7-74 彼女の正体
部下数人を連れ、基地からの脱出者達に話を聞き回ったマシー少佐。そして、彼等の口から驚愕の情報が入ってくる。
「いえ……私はプレジール軍曹から敵の情報を聞きました……」
「小官も同じです」
「そういや、プレジール軍曹って、あんな若かったっけ?」
「女性だけど、もう少し歳食ってるって話だったよな?」
口々に話の情報源が同一人物であり、それが先程まで自分が敵のスパイと疑っていた人物だと判明したのだ。
それに驚愕を隠せないマシー少佐だったが、それだけではなく、何故、今迄気付かなかったのかと恥じる程の事実に彼は気付かされた。
"プレジール軍曹以外、基地に配属したての新兵だったのだ"
「新兵なら、同じ基地とはいえ、他部隊の士官の顔を未だ覚えてなどいない。つまり……」
マシー少佐は慌ててペサック大将とプレジール軍曹が居るテントを振り返り、連れていた兵士達を伴い、急いで彼等の下へと戻った。
「閣下‼︎」
天幕を勢いよく開け、テント内へと入ったマシー少佐だったが、中は既にもねけのからであり、地面に横たわる2つの死体のみが残されていた。
「クソッ‼︎」
この瞬間、マシー少佐は全てを悟る。
「プレジール軍曹はやはり敵のスパイであり、それを隠す為、軍曹の顔を知らぬ兵士達に紛れさせ、ワザと基地を脱出させた。そして、敵の目的は"此方の総司令官の捕縛"だったという事か‼︎」
ギリッっと奥歯を鳴らしたマシー少佐は、咄嗟にペサック大将捜索へ兵を掻き集めるよう命じようとして、ふと口を噤む。
もし、このままペサック大将の探索を始めた場合、味方全体が総司令官の不在に混乱する。その隙に敵に攻勢をかけられれば味方に要らぬ損害が生じるだろう。
しかし、このまま探しに行かないという選択肢は、どの道、総司令官の消失を指し、同じく味方に要らぬ損害が生じる所か、隠していた自分にも責任がかかってしまう。
「探しに行かせても、探しに行かさなくても詰み。どうする……」
此処で思考を放棄しない点で言えばマシー少佐は有能なのだろう。その甲斐もあり、直ぐに彼は打開策へと辿り着く。
「1大隊を呼びだし、敵の追撃に当たらせろ! それ等とこの場の者以外に、絶対にペサック大将の事は漏らすな‼︎」
散り行く兵士達達を眺めつつ、再びテント内に視線を向けるマシー少佐。
「俺自身、兵力差を見て侮り過ぎていたか。兵力差があるなら、正攻法が無駄な以上、敵が奇策を用いるのは簡単に予測出来ただろうに……」
自分の思考の短絡さを悔いるマシー少佐。ペサック大将を単純だと馬鹿にしておきながら、自分にも単純さがあったという事実に、彼は苦々しく拳を握り締めるのだった。
ペサック大将を連れ、共和国軍本陣から離れて北西の海岸を目指すプレジール軍曹。彼女達を囲む様に、4人の陣近くで待機していた帝国兵は、周りを警戒しながら小銃や剣を握り締める。
アンリエット・プレジール軍曹。本名、マルガレータ・ルース・アム・マイン軍曹。マイン子爵家の令嬢であり、第11独立遊撃大隊第1中隊副隊長という地位にある魔術兵である。
何故、今回、彼女が潜入に選ばれたかと言えば、彼女の稀有な経歴が関係している。
マイン子爵家は領地を持たず、政治からも遠い、初期のフライブルク男爵家同様の名ばかりの貴族だったが、男爵家と違い起業家として成功しており金持ちという権力者であった。
当然、金持ちともなれば子供全員を夢に沿った学校に通わせる事は容易く、マイン軍曹自身も舞台役者になるべく演劇学科がある大学に通っていた。
夢の実現というのは、多くの者にとって努力に比例せず、儚く散ってしまうもので、こと狭き門と言われる舞台役者はそれが色濃いと言えるだろう。
しかし、彼女の場合は、夢の実現に対し、努力と比例させる事が出来る才能があった。
彼女自身、他者を演じるという事に長けていたのである。
実際、彼女はおべっかを嫌う真面目で淡白な性格であり、それから先程までのペサック大将への物腰の低さを演じていたのだ。才能の片鱗と言えるだろう。
此処で疑問となるのが、夢と才能と努力が揃っていながら何故、軍人になったかという点だが、それは彼女に、それ等をひっくり返す、あるものが欠落していたからだ。
"彼女は運が無かったのである"。
大学卒業間近となって実家の会社が倒産。全財産を失い、彼女自身、路頭に迷う事となったどころか、親が再起の為の出資願いの代わりに、ある金持ちに彼女を嫁がせようと画策したのだ。
勝手に決められた婚約に対し嫌悪感しか湧かず、夢も絶たれたマイン軍曹は、逃げる様に、隠れる様に軍に入隊。現在に至ったという訳である。
媚を振り撒き、愛想笑いを平然と浮かべていたプレジール軍曹とは打って変わり、淡白そうな真面目な表情で腰に剣を差し、拳銃をペサック大将の腰に当てながら歩くマイン軍曹に、大将は皮肉気に冷笑を零す。
「とんだ道化が帝国軍に居るものだ。別人になりきるなど、他者への見世物でなければ成り立たん。極1部の人間にしか見せないもので自分を偽っても、何ら益もないだろう? 軍など辞めてピエロにでもなった方が、貴様にはお似合いじゃないのか?」
「他者を見下す様な発言はお控え頂いた方が宜しいと存じます。その思慮の欠如が、地位に相応しくないと御自分で示しておりますので」
「ふん! 野蛮な帝国人が……我等の崇高なブリュメール語を話すなど虫酸が走るな……」
「演劇を学ぶには、その本場たる貴国の言葉を覚えた方が効率的でしたので、学ばせて貰っただけです」
腹癒せの冷やかしを連ねるペサック大将だったが、マイン軍曹は表情をピクリッとも動かさず淡々と返し背後から大将を睨み続ける。
「チッ、可愛い気も無い……」
悪態混じりに舌打ちを零すペサック大将。自分が何処に連れて行かれるのかは大分予想が出来ている為、ある程度気持ちに余裕があるのだ。
そして、暫く歩き海岸に出たマイン軍曹達。そこには接岸した上陸用船艇数隻と1個大隊分の帝国部隊、第11独立遊撃大隊が臨戦態勢に入りながら鎮座していた。
此方を警戒し、一斉に銃口を向け、剣に手をかけた帝国兵達だったが、1人の士官による右手の制止と共に彼等は警戒を解く。
その士官に対し、マイン軍曹を含め、ペサック大将の周りに居た5人の帝国兵は敬礼した。
「ガンリュウ少佐! 共和国軍総司令官クロード・ペサック大将を捕虜として連行しました!」
「御苦労だった」
刀を腰に差し、鋭い眼光と、鬼人としての角を携え、彼等に労いを零すガンリュウ少佐。それに、ペサック大将は先の戦いで此方を苦しめ続けた《剣鬼》だと一眼で分かり、ゲルマン語を言語に、憤りを露わにする。
「ふん! まさか貴様の部隊だとはな《剣鬼》……下等な亜人らしい姑息なやり方だ」
「如何に評して貰おうと構いませんが……1つ訂正を。これは俺の部隊では御座いませんよ」
ガンリュウ少佐の背後から丁度良いタイミングで大隊長が現れ、マイン軍曹達は彼にも敬礼を向ける。
エルヴィン・フライブルク中佐へと。
「大隊長!」
「良いよ。報告も敬礼もしなくて……見れば状況は分かる」
大隊長。そう呼ばれた士官に対し、ペサック大将は懐疑的に、驚愕に目を丸くする。
一見すれば、だらし無く、《剣鬼》の方が大隊長らしいからだ。
「こんな見た目の貧相な奴が大隊長だと⁈」
「まぁ……そうなりますね。其方はペサック大将閣下で間違いありませんね?」
物腰柔らかく語り掛けるエルヴィンに、ペサック大将はふと我に返り、やはり不快に、更に口元を歪める。
「そうだ……俺を捕らえるよう命じたのは貴様の策か?」
「そうです。手荒で申し訳ありませんが……命のやり取りが主となる戦争の渦中故、御容赦を……」
「貴様……このままノウノウと大手を振って帰れるとでも思っているのか‼︎」
「思っていないからこそ、こうやって部隊に臨戦態勢を取らせているのですよ。なので……素早く御同行願います。ルミエール・オキュレ基地へと」
捕らえられた自分の状況、目前に広がる敵の部隊、姿の見えない味方兵。この状況で何を言っても見栄と空元気と誤魔化しにしかならないだろう事は、ペサック大将は自覚しており、発言する度に虚しさが増すのだが、優位であるエルヴィン達帝国兵に油断や優越感は感じられない。
「マイン軍曹。ペサック大将を上陸用船艇へとお連れしてくれ」
エルヴィンの命令の下、ペサック大将を連れ、部隊の背後へと下がるマイン軍曹達。その後、他の帝国兵達は小銃や剣や杖を握り締め、南方を睨み付ける。
「ガンリュウ少佐……」
「ああ、来たな」
南に生い茂る木々から鳥が飛び立ち、それに連れられる様に軍靴の急ぎ足による合唱が耳を撫でる。
マシー少佐の命令の下、ペサック大将の救出部隊が間近に迫って来ていたのだ。




