、それを防ぐ事も出来ず、キッカケを作り出した敵は逃げ出してしまった。彼は別に不満を発散させる先を作り出すしかなかったのである。


 こうしてまた延々とマシー少佐の憂さ晴らしにまで付き合わされたトゥールとジャンは、辟易(へきえき)しながらも、どうにか軍法会議ものに発展させる事態は防ぎ、朝日が昇った頃、(ようや)く床に着く事が出来た。

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