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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-71 奇策の湧き水

 戦争において、圧倒的な数的劣勢に於ける戦術は限られてくる。その中で、最も多用されて来たのが、敵補給線の破壊と敵司令部の破壊である。


 前者は敵の食糧を奪い撤退へと追い込ませる事が出来、後者は敵の頭脳を潰し軍を混乱させる事が出来る。


 両方共に効果的な策であり、敵に大打撃を与えられ、一気に戦況をひっくり返す事が可能なのだ。



「今回、敵はオリヴィエ要塞から近い為、破壊困難な補給線を敷いている。だから、考えられる作戦として……」


「司令部の破壊しか残されていない、か……」



 ガンリュウ少佐の言葉にエルヴィンは頷くと、悩まし気に頭を掻いた。



「まぁ……単純極まる上、セオリー過ぎるから、敵もこれは予想しているだろうけどね」



 今回ばかりはエルヴィンの策に奇抜さは無い。誰も思い付かないが、当たり前の策を彼は多用するが、今回は前者の誰も思い付かないという点が違う。これだけ違うだけでも、彼の策の凄みは平均以下にまで下落する。



「お前の奇策の湧き水は、もう枯れてしまった、という訳か……」


「湧き水というほど常には出ないさ。閃きが必要で、安定性が無いからね」



 苦笑するエルヴィン。現在、彼もお手上げらしく、誤魔化しの笑みである事が簡単に分かる。



「敵司令部を叩くとしても、問題はこの包囲網を如何(いか)に突破するか、だな……」


「それは海から敵に気付かれないよう、背後に上陸すれば良いさ」


「成る程な……そうなれば、必然的に俺が行かねばならんな。数百人の兵士を率い、100倍近い敵に突っ込む事になるが……流石の俺でも生きている自信は無い」



 いつもの無愛想な表情を浮かべながらも、ガンリュウ少佐の口からは苦笑混じりらしい皮肉が漏れ、エルヴィンは悔し気に唇を噛み締める。



「すまない少佐……」


「お前が謝る意味が分からん。お前は良くやった方だろう。元を言えば、貴族共による足の引っ張り合いさえなければこんな事態にはならなかった。敗北の全責任は無闇に出兵を命じておいて、その実、必要な道具を与えなかった奴等に非がある。政治による失敗を、1部隊長でしかないお前が挽回など出来んだろう」


「私も一応、貴族だよ?」


「……そういえばそうか…………」


「それ、明らかに本気で忘れていたよね?」


「威厳も風格も無さ過ぎて、つい、うっかり忘れていた」


「さっき元気付けてくれた事に、少し感動した私の気持ちを返してくれ!」



 ふて腐るエルヴィンに、フッと笑いを(こぼ)すガンリュウ少佐。2人共に茶番を演じれる程に気力は回復したらしい。



「全て上手くいく訳では無いが、今回は見事な負けだな」


「そうだね……こうなった以上、考える事は1つさ」


「より多くの兵士を生き残らせる事、か……いつもと変わらん様に思えるが?」


「少なくとも、君達を敵陣に突っ込ませる、なんて真似はさせずに済む」


「それしか策が無いんだろう?」


「勝つ為の策はね。生き残る為の策はまだあるよ」


「何か思い付いたのか?」


「いや、まだ考え中。……だけど、勝つよりかは簡単さ。逃げれば良いからね」


「その逃げるのが問題なんだろう?」



 逃げるのが問題。正に今回はそれである。


 退路があるのに逃げる際に発生する犠牲が無視出来ないというのが現在の状況であり、撤退をしようと思えば出来る。逃げられる者より遥かに多い犠牲を無視すれば。



「そこがやっぱり問題なんだよね……」



 悩みながら、エルヴィンは空を見上げた。


 歴史上にも、撤退戦の記録は余り無い。撤退出来る将は有能な将であり、まず負けが少ない上、過去の有能な将は大抵勇猛でもある為、敗北の後、自害や玉砕が多いからだ。負け戦のほとんどは勝者が有能で敗者が無能だ。無能な将は、やはり、上手な撤退も出来ない。



「身近で有名な撤退戦は、戦国時代の織田信長の金ヶ崎、関ヶ原の島津の退き口かな? でも、両方共にかなりの被害を出したんだよなぁ……。ならキスカの奇跡、は霧が無きゃ無理だし……」



 独り言を呟くエルヴィン。それはガンリュウ少佐にも聞こえていたが、知らない固有名詞が多く、全く内容は理解出来なかった。



「参ったな……」



 頭を掻き毟るエルヴィン。前世の記憶も総動員し、現世の記憶と織り交ぜ策を練るが、やはり、記憶していた撤退戦の記録が少なく、策構築には至らない。



「本当に、織田信長なら良い撤退戦を思い浮かんだんだろうか? アレクサンダー大王、曹操、ナポレオンならどんな撤退をしただろうか?」



 また頭を掻き毟るエルヴィン。他者から見れば将来禿げそうだと苦笑混じりで言われそうだが、悩んだ時や困った時の癖なので直そうと思って直せる物でもない。



「こっちの戦史も士官学校で習ったけど、過去の事より今だ、とか言って真面(まとも)に教えられてないからなぁ……過去の事を見返し、失敗と成功の記録を活用させるのは重要だろうに……。なら、自力で読んだ本からの知識に頼りたいけど……戦史は余り読んでないんだよなぁ……」



 嘆息が(こぼ)れるエルヴィン。



「結局行き詰まるなぁ……」



 少し力を弱め、頭を掻いたエルヴィン。それに、横に立ったままのガンリュウ少佐は、表情は無愛想ながら告げる。



「余り無理はするな……」


「考えるだけだから無理はしてないよ」


「身体的にはな。精神的には疲労が溜まっているだろう……」


「ありがとう。最近、気に掛けてくれるね?」


「指揮官に倒れられると困るからだ。お前の策略家としての実力は認めているからな」


「ブレないね……」



 苦笑を浮かべるエルヴィンだったが、それにはガンリュウ少佐との親密度が上がった事への明らかな喜びが含められていた。



「君に期待されている策略家としての能力は発揮しないとね。まぁ……閃きが大きいんだけど」


「なら、いつもの閃きを頼むとしよう。敵通信妨害の排除、本陣防衛では珍しくしてやられていたが……」


「2つとも同じ敵だったからね……本当に、あの時は策を応用され続けて……」



 この時、あの時の情景から、エルヴィンの脳裏に決定的とも言える作戦が閃いた。



「そうか……捕虜を取っているのだがら当然……そうだ、いける!」



 エルヴィンの口元に笑みが浮かび、その様子をガンリュウ少佐も気付く。



「何か思い付いたのか……?」


「まぁね。今度は彼方(あちら)にハンニバルの気分を味わって貰おう。今回は差し詰め、我々がスキピオになるかな? 作戦の内容は丸っ切り違うけど」



 エルヴィンの笑みが不敵なものへと変えられる。策略家としての狡猾さと悪どさを溶け込ませた毒々しい奇策の湧水が、噴出口から湧き出たのだ。

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