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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-83 戦場の交渉

 敵からの突飛な交渉要請に共和国兵達は動揺したが、敵が銃声を止ませた事で、身を潜めたままながら銃口は下ろされた。


 一方、トゥールとジャンの2人には驚愕の文字は無く、冷然としていたが、やはり眉はしかめられる。



「ブレスト少佐、如何(どう)思う?」


「それほど難しい話ではないでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、といった所かと」



 今度こそ、ジャンの推測は的中し、残っていた謎の空白が埋められた。


 退路を確保しながら撤退する隙を作れなかったエルヴィン。上手く逃げれていれば、敵本隊の混乱とペサック大将捕縛を同時に完遂し、司令官を欠いた共和国軍相手に善戦出来た事だろう。オリヴィエ要塞陥落は難しくとも、ルミエール・オキュレ基地の永続的保持は可能となった筈である。


 しかし、そう上手くは行かないだろう事は彼も事前に予測しており、当初からペサック大将の返還を条件とした自分達の撤退黙認を提案する気でいたのだ。


 最低限ルミエール・オキュレ基地からの全軍撤収の時間は稼げるだろう事から、目的は達成していたので、出世欲がマイナスなエルヴィンからすれば(いさぎよ)く大将を解放する事に抵抗も無かった。


 フライブルク少佐の事細かい性格までは分からないにせよ、思惑は看破出来たジャン。全てが終わって、全てが奴の(てのひら)であったと知らされた事で喜びなぞは湧かなかったが、不思議と敗北感も逆に薄れていた。



「奴の作戦にしては安直ですね……奴はペサック大将の確保を事前に諦めていた、という訳で、諦めざるを得ない程に窮地だった、という訳ですから……」


「結果として……我々は勝った、という事になるのか?」


「そうなりますね……奴を妥協させたのですし、撤退せざるを得ない以上、勝ちで間違いありません」



 勝利。そう、彼等は勝利した。


 ペサック大将奪還は交渉さえ上手くいけば簡単に成し得る上、敵には撤退という選択肢しか残されていない。ルミエール・オキュレ基地の本隊を逃す時間稼ぎという目標は達成され、事実上エルヴィンの(てのひら)で終わった訳だが、最悪司令官を失い人質にされたかもしれない未来を考えれば大勝利と言え、もし敵が逃げた所でオリヴィエ要塞陥落に大した影響も無い。


 全体的に見て、多少の過剰損失は確認出来るが、ルミエール・オキュレ基地の戦いは最終的に基地奪還が叶う共和国軍の勝利と言えるだろう。



「奴の奇策に翻弄され、騙され、欺かれ、結果として今回もそれを恐れ、してやられました。それを思えば、ペサック大将を交渉材料にする初歩的な策、奴らしくない単純なモノを実行せざるを得なくしたと考えられ、結果として奴に仕返し出来た訳ですが……」


「まぁ、(てのひら)で踊らされていたのは事実だしな。それに、事前にこうなると予測はされておったのだろう? 喜べる勝利ではないな」


「予測していなくても結果は同じだったでしょう。つまり、事前に奴は我々に対し負けを覚悟していた訳です。そうさせた時点で、我々は勝っていたのですよ」


「勝ちは勝ち。負けではないのだろうな……」



 釈然とせず、ハッキリと勝利したとは言えず、無理矢理な辻褄合わせを繰り返すジャンとトゥールだったが、結局は漠然とした形無き気持ち悪さが頭に霧の様にかかったままだった。


 確かに勝利はした。それはフライブルク少佐の(てのひら)の上での勝利だったが、結局は彼も事前に妥協しており、事前の妥協が無ければ、彼は今妥協し、此方(こちら)はより完全に近い勝利を得ていた。


 頭では理解できる結果だが、気持ちとしては納得出来ない。かと言って負けでもない。


 渦が渦を生み、無限に回り始めた謎の水溜りに2人は暫く悩まされたが、時間も惜しいとして考えるのを止めた。



「考えても仕方あるまい。失敗の多かった勝利として受け止め、失敗を反省し、勝利を喜ぶとしよう」


「そうですね……今は、奴との交渉に応じ、無事に閣下を引き渡して貰う事に専念しましょう」



 思考に渦巻く不快な渦を無視し、自然な沈静化を待つ事にした2人。今は目前にある職務を優先すべきだとして、交渉に応じる事を部下伝いに敵へと告げた。


 "微かに鳴った【解析者(アナライザー)】の警鐘にも気付かずに"




 互いに交渉の準備が整えられ、全員が敵を警戒はしながらも、武器は下され、両部隊の中間地点で、護衛を連れた大隊長同士が相見える。



「久し振り、と言っておこうか。共和国軍第350歩兵大隊大隊長サディ・トゥール。少佐だ」


此方(こちら)も改めまして。帝国軍第11独立遊撃大隊大隊長エルヴィン・フライブルク。中佐です」


「中佐⁈ ……いや。ラヴァル中佐も出世しとったし、ヒルデブラントで昇進しているのは当然か」



 気を取り直し、トゥールは驚愕の表情から緊張感のある面立ちへと変わる。



「では、早速交渉に入りたいが……要求は何だ?」


「大方の予測はなさっているでしょうが、此方(こちら)が御預かりしているクロード・ペサック大将の身柄引き渡しの代わりに、我々の無傷の撤退を御許し下さい」



 予測通りの内容であった。実際、無事に逃げようと考えるなら、これが最善手であるのは間違いなく、トゥール達にしてもフライブルク中佐という将来の脅威を残すデメリットはあるが、今を無傷で万事済ませられるなら黙認して応じる価値は十分にあった。


 だからこそ、トゥールとしてはこのまま首を縦に振っても良かったが、このまま敵に乗せられた交渉で終えるのも気が進まず後味が悪い。



此方(こちら)としてはペサック大将を無事に返して貰える以上、貴官等の撤退に文句は無い。攻撃を控えても()い」


「それは良かった……」


「ただし! それは貴官等が約束を守る保証が成されるのなら、という条件によってだ!」



 無駄な抵抗である事はトゥールとて理解している。しかし、より良い交渉条件を引き出せる僅かな可能性に彼は乗った。



「確かに、ペサック大将を返すのなら、此方(こちら)にとって利が大きい。しかし、素直に貴官が返してくれるとは、どうしても思えない」



 当然、嘘である。交渉に於いて嘘は最大の悪手である。バレない嘘なら吐く価値はあるが、ペサック大将を返すという嘘、返さないという行動は間違いなく後でバレてしまう。

 嘘を吐くという行為は自分の言葉の信憑性を無くし、次の交渉では交渉という選択肢自体が消滅する可能性を作り出してしまうのだ。フライブルク中佐が、そんな事が分からないボンクラでない事は彼も分かっている。



「貴官のペサック大将を返す、という言葉がもし嘘だとすれば、我々は貴官等を無傷で逃す所か、司令塔まで失ってしまう。一方的な不利益を被ってしまうのだよ」



 トゥールの言い分は尤もである。もし、エルヴィンが嘘を()いていたとすれば、彼等にとって損失しかない。ならば、一縷(いちる)の望みに賭け、戦闘継続という選択肢を選ぶ可能性もある。


 しかし、エルヴィンとしても、トゥールの言葉が嘘であると勘付いていた。


 彼等にとって最大の不利益はペサック大将、つまり司令塔の損失だ。戦いを継続した所で負ける可能性だってある。更に此方(こちら)が自暴自棄になって大将を殺される可能性も無い訳では無い。そんな不確定要素に賭け、司令塔を確実に奪還出来る機会を逃す選択肢はリスキー過ぎるのだ。信じるしかない、というのがトゥールの立場なのである。


 エルヴィンとしてはこのまま何かしらの前払いで信用を得ても良かったが、このまま延々と交渉を続けた方が彼とっては利益が大きかった。


 彼、()いて帝国軍の目的は、ルミエール・オキュレ基地から味方が完全撤退出来る迄の時間稼ぎをする事である。交渉を長引かせ、ペサック大将を確保し続ければその更なる時間を稼ぐ事も可能となる。


 そうして新たな思惑形成により、エルヴィンはトゥールの思惑を利用する事にした。



「御言葉ですが……交渉とは互いに利を説いて行い成立させるものです。信用を前提に行わねばならない以上、それ等云々(うんぬん)は交渉に乗った時点で許容されたと考えるのが普通です。信用などしていなければ、事前に断れば良かったのですからね」


「言葉も交わさぬうちに信用など出来ん。相手の情報も手に入っていないのだから、事前に判断するなど木材無しで家を建てよと言っている様なものだ。交渉内で互いを図ることこそ普通だろう」


「だからこそ、交渉とは事前準備が不可欠とされます。如何(いか)に多く濃密な相手の情報を手に入れられるかで交渉の有利が決まるのですから。それが出来なかった時点で、それは其方(そちら)の力不足だったという話でしょう」


「それは、事前に交渉が行われると知っていればの話だ! 今回は前提が違う。此方(こちら)は行われる事じたい知らなかったのだからな。第1、この交渉は貴官等の要請、つまり貴官等の願いによって開かれ、我々が受けてあげた結果だ。多少の妥協はして貰いたいものだ」



 互いに一方も退かず舌戦が繰り広げられる戦場。それを見せられる周りの兵士は1部が彼等の熱気に魅入られたが、大多数は退屈の余り欠伸をし、木陰で睡眠を始めた者もいる。


 当然、互いに終着点を定めていなかったので、長々と無価値に続けられるかと思われた交渉だったが、エルヴィンの予想よりも早く、トゥールが敵の時間稼ぎという欠点に気付いてしまう。



「ん?  ……そうか! なるほど……これはしてやらかす所だった。……失礼、少々、疑心暗鬼が過ぎたようだ。良いだろう。そこまで言うのであれば、貴官を信用し、話に乗ろう!」



 もう少し時間稼ぎをしたかったという思いはあった。しかし、途中に発生した儲け物であった為、残念感は薄く、エルヴィンは容易に策を切り捨てる事にし、そのまま建設的な交渉へと戻す事にした。



「では、交渉成立という事で……」


「そうだな」



 完全なる友好は無理でも、互いを今は信じるという意味で2人は握手を交わした。


 この様子を客観的に見れば、戦争とはなんと滑稽な産物なのだろう、と彼等は苦笑を(こぼ)した事だろう。


 殺し合いをしていたのに、簡単に話が出来、分かり合おうと思えば出来る。多数の敵、相手に於ける味方を殺して来たにも関わらずだ。


 結局は、戦争も存在しなければならないという物でもなく、社会を形成する機構にすらなれない。理想や情熱を注ぐべきものでも無く、感情を込めるのが馬鹿馬鹿しい産物だと示す、この光景は1つの例であったのだ。


 こうして、結局は最初の思惑通り、ペサック大将の返還を条件に、無事の撤退を漕ぎ着けた第11独立遊撃大隊。


 数分後、彼等は上陸用船艇に乗船し、海上に待機中であった揚陸艦へと向かっていった。


 そして、最後に残った部隊がペサック大将を無事に解放し、交渉内容の無事な完遂と共に海岸から帝国軍の存在は失われた。

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