7-76 続く訪問者
突然現れた情報将校に、戸惑うジョエルと平静を保つマリエル。しかし、咄嗟に口を開いたのはジョエルの方だった。
「少佐殿……何か御用でしょうか?」
「ん? ……あぁ、すまん。急に声を掛けてしまって驚かせたな。楽にして構わんよ。ただ単に貴官等の話に興味を持っただけだ」
威圧感の無い笑みを浮かべるブレスト少佐に、ジョエルとマリエルは敬礼を解くと、近くの手頃な箱へと腰掛け、ジャンもそれに続く。
「で、先程話していたのは男の貴官だな? まさか陣地内で、堂々と国家への不服を呟くとはな」
「そ、それは……すいません…………」
「いや構わんよ。俺の友人にも同じ……いや、もっと辛辣に文句吐いてる奴も居るしな」
友人、当然シャルルの事だが、彼を思い出した瞬間、積み重ねてきた心労と苦労の日々を思い出し、ジャンは苦笑いしてしまう。
「さて……国家への反骨心は兎も角、基地から脱出してきた者達の姿を見たというのは本当か?」
「見ましたが……それが何か?」
「いや、少し気になってな。どうも……俺のスキルが警鐘鳴らしてくるんでね」
ジャンのスキル【解析者】は僅かな情報から膨大な情報を得られる強力なユニークスキルであり、過去の情報を合わせ自動解析も行う。基地から味方が脱出した、という情報から、敵の裏があるかもしれない、という可能性をスキルが算出していたのだ。
「俺のスキルは解析に特化したものなんだが……情報が足りんと明確な答えは出せない。この警鐘の意味まで分からんのがむず痒くてな……少しでも情報が欲しい」
癖として中指で眼鏡を上げるジャン。そんな彼にジョエルは腕を組み考え込むが、教える事に問題はなく、チラリッとだけ見た脱出者の様子を思い出す。
「確か……先頭に女性の兵士が居ました」
「女性の兵士……確か、ルミエール・オキュレ基地には数人配属されていたな。その女性の特徴は?」
「遠目で、一瞬見ただけなので細かくは……あ! でも、若そうな人でしたよ? 10代後半……いや、20代前半かな?」
この時、ジャンのスキルによる警鐘が更にけたたましく鳴り響く。
「まだ情報が足りないのか……あの脱出者達に何かがある、というのは分かる。だが、それが一体何なのか……」
また癖として中指で眼鏡を上げるジャン。頭を整理すべく此方の存在を忘れ考え始める彼に、ジョエルは展開に付いて行けず大袈裟に肩をすくめ、マリエルは用も終わったと途中だった銃の手入れを再開する。
しかし、新たな来客の到来に、3人は各々の行動を中断する事となった。
「ブレスト少佐じゃないか! オリヴィエ所属の貴官が何故、此処に居るのだ?」
背後から聞こえた声に振り向いたジャンは、立ち上がるが敬礼はせず、ジョエルとマリエルは慌しくも再び敬礼を向ける。
「これはトゥール少佐! 敵本陣への攻撃前以来ですね!」
目前に佇むトゥールに対し、ジャンは歳上相手への礼節を持って言葉を交わす。
「トゥール少佐も何故、此方に?」
「此処は俺の部隊で、そこの2人は俺の部下なんだよ」
「そうでしたか……いえ、本隊の情報将校が足りないらしく、オリヴィエから自分も派遣されたんですよ。此処に居るのは偶然で、彼等の話に興味を持ったからです」
「ほぉ? どんな話をしていたのかね?」
「国への不満を吐いていたのと、脱出者についてですね」
「なるほどな……」
チラリとジョエルとマリエルに目を向けたトゥールは、不敵に笑みを浮かべた後、彼等へ楽にするよう告げた。
「国への不満をボヤいていたのはどっちだ?」
「小官であります!」
「だろうな。そんな顔しとる。別に文句を吐くな、とは言わんが……出世を考えるなら時と場所は考えた方が良いぞ」
「肝に命じておきます!」
釘は刺したが、強制力は無い言葉をジョエルに掛けたトゥールは、改めてジャンへと視線を向ける。
「で、ブレスト少佐。脱出者について何か気掛かりがあるのか? 其方が本題なのだろう?」
「ええ……スキルが何か良くない状況だと知らせています。情報不足なので細かく何が危険か分かりませんが」
「良くない状況か……これは、"奴"だろうか?」
「おそらく"奴"でしょう」
"奴"。誰かを指す名詞に、その誰を指すか知らないジョエルは首を傾げる。
「大隊長……その"奴"というのは……」
「"奴"は奴だ。我等が復讐相手たる、"《剣鬼》が属している部隊。その隊長"の事だ」
《剣鬼》。その名が出た瞬間、マリエルの表情が怒りに歪み、瞳に憎しみの炎が灯る。
「《剣鬼》……お兄ちゃんの仇……」
拳を握り締めるマリエルに、ジョエルはまた気の毒そうな視線を向けるが、ジャンとトゥールがそれ等に気付く事は無かった。
「しかし……今回、奴はどんな罠を仕掛けているのだろうな?」
「我々が気付かないだけで、おそらく有り触れた罠でしょう。シャルル曰く、「奴は凄い事をする訳ではないが、今の我々にとっての不意打ちを得意としている」らしいですからね。気付けない我々の無能ぶりを知らされるのでやり切れませんよ……」
「まったくだ。しかも、《剣鬼》が奴の下にいる分、より面倒だからな」
佐官2人の話に聞き耳を立てていたジョエル。戦い前から復讐対象として名があがる部隊自体については理解し、《剣鬼》についても仲間が多く殺されたとして復讐心を抱くのは分かる。しかし、それ等以上に部隊の長が危険視されている、というのが分からなかった。
あの部隊は、《剣鬼》あっての強さじゃないのか……? そもそも……てっきり俺は、《剣鬼》が隊長だと思っていたが……。
眉をひそめるジョエル。《剣鬼》も当然脅威だが、その隊長が彼を上手く扱っているのが彼を脅威足らしめてもいる。《剣鬼》として恐れられ始めたのが、奴が彼を率いる様になってから、というのが証拠だろう。
当然、それを知らないジョエルからすれば、気付くなど出来よう筈も無いが。
「何にせよ、もう少し情報が必要ですね。トゥール少佐、御協力願えますか?」
「勿論だ! 共和国軍の危機となれば、俺も手伝わざるを得んだろうよ」
ジャンとトゥールの間でその様な協力関係が結ばれ、奴への対策を練ろうとした2人だったが、結局それ等は徒労に終わってしまう。
「トゥール少佐でしょうか!」
また別の来客が彼等の下にやって来た。新たな来訪者は司令部から来た伝令だったが、余裕無く緊張感のある様子から、トゥールとジャンの表情に険しさが増す。
「何かあったのか?」
トゥールの問いに対し、伝令は静かに耳打ちし、驚愕を彼から引き出した。
「何だと⁈」
脱出者の中に敵の間者が紛れ込んでおり、ペサック大将を拉致したという情報が、この時トゥールに与えられたのだ。
「そういう事だったのか……」
「少佐、この事は内密にお願いします」
「分かっておる。それに……貴官が頼みたい事もな。奴等を追撃すれば良いのだろう?」
「お願いします」
去り行く伝令を見送り、トゥールは副官代理のアングレッド軍曹に部隊の招集を命じた。
「ブレスト少佐。これから我々は出発せねばならん。その際、貴官に随伴をお願いしたいが……良いか?」
「上官と相談しなければなんとも……何があったのですか?」
「これは絶対に漏らしてはならんぞ?」
ジョエルとマリエルも近くに寄せ、小声で3人に伝令からの報告を話したトゥール。その内容にジョエルは驚愕し、マリエルは眉をしかめ、ジャンは悔し気に奥歯を噛む。
「してやられたな……スキルはこれを伝えたかったか! また後手に回ってしまった……」
「そう悔しがるな……。言っては悪いが、策略が絡んでは、貴官より奴の方が上手だろう」
それでも悔しさが消える訳は無く、ジャンは強く拳を握り締め、その横でジョエルが口を開く。
「大隊長……では、我々は総司令官閣下を救出すれば良いのですか?」
「その通りだ。そして、気を引き締めておけ。連れ去った先に控えている敵部隊は、間違いなく《剣鬼》が居る部隊だ」
《剣鬼》再びその名が出て、マリエルに復讐心を溢れさせる。
「《剣鬼》……今度こそ、この手で奴の脳髄に弾丸を埋め込ませて、お兄ちゃんの仇をとってやる!」
復讐心の炎に魅せられるマリエルの瞳。その痛々しく、悲しい彼女の様子を、ジョエルは一抹の不安と共に眺めるのだった。
その後、トゥールはジャンを加えた部隊を率い、敵の痕跡を辿ってペサック大将を追い掛け、本陣北西の海岸にて、予測通り、《剣鬼》が居る部隊、第11独立遊撃大隊と接敵した。




